article

Amx30 065 bayard.jpg AMX-30とはフランスで開発された戦後第二世代のMBTである。

開発と特徴


Amx30 proto 09.jpg

フランスの戦車に関する技術は第二次世界大戦により途絶してしまい、戦後、フランス軍はアメリカから供与されたM47等を装備したが、1950年代から新型主力戦車を独自開発する道を模索していた。折り良く、隣国の西ドイツも新型主力戦車の開発構想を立てていたため共同開発する事となった。この戦車は標準戦車と呼称され、1957年に両国間に協定が結ばれた。協定では標準戦車に対する要求仕様が定められ、両国が別々に開発した戦車を試験し性能が良好な車両を両国が採用することとなっていた。この標準戦車には、当時出現し始めた対戦車ミサイルや歩兵用携帯対戦車火器への対抗策として機動力が求められ、装甲防御力はそれほど求められていなかった。

フランスでは1959年から試作車の製作が始まり、翌1960年には試作車が完成し試験が開始された。フランスが開発した標準戦車の試作車両は車高を押さえるためにイスパノスイザ製対向12気筒多燃料液冷ディーゼルエンジンが採用され、目標を素早く発見し先手を打つために視察装置も重視し、車長用のキューポラは腰高に設計された。主砲は105mm砲であったが、西ドイツの標準戦車が採用した当時、西側諸国の標準戦車砲となりつつあった英国製L7A1 105mm砲ではなく独自開発のCN-105-F1 105mm砲を搭載した。この砲は当初、特殊なG弾というHEAT弾専用であったが、後にAPFSDS弾も開発され積載された。

1962年から標準戦車の西ドイツ・フランス両国にイタリアを加えた三カ国による共同試験が始まり、イタリアはこの試験結果から導入する戦車を決定するとしていた。同時期にドイツ国内に於いても西ドイツ製標準戦車(後のレオパルド1)の試験が開始されており、車体総重量ではフランス製標準戦車の方が軽かったにも関わらず、西ドイツ製標準戦車の方が僅かに加速性や速度で勝っていた。この試験後、フランス製標準戦車はAMX-30と命名され、試験結果に満足したフランス陸軍は1963年に正式採用を決定し、西ドイツでも自国製標準戦車、レオパルドの採用を決定したため標準戦車構想は頓挫してしまった。この後、財政難等によりAMX-30の量産は1965年までずれ込み、以降は順調に量産が進み、1974年まで量産が続行された。現在も改良を重ねられながら使用が続けられ、後継車であるルクレールと共に配備されている。

改良型と派生型


Amx30 025.jpg

その後も改良が行われ、FCSを中心に改良されたAMX-30B2や輸出向けに改良されたAMX-30S等の派生型も登場した。AMX-30は海外セールスも行われ、サウジアラビアアラブ首長国連邦等の中東諸国に採用された。

AMX-32

AMX-30の派生型の一つに輸出専用にAMX-30を発展させたAMX-32が存在する。AMX-32はAMX-30の車体、砲塔を全面的に改設計し、複合装甲を付与した上、新型FCSを搭載し1979年からセールスが開始されたが、1両も売れず、試作車のみに終わった。

AMX-40

AMX-32と同じくAMX-30を改良しルクレールと同じ120mm滑腔砲F1を搭載したAMX-401980年代の初めから計画され、1985年までに試作車が完成したが、これも受注がなく試作車のみに終わった。

この他にも、AMX-30のシャーシを利用したAMX-30AuF1自走砲やローランド地対空ミサイルを搭載した車両などが存在する。

フランスの戦車

AMX-30 | AMX 30 | ΑΜΧ-30 | Char AMX-30 | AMX-30

 

This article is licensed under the GNU Free Documentation License. It uses material from the "AMX-30 (戦車)".

Home Pageartsbusinesscomputersgameshealthhospitalshomekids & teensnewsphysiciansrecreationreferenceregionalscienceshoppingsocietysportsworld