DC-4は アメリカ合衆国のダグラス社が開発した大型レシプロ旅客機。軍用型としてC-54とR5Dが製作された。
第二次世界大戦中の1942年2月14日に完成・初飛行したこともあり、当初はアメリカ軍向けの輸送機・C-54"スカイマスター"(陸軍航空隊向け)もしくはR5D(海軍向け)として大戦終結後の1946年までに1,134機が製作された。なお、戦後そのうちの約500機が民間に払い下げられ、DC-4として活躍することになった。その後、1947年8月9日に生産が終了するまでの間に74機の民間向けDC-4が製作され、与圧された客室とより大きな機体、強力なエンジンを装備したDC-6がその後を引き継いだ。
初飛行後60年以上経った現在も数十機がアメリカや中南米の航空会社で使用されているが、その多くは貨物機や消防機に改修され、第一線からは退いている。
なお、DC-4Eはその後、1939年10月に日本海軍に払い下げられ(海軍名義ではなく大日本航空の名義で購入した)、中島飛行機で海軍向けの13試大型陸上攻撃機「深山」爆撃機の設計をする際の参考にされた。なお、このDC-4Eと後のDC-4との共通点は殆どない。
当時すでに生産は終了していたものの、信頼性が高いこともあり、1952年10月25日からの自主運行開始後も買い増しを進め、最終的に6機を購入し国内線の主力機として黎明期の日本航空を支えた。また、当時アメリカの統治下にあった沖縄への国際線機材としても運行されていた他、東京=サンフランシスコ間にトランスオーシャン航空からチャーターされた機材が貨物専用機として導入されていた。
しかし、ライバルの全日空などが国内線に与圧装置や気象レーダーを完備し、より高速運行が可能なコンベアCV440メトロポリタンなどの新鋭機材を相次いで導入したことから、1963年4月1日に全機が退役し海外に売却された。なお、同機を導入したのは日本では日本航空のみであった。
Douglas DC-4 | Douglas DC-4 | Douglas DC-4 | Douglas DC-4 | Douglas DC-4 | Douglas DC-4