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青森県 (あおもりけん)は、
本州最北端に位置する県である。県庁所在地は
青森市。
地理
自然公園
- 十和田八幡平国立公園
- 下北半島国定公園、津軽国定公園
- 浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園
歴史
縄文時代には
三内丸山や
亀ヶ岡などの集落が全盛期を迎えた。しかし、古代には律令国家の統治領域外にあり、
鎌倉時代になってようやく
外が浜や
糠部の名が幕府に知られるようになった。この時代から津軽
安藤氏が
十三湊を拠点に海上交易で栄えた。
江戸時代には主に
盛岡藩と
弘前藩が県域を支配した。ほか、
八戸藩、
黒石藩があった。
戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初
奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は
官軍に鞍替えした。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に
斗南藩が置かれ、もと
会津藩の松平家が入った。
- 1868年11月 旧暦9月、野辺地町で弘前藩兵と盛岡藩兵・八戸藩兵とが交戦。
- 1871年7月 廃藩置県。現在の青森県域には、旧藩を引き継いだ弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県が成立。
- 1871年9月 弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県、館県(旧松前藩)の合併により、弘前県が成立するが、その直後、県庁が弘前から青森に移ったことで、青森県と改称。歩兵第5連隊青森駐屯。
- 1872年10月 福島郡など(旧館県)が開拓使に移管。
- 1876年 明治天皇巡幸。
- 1876年5月 二戸郡を岩手県に移管して現在の県域が確定。
- 1896年 第8師団、弘前に駐屯。
- 1902年1月 歩兵第5連隊第2大隊、八甲田山雪中遭難。
- 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台の戦いで死傷6300人。
- 1922年 第8師団シベリア出兵。
- 1929年9月 米国の太平洋横断機タコマ市号、三沢海岸から出発したが東通村尻労に引き返す。
- 1930年10月 米国の太平洋横断機ミス・ビートル号、三沢海岸から出発し合衆国ワシントン州ウェナッチに着陸。
- 1945年7月 青森、八戸、三沢など空襲、青函連絡船7隻沈没、青森市での死傷者1769名。
- 1945年9月 米第7艦隊、大湊に入港(8日)。米陸軍、旧日本海軍三沢飛行場を接収して三沢基地に。
- 1954年9月 青函連絡船洞爺丸が北海道七重浜沖で転覆、乗客乗員合わせて1139名が死亡又は行方不明。
- 1965年 青森空港営業開始。
- 1967年 科学技術庁、大湊港を原子力船母港に決定。
- 1980年 車力ミサイル基地発足。
- 1985年 核燃料サイクル施設、六ヶ所村に立地決定。
- 1985年 米空軍三沢基地へのF16戦闘機配置が開始。
- 1985年3月 青函トンネル本坑貫通。
- 1985年夏 冷夏、青森県の作況指数は47。
- 1987年7月 現在の青森空港が供用開始。
- 1988年3月 青函トンネル営業開始。これにともない青函連絡船営業廃止。
- 1988年 7月9日から9月18日まで青函博覧会が行われた。マスコットは「シャコちゃん」。エアドームの愛称は「夢来ちゃん」。
- 1991年9月 台風19号によるリンゴ落下(被害面積22,400ha)。最大瞬間風速は青森市で53.9m/s。
- 1992年
- 1993年夏 冷夏、青森県の作況指数は28、特に太平洋側は皆無作。
- 1993年12月 白神山地、ユネスコ世界遺産に登録。
- 1994年8月 三内丸山遺跡の永久保存と活用が決定。
- 1995年4月 青森空港にソウル線とハバロフスク線が開設。
- 1997年10月 第1回北東北知事サミット、十和田湖で開催。
- 2000年10月 第4回北海道・北東北知事サミット、黒石市内で開催。
- 2002年12月 東北新幹線盛岡~八戸間開業。
- 2006年1月~2月 平成18年豪雪の被害を受ける。
人口
年齢構成
産業
