天台宗(てんだいしゅう)は大乗仏教の宗派のひとつである。中国に発祥し、最澄によって平安時代初期に日本に伝えられた。
しかしながら、「鳩摩羅什の訳した法華経は、現存するサンスクリット本とかなり相違があり、特に天台宗の重んじる方便品第二は羅什自身の教義で改変されている」という説がある。羅什が法華経・摩訶般若波羅蜜経・大智度論を重要視していたことを考えると、天台宗設立の契機は羅什にあるといえなくもない。
天台山に宗派の礎ができた後、涅槃宗を吸収し天台宗が確立した。主に智顗の法華玄義、法華文句、摩訶止観の三大部を天台宗の要諦としている。
今現在の日本の天台宗は、本来の天台宗とは大きく異なり、どちらかといえば真言宗に近い。 伝教大師最澄(さいちょう、767-822)が延暦24年(805年)唐に渡り天台山にのぼり、その教えを受けて翌年(806年)帰国し伝えたのが日本における天台宗のはじまりである。
この時代、すでに日本には法相宗や華厳宗など南都六宗が伝えられていたが、これらは中国では天台宗より新しく成立した宗派であった。最澄は日本へ帰国後、比叡山延暦寺を開き、後年多くの優れた僧侶を輩出した。彼の没後は、法華経を中心としながらも、朝題目・夕念仏という一般向けの行法を広めたり、天台密教(台密)などの加持も行い、さらに天台本覚思想を確立して総合的宗派となることによって基盤を固めた。延暦寺は戒壇を備えた数少ない寺院であり、長く日本の仏教教育の中心の一つであったため、平安末期から鎌倉時代にかけて融通念仏宗・浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗などの新しい宗旨を唱える学僧を多く輩出することとなる。