シンクレアZX Spectrum(ぜっとえっくすすぺくとらむ)は、シンクレア・リサーチ社が1982年にイギリスでリリースしたホームコンピュータである。Spectrum は 3.50MHz の Z80 CPU を使用し、RAMは 16Kバイトか 48Kバイトであった。ハードウェア設計者はシンクレア・リサーチ社の Richard Altwasser。ソフトウェアとしては Nine Tiles 社の Steve Vickers が Sinclair BASIC を開発した。シンクレアの工業デザイナー Rick Dickinson が外観を設計。本来、ZX82 という名称だったが、それまで(ZX80とZX81)のモノクロ表示との違いを強調するために、シンクレア卿が「Spectrum(=スペクトル、光をプリズムで分光したときに得られる色の帯)」と名づけたのである。
Spectrum の表示機能は今日から見れば低レベルなものだが、当時の小型テレビで表示するには完璧で、ゲームなどの開発も難しくなかった。テキストはASCIIベースの独自文字セットを32桁×24行表示し、15色で表示可能である(8色×2輝度で、黒は輝度変化しない)。グラフィック表示も同様の色数で256×192ドット表示である。Spectrum の色の処理方法は特殊で、色の属性情報をテキストやグラフィックデータとは別の 32×24のグリッドで保持し、文字単位の領域には2色しか表示できない。この特性を独特の特殊効果に使用するゲームもあったが、color clashとかattribute clashと呼ばれる表示の乱れも発生しやすかった。この問題は Spectrum の際立った特徴として Spectrum ユーザの内輪のジョークともなったが、同時に他のホビーパソコンを支持する人々からは嘲笑の的となった。当時、イギリスで使える他のマシンとしては Amstrad CPCなどがあったが、このような問題は起きなかった。コモドール64も色属性を独立させていたが、スプライトとスクロール機能を使ってこの問題を回避できたのである。
Spectrum はアメリカでのコモドール64のように、イギリスで最初に爆発的人気を得たホームコンピュータである。コモドール64(C64と略記されることがある)は、イギリス市場においても Spectrum の主要なライバルであった。Spectrum のサウンド機能とグラフィック機能を強化したバージョンがアメリカでタイメックス社によって発売されていた(Timex Sinclair 2068)。
また、後部の拡張スロットにサードパーティの外部32KB RAMパックを装着して使用可能であった。ZX81と同様、拡張スロットのコネクタ部がゆるいためにRAMパックのぐらつきが起き、それによってクラッシュが発生、場合によってはCPUなどが焼きついてしまうという悩みの種であった。
新しい機能は128KB RAM、PSG(AY-3-8912)による3チャネルオーディオ、MIDI互換性、RS-232シリアルポート、RGBモニタポート、改善されたBASICエディタを含む32KBのROM、および外部キーパッドがある。
マシンはスペインの SIMO '85(マドリッドで開催される見本市)で発表され、スペインで44.250ペセタ(266ユーロ)で発売された。イギリスでは外部キーパッドは用意されず、その端子は急遽「AUX」と改名されて発売された。ただし、外部キーパッド用ROMルーチンも残っていたので接続すれば使える状態だった。
Spectrum が使っている Z80 はアドレスバスが16ビットなので、一度に使用可能なメモリは 64KBまでである。はみ出している80KBのRAMを使用するため、それをアドレス空間の先頭16KBにマッピングできるようバンク切り替え技術を採用して設計された。同様に、16KBのBASICのROMと新たに追加されたエディタ用の16KBのROMも切り替えて使用されるようになっている。
新しいサウンドチップとMIDI out 機能のために BASIC に PLAYコマンドが追加された。また、従来互換の48KBモードに移行するコマンドとして SPECTRUM も追加されている。BASICプログラミングで追加されたRAMを有効利用するために、RAMディスクにプログラムを保持できるようになっっている。これらの新たなコマンドはユーザー定義文字の領域を使っていたため、いくつかのBASICプログラムでは互換性問題が発生した。
新しいキーボードでは、ソフトウェアのロードに有用だったキーワード LOAD、CODE、RUN以外のBASIC言語キーワードが省かれた。ただし、キー配列は 128 と同じである。