- 顆粒味噌(かねさ株式会社)
- 豆腐類(太子食品工業株式会社)
- 高精度大型氷温倉庫(大青工業株式会社)
- 時計文字盤用電着時字(テフコ青森株式会社)
アナログ式腕時計の文字盤に貼り付ける目盛、数字を時字(ときじ)という。同社の電気分解成形法の応用で生み出された文字盤用電着時字技術は、製造工程の大幅な省力化、低コスト化及びデザインの多様化を実現。
2002年の世界のウォッチの総生産数は、1,245百万個と推定されているが、同社で年間1,000万個生産され、高級時計用として世界中に輸出されている。
- 小型光センサー糖度計(東和電機工業株式会社)
- 風力発電の発電設備容量日本一
農業
青森県は
リンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。リンゴ栽培は生産量日本一の
弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、
三戸郡を中心とした
南部地方でも行われている。
野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。
林業
水産業
生活文化
- 学校のクラブ数全国1位
- 一世帯あたりの即席麺(インスタント麺)の購入数量全国第1位
(ねぎ購入数量第5位、豚肉消費数量第4位、もやし購入数量第4位)
- 芥川賞第44回 三浦哲郎「忍ぶ川」
- 直木賞第23回 今日出海「天皇の帽子」
- 直木賞第35回 今 官一「壁の花」
- 直木賞第36回 今 東光「お吟さま」
- 直木賞第61回 佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」
- 直木賞第69回 長部日出雄「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」
スポーツ
- オリンピックでの県関係者メダリスト金4名(2004アテネ 伊調 馨-レスリング、1988ソウル 斉藤 仁-柔道、1984ロサンゼルス 斉藤 仁-柔道、1992冬アルベールビル 三ヶ田 礼一-スキー(複合団体))、銀4名(2004アテネ 伊調 千春-レスリング、2004アテネ 泉 浩-柔道、2000シドニー 斎藤 春香-ソフトボール、1984ロサンゼルス 赤石 光生-レスリング)、銅4名(2004アテネ 斎藤 春香-ソフトボール、1992バルセロナ 赤石 光生-レスリング、1984 ロサンゼルス 坂本 勉-自転車、1960ローマ 田辺 清-ボクシング)
- カーリング女子日本一
- ボクシング畑山 隆則-世界戦2階級制覇
- ボクシングレパード玉熊-世界チャンピオン
三ヶ田 礼一(出身は岩手県)、カーリング女子日本一(メンバーの出身は北海道)
交通
海路
道路
路線バス
行政
歴代知事(公選)
地域
- 大別して「津軽」「下北」「南部(県南)」の三地方に分けられる
- 津軽は、弘前市を中心とする日本海側の地域
- 下北は、むつ市を中心とする下北半島
- 南部(県南)は、八戸市を中心とする太平洋側の地域
- 以下の10市8郡24町9村の43市町村(平成の大合併前は8市8郡34町25村の67市町村)がある。県内行政の分野では、以下の通り、県を6つの地区に区分する場合が多い。
- 東青地区 …青森市、東津軽郡
- 中弘南黒地区…弘前市、黒石市、平川市、中津軽郡、南津軽郡
- 西北五地区…五所川原市、つがる市、西津軽郡、北津軽郡
- 三八地区 …八戸市、三戸郡
- 上十三地区…十和田市、三沢市、上北郡
- 下北地区 …むつ市、下北郡
市部
郡部
青森県の方言
方言学上の分類
青森県の方言は、方言学上、
津軽方言、
南部方言、
下北方言の3方言に分けられる。南部方言は、さらに上北方言(かみきた)と三八方言(さんぱち)に分けられる。(ここでは、「~弁」は人々の帰属意識による分類、「~方言」は方言学上の分類とする。)
- 津軽方言 - 津軽地方(旧津軽藩領)
- 下北方言 - 下北地方(旧南部藩領)
- 南部方言 - 南部地方(旧南部藩領)
- 上北方言(野辺地方言など)
- 三八方言(八戸方言など)
なお、青森県の方言という場合、南部方言とは青森県南部地方の方言をさす。(詳しくは南部方言 を参照)
県内方言共通の特徴
青森県内のいずれの方言も、文法構造や単語の特徴、音韻の特徴は北奥羽方言の特徴を有している。それゆえ、北海道道南、岩手県、秋田県の方言との共通部分も多い。
