重ね合わせ(かさねあわせ) superposition とは、量子力学において、量子における複数の状態が同時に成立することを意味する。
しかし、これでは単に言葉を言い換えただけであり、「重ね合わせとは何か?」という問題にたいする答えにはなっていない。
これをシュレーディンガーの猫の問題の例に当てはめると、それぞれ(マクロの世界で)、次のようになる。
この前者と後者二つの解釈はそれぞれ、コペンハーゲン解釈およびエヴェレット解釈と呼ばれる。しかしながら、これら二つの解釈のいずれも不自然である。その不自然さを扱ったのが、シュレーディンガーの猫の問題である。
つまり、「重ね合わせ」という言葉を使って済ませるのは、シュレーディンガーの猫の問題を回避していることになる。また、この問題を「重ね合わせ」という用語で説明することは、同語反復になっており、問題が循環してしまっている。重ね合わせの問題は二重スリット実験の問題とも深く関連する。
結局、量子力学の根源的なところでは、まだまだはっきりとした決着が付いていないのである。なお、上記では二つを示したが、他にもいくつかの解釈が提唱されている。
二重スリット実験では、スリットの数は二つであり、重ね合わせの数は二つである。同様に、スリットの数が三つならば、重ね合わせの数は三つである。スリットの数が無限大ならば、重ね合わせの数は無限大である。そして、スリットの数が無限大であるというのは、スリットの刻まれたついたて(壁面)が存在しない、ということだ。これは真空に相当する。つまり、真空という場では、重ね合わせの数は常に無限大になっていることになる。・・・・・・これが無限大の問題だ。
この問題に対して、どう考えるか? コペンハーゲン解釈に従うなら、粒子の数が無限個になっていることになるので、不自然である。エヴェレット解釈に従うなら、世界の数が無限個になっているので、やはり不自然である。ファインマンの解釈に従うなら、無限個の経路をたどる量子はそれぞれ無限小になるので、全体として1個であり、不自然さはない。
ただし、ファインマンの解釈に従う場合には、「重ね合わせ」という概念そのものを捨てる必要がある。なぜなら、重ね合わせに相当するものは、経路積分の「積分」という概念のうちに含まれているからだ。
これら三つの解釈のうち、どれを取るべきかは、いまだ決着が付いていない。
仮に、粒子説を前提としなければ、「重ね合わせ」の概念は特に必要ない。たとえば、波動説を取るのであるならば、波の「重なり」overlap はごく普通のことであるから、量子の「重ね合わせ」 superposition という特殊な概念は特に必要ない。経路積分の発想を取る場合でも、「重ね合わせ」という概念は必要ない。結局、「重ね合わせ」という概念を取るかどうかは、粒子説の発想を取るかどうかという点に根源がある。
なお、現在の量子力学では粒子説の発想が主流である。つまり、量子は一個の単体として扱われ、媒体の位相差である波としては扱われない。ただし、場の量子論では波動説の発想も有力である。経路積分の考え方が他の二つの発想とは異なる結論を出すのも、場の量子論の延長上に経路積分があるからである。
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