+3にはさらにROMが追加され、物理的には32KBのROMを二個搭載していた。追加のROMには、+3 のディスクオペレーティングシステムが内蔵されている。 新しいROMとCP/Mを使いやすくするためにバンク切り替えが変更され、ROM全体をページアウトしたり、ディスプレイRAMのために3つの16KBページを提供することができるなどの変更点がある。
そのような基本的変更は非互換性をもたらした。
48K用のいくつかと128K用のごく一部のゲームは互換性がなく動作しなかった。
ZX Spectrum +3は、1990年12月まで生産され、Spectrum としては最後の公式製造モデルとなった。その時まだホームコンピュータ販売全体の3分の1を占めていたが、Amstrad社は顧客をCPCに移行させるために Spectrum の販売を停止したのである。
+2Aは +3 をベースにしており、ASICを使うことで劇的に使用部品数を減らしている。また、+2A は +3で搭載されたFDDをテープ装置に置換した。Amstrad社は外付けのディスク装置の発売を予定していたが、それが発売されることはなかった。+3 と同様、従来の機種との非互換があった。
+2Bは製造拠点が香港から台湾に移動したことを意味する。
イギリスでは、Spectrum の周辺装置業者である Miles Gordon Technology (MGT) が Spectrum と互換性のある SAM Coupe をリリースしている。しかしこの当時、AmigaやAtari STが市場を席巻していたため、MGTは Spectrum の最後を看取った形となった。
多くの非公式な ZX Spectrum のクローンが特に東ヨーロッパや南アメリカ諸国で製造された。例えばロシアでは、ZX Spectrum は数千の新興企業が製造販売し、ポスター広告で宣伝され、露店で売られていた。Planet Sinclairには50以上のクローンがリストアップされている。いくつかは現在でも製造されている。
また、サードパーティの周辺装置は非常に多かった。よく知られているものとしては、Kempston社のジョイスティック・インターフェイス、Morex社のセントロニクス/RS-232Cインターフェイス、Currah社の音声合成装置/RAMパック/SpecDrum(ドラム・マシン)、Romantic Robot社の Multiface (スナップショットおよび逆アセンブリツール)がある。
また、様々なディスク装置もリリースされた。中にはビジネス用ソフトウェア(ワードプロセッサ、表計算ソフト、データベースなど)がバンドルされたものもあった。 1980年代中期に、Micronet800社は ZX Spectrum をパソコン通信ネットワークに接続するサービスを開始した。
Spectrumファミリーは少なくとも20,000のタイトルの非常に大きなソフトウェアライブラリを有している。Spectrum の機能が低レベルだったにも関わらず、そのソフトウェアは非常に多種多様であり、プログラミング言語、ワードプロセッサ、表計算ソフト、描画/ペイントソフト、三次元モデリング、そしてもちろん多数のゲームがあった。
多くの Spectrum ソフトウェアはカセットテープで販売された。ソフトウェアは、テープ上で符号化され、再生してみるとモデムの音のように聞こえる。ZX Spectrum の符号化方式は非常に原始的だが信頼性が高く、パルス幅変調に似ているが一定のクロックではなかった。パルスの幅によって 0 と 1 を表している。「ゼロ」は244μ秒のパルスで表され、その後に同じ幅のギャップが必ず存在する。従って合計で 489μ秒となる。「1」のパルス幅は二倍なので合計で 977μ秒となる。このため、一秒間に記録できるのは 1023個の「1」か、2047個の「ゼロ」である。0と1が1:1で混在していれば、平均的な記録速度は 1365bpsとなる。ROMルーチンを使わずに独自に機械語でプログラムを書けば、もっと高速な記録も可能であった。
独自のローダーを使うことで ZX Spectrum でのソフトウェアのコピーを予防するのが普通だったが、他の方法も使われた。例えば、付属ドキュメント内に書かれている特定の単語の入力を求めるなどの方法である。特筆すべきコピー予防策として、Lenslok方式がある。これは、パッケージに同梱されたプラスチック製のプリズムを使うもので、これを通して画面を見るとスクランブルされた画面からパスワードを読み取れるというものである。しかしこれはテレビの画面サイズが同じであると暗黙に仮定したものでうまく機能せず、Lenslok方式は Spectrum ユーザーの間で繰り返し使われるジョークの種となった。