都市部と近隣町村で比較すると、都市部では日本の他の地域と同様に脱方言化が進行している。多少の北奥羽方言的イントネーションや単語がなどがみられるものの、日常生活を共通語を使って暮らす人が増えてきている。これには近代以降、各地に開拓入植が行われたこともあり、方言を話さないようになったものと考えられる。また子どもにおいても、親世代の方言離れとテレビなどの影響もあり、強いなまりのある方言を話さなくなってきている。一方、郡部では、比較的古いかたちの方言がある程度世代を越えて受け継がれている。
方言に対する人々の認識
青森県の方言は難解な方言と思われがちである。たとえば、青森県の方言を話す者がテレビに出演した場合、標準語の字幕(標準語に訳された)が表示される。これが「青森県の方言は他都道府県の人に通じない」という極端な偏見や大きな誤解の原因の一つとなっている。
しかし、「通じない」というのは全く間違いであるとはいい切れない。青森県の方言話者同士ですら、それぞれの方言を使って話すと意思疎通にやや努力を要することがあるからだ。たとえば、「なまけ者」を津軽では「カラポネヤミ」「ホネヤミ」などと言うが、南部では「カラヤギ」と言う。また、下北では「カラポネヤミ」「カラヤギ」の両方が使われ、南部と津軽の言葉の両方に共通する言葉がみられる。さらに、下北・南部において「わからない」は「わがんねぇ」、「駄目だ」は「わがね」であるが、津軽方言を話す人にはこの区別がつきにくい。このように、3地方において方言単語の差異がかなりみられる。そのため、互いの意志疎通がやや困難となることもある。
青森県は南部藩(現在の下北地方および南部地方)と 津軽藩 (現在の津軽地方)の両藩が併合してできた県である。そのため、青森県内の方言分布に対し、旧津軽藩領と旧南部藩領の境界(東津軽郡平内町と上北郡野辺地町の間)で2分されると多くの青森県人が認識している。青森県において藩=地方であり、その帰属意識が「青森県の方言は津軽弁」と「南部弁」の2つ」につながったものと考えられる。しかし、逆にこれが「青森県の方言は津軽弁と南部弁の2つである」という誤解を生み、県内の方言分布の構造を正しく認識できない原因ともなっている。
生活文化
食べ物
津軽地方-
けの汁
下北地方-
味噌貝焼、
イカ寿司、
けいらん、
べこ餅、
まめしとぎ
南部地方-
せんべい汁、
まめしとぎ、
いちご煮
- 津軽地方には、砂糖を入れた甘口の赤飯があり、コンビニで買うこともできる。甘口の茶碗蒸しも青森では食べられている。
名所・旧跡・観光スポット
祭事・催事
青森県を舞台にした作品
小説
- 津軽(太宰治)
- 思い出(太宰治)
- 若い人(石坂洋次郎)
- 青い山脈(石坂洋次郎)
- 草を刈る娘(石坂洋次郎)
- 八甲田山死の彷徨(新田次郎)
- 海峡(井上靖)
- 飢餓海峡(水上勉)
- 菜の花の沖<第五巻>(司馬遼太郎)
- 津軽世され節(長部日出雄)
- 津軽じょんから節(長部日出雄)
- 消えた城塞(長部日出男)
- 風雪平野(長部日出男)
- 辻音楽師の唄―もう一つの太宰治伝(長部日出雄)
- 桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝(長部日出雄)
- 鬼が来た 棟方志功伝(長部日出雄)
- 白い闇(松本清張)
- おろおろ草紙(三浦哲郎)
- 白夜を旅する人々(三浦哲郎)
- 百日紅の咲かない夏(三浦哲郎)
- 拳銃と十五の短篇(三浦哲郎)
- 野(三浦哲郎)
- はまなす物語(三浦哲郎)
- 夜の哀しみ(上)(下)(三浦哲郎)
- しづ女の生涯(三浦哲郎)
- おらんだ帽子(三浦哲郎)
- みちづれ 短篇集モザイク(三浦哲郎)
- 愁月記(三浦哲郎)
- 曠野の妻(三浦哲郎)
- 冬の雁 (三浦哲郎)
- 愛はこんがらがって (みうらじゅん)
- 魚影の群れ (吉村昭)
- ブルー・スノウ (川田拓矢)
- 津軽三味線 (倉光俊夫)
紀行文
- 街道をゆく三、陸奥のみち肥薩のみち(司馬遼太郎)
- 街道をゆく 、北のまほろば(司馬遼太郎)
アニメ
ドラマ
漫画
音楽
- 「津軽のふるさと」(1952年)(美空ひばり)
- 「リンゴ追分」(1952年)(美空ひばり)
- 組曲「フォー・シーズンズ」(Four Seasons of Morita Village)( 穐吉敏子)
- 「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)
- 「青森駅」(マニ☆ラバ)
などなど...
マスメディア
新聞
テレビ局
地上波放送
- もともと、青森県第3局目の民放テレビ局関係者はフジ系での開局を希望していたが、キー局のフジテレビが新しいネット局の開局に熱心ではなかったため、テレビ朝日系で開局したという。青森県にフジテレビ系列のテレビ局を開局しない理由は多数あるが、電波混乱が起こり、他局に影響を及ぼす可能性があるのでやむを得ず開局できないという説や、青森県とフジテレビの不仲説もある。
ケーブルテレビ
ラジオ局
- AMラジオ局
- NHK青森放送局
- 青森放送(JRN・NRN系列)
- AFN三沢(米軍三沢基地向けのラジオ放送。周辺地域でも聴くことが出来る。)
- ※ほか、北海道放送、STVラジオが県のほとんどの領域で、岩手放送が南部地方を中心に受信できる。秋田放送については、県境沿いのごく一部に限り受信できる。
- ※ほか、函館のFM局が県の海峡沿いを中心に受信できる。FM岩手が三戸・八戸周辺で、FM秋田が津軽地方の一部で受信できる。
コミュニティFM局
軍事
津軽海峡は
公海(
特定海域)であるため、他国の
核兵器を搭載した
軍艦や
潜水艦の航行、および、津軽海峡上空の
軍用機の通過が可能である。そのため、突発的な戦闘に対する
専守防衛には、津軽海峡に面した警備所と、近接する後方基地が必要であり、青森県には海上自衛隊の拠点が置かれている。また、戦後の
冷戦時代には、
仮想敵国の
ソビエト連邦が
実効支配する
サハリンや
北方四島と近接する
北海道に陸上自衛隊の主力拠点が置かれたが、航空基地攻撃に遭わない程度離れた青森県には、
支援戦闘機の基地、および航空自衛隊の主力拠点が置かれた。このような背景から、海・空においては北海道を含めた領域の拠点が青森県に置かれている。陸に関しては、北海道が奪取された場合を考えての基地配備となっており、
本州防衛のための前線基地とされている。そのため、
方面隊総監部(上位の司令部)は、後方の
仙台に置かれている。
自衛隊
- 陸上自衛隊(東北方面隊・第9師団)
- 北東北3県に駐屯。方面隊(全国5区分)の総監部は仙台(仙台市)
- 駐屯地 : 青森(師団司令部)、弘前、八戸、岩手(滝沢村)、秋田
- 海上自衛隊(大湊地方隊)
- 津軽海峡・宗谷海峡と青森県以北の沿岸海域を警備。地方隊(全国5区分)の総監部が大湊(むつ市)
- 大湊基地(地方総監部)、函館基地隊、稚内基地分遣隊、余市防備隊、竜飛警備所、松前警備所。
- 航空自衛隊(北部航空方面隊)
- 北海道および北東北3県を警備。方面隊(全国4区分)の司令部が三沢(三沢市)。
- 三沢基地(方面隊司令部・第3航空団・第6高射群)、千歳基地(第2航空団・第3高射群)。分屯地(稚内・網走・根室・襟裳・当別・奥尻島・長沼・八雲・大湊・東北町・車力・山田・加茂・秋田)
在日米軍
- 第5空軍第35戦闘航空団:三沢飛行場に駐屯。
軍事史
- 1871年9月 歩兵第5連隊青森駐屯。
- 1896年 第8師団、弘前に駐屯。
- 1899年8月 大湊水雷団創設。
- 1902年1月 歩兵第5連隊第2大隊、八甲田山雪中遭難。
- 11月 大湊要港部が設置。
- 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台の戦いで死傷6300人。
- 1922年 第8師団シベリア出兵。
- 1941年11月 大湊要港部、警備府へ昇格。
- 1945年7月 青森、八戸、三沢など空襲、青函連絡船7隻沈没、青森市での死傷者1769名。
- 9月 米第七艦隊、大湊に入港(8日)。米陸軍、旧日本海軍三沢飛行場を接収して三沢基地に。
- 1953年9月 保安庁警備隊大湊地方隊として編成。
- 1980年 車力ミサイル基地発足。
- 1985年 米空軍三沢基地へのF16戦闘機配置が開始。
関連項目
外部リンク
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