理論上、標準の48Kのプログラムは、ロードするのに約5分かかる。49152バイト × 8 = 393216ビット。393216ビット÷1350ボー ≒ 300秒 = 5分。実際には、48KBのプログラムのロードには 3~4分かかり、128KB をロードするには 12分以上かかった。ベテラン・ユーザーはテープを再生するだけでその種類(機械語なのか、BASICプログラムなのか、画面イメージなのか)を当てることができたという。
興味深いソフトウェアとして、コピー用ソフトがある。ほとんどは不正コピーを意図したもので、機能は単にテープの複製を作ることであったが、シンクレアが ZXマイクロドライブ(後のフロッピーディスク)を始めると、コピー用ソフトはカセットテープからマイクロドライブのテープやフロッピーディスクへコピーするよう進化した。コピー防止機能が進化すると、コピー用ソフトは使い物にならなくなり、ローダーの仕組みを地道にクラックしてプロテクトのないバージョンを作り出す必要があった。これはもちろん不正なことであるが、1980年代当時の東ヨーロッパなどにはソフトウェアの著作権に関する法律がなかったのである。
Spectrum は、ほとんどどのようなカセットテーププレーヤーでも使えるよう設定されており、音声再生の忠実度が様々であったにも関わらず、ソフトウェアのローディングは極めて信頼性が高かった。しかし、Spectrum ユーザーは「R Tape loading error, 0:1」というメッセージが出るのを恐れた。
ローディングのための典型的な設定は、音量を3/4程度にして、高音(Treble)を100%、低音(Bass)を0%にするというものである。ラウドネスやDNRなどのフィルターは切っておく必要があり、Hi-Fiプレイヤーは適さない。この用途に最適化されたレコーダーとしてタイメックスのものなどがある。
テープに加えて、ソフトウェアは活字メディア、ファンマガジン、本を通しても配布された。このとき使われた言語はシンクレアのBASICである。読者はプログラムを手で打ち込み、カセットテープに保存した。この手のソフトウェアは地味で遅いものが多かったが、すぐに雑誌などにはチェックサム付きの機械語のリストが載るようになった。
特殊なソフトウェア配布方法として、ラジオやテレビの番組があった。例えば、ベオグラード、ポーランド、チェコスロバキア、ルーマニアなどで、司会者がプログラムの内容を説明し、視聴者にカセットテープレコーダーをラジオまたはテレビと接続するよう指示して、音声としてプログラムを放送するのである。もうひとつの特殊な方法は、ソノシートを使うものである。このソノシートは「フロッピーROM」と呼ばれ、フランスの雑誌で使われた手法である。
数人のポップミュージシャンは彼らのレコードにシンクレア用プログラムを入れた。Ex-Buzzcocks のピーター・シェリーは歌詞を含む Spectrum プログラムと他の情報を彼のアルバムXL-1の最後のトラックに入れた。Hawkwind はバンドに関する情報を Spectrum 用データベースとして 1984 年のリリースNew Anatomyに入れた。また1984年に、Tompson Twins はゲームをリリースしている。エイフェックス・ツインは1996年のRichard D. James Albumで様々なローディングノイズを効果音として入れた。Shakin' Stevens はアルバムThe Bop Won't Stopの最後にゲームを入れた。このゲームはキャラクターを操作して蝙蝠を避けながら迷路を進み、最終的にランク付けされるものである。そのゲームは彼のIt's Lateという曲と若干関連がある。
オーディオテープの寿命は限られているので、多くの Spectrum 用ソフトウェアは最近になってデジタイズされ、ダウンロード可能な形になっている。この法律的な正当性は議論の最中である。しかし、アバンドンウェアと呼ばれるこうしたソフトウェアについて何らかの措置が取られたという話は聞かれない。
Spectrum には活発なファンがいる。安価で単純で簡単にプログラミングできたので、Spectrum は多くのプログラマやハイテク好きのスタート地点となり、彼らはそれにノスタルジアを覚える。Spectrum のハードウェアの限界が、ゲーム設計者の創造性に影響を与え、Spectrum 用ゲームは独創的で今日でも十分に遊べるものとなっている。
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