Charles Darwin.jpg]] 進化論(しんかろん)は、生物の種が時間とともに変化するものであり、現在見られる様々な生物は、その変化の中で生まれてきたものであるという学説。進化が起こっているという事を認める判断と、進化のメカニズムを説明する理論という2つの意味がある。
生物が不変のものではなく、長期間かけて次第に変化してきたという考えに基づく変化の過程。この変化は、進歩とは限らない。
チャールズ・ダーウィンの祖父であるエラスムス・ダーウィンは、競争や性淘汰による進化を唱えた。
1858年にアルフレッド・ウォレスがダーウィンに送った手紙に自然選択説が書かれていたことに驚き、自然選択(自然淘汰)による進化学説を共同で発表したのは1858年である。
ダーウィンは1859年11月24日に進化についての考えをまとめ、『種の起源』として出版した。 『種の起源』の中では、あらかじめ内在的に用意された構造の展開出現を意味する「evolution」ではなく、「Descent with modification」という単語を使っている("evolution"の原義については下の項目を参照のこと)。自然選択(natural selection)、生存競争("struggle for existence"正確には「存在し続けるための努力」とでも呼ぶべき概念)、適者生存(survival of fittest)<--適者生存(最適者生存)はダーウィンの用語ではありませんし,ダーウィニズムの理解としても必ずしも正しくありません。-->などの要因によって、環境に適応しうる形質を獲得した種が分岐し、多様な種が生じると説明した。
ダーウィンは進化の概念を多くの観察例や実験による傍証などの実証的成果によって、進化論を仮説の段階から理論にまで高めたのである。
ウォレスは、個体間に働く自然選択説とともに用不用説も採用したダーウィンと異なり、集団間に働く自然選択だけで進化を説明しようとした。ウォレスは、性淘汰を認めず、突然変異は優れた方向へ生物が進歩するために起こると考え、後に人間を進化の例外と考えるようになった。
1865年に発表されたメンデルの法則は、その当時全く理解されなかったが、1900年に再発見された時には広い支持を受けた。彼の遺伝子に関する説では、遺伝子は親の生活とは何の関係もなく、全く変化せずに子孫に受け渡されるので、これを認めれば進化論は成立しない。したがって、ダーウィニズムを批判する理論とされていた。ただし、自然選択によって連続的変化を起こすと考えていた生物測定学派と不連続的な変異を重視する遺伝学者が対立していたが、詳細な研究が進み、連続的な変異もメンデルの法則で説明できるようになった。
また、ド・フリースは突然変異を発見した。これによって遺伝学からも、遺伝子に変化を生じる可能性、つまり進化の起きる可能性が認められたことになる。彼は自然選択とは無関係に突然変異が新しい種が生じ、生じた種の間に自然選択が起こるという突然変異説を提唱した。
その後、突然変異についてくわしく分かるにつれ、それが直接に新種を産むということはまず無いだろうと考えられるようになった。その代わりに、突然変異という現象は、個体に遺伝的変化を生じさせ、種内の遺伝的多様性を増やすものという意味で自然選択説の中に取り入れられ、使われるようになる。それによって生じた、様々な形質の個体間での自然選択によって進化が起きる、とするものである。
1930年代に確立された集団遺伝学では、遺伝子頻度の変化が進化としてその要因についての説明が考えられた。こうして、ダーウィンの自然選択説を基本にしつつ、集団遺伝学、系統分類学、古生物学、生物地理学、生態学などの成果を取り入れて生物の形質の進化を説明することが主流になり、これを総合説(ネオダーウィニズム)と呼ぶようになった。
総合説に関わった生物学者は多く、唱えている総合説はそれぞれ少し異なるために、総合説を批判する人は、総合説の中の特定の意見を総合説とみなして批判している。
他方、ダーウィン流の進化論では生物の進化の方向は全く偶然に生じる突然変異に任せっきりであり、自然選択は、有利な突然変異が生じなければ意味をなさない。このことに納得できないものが、生物が進化の方向を決めているはずだとの説を出すことが再三あった。特に、長い時間の中での変化を追う古生物学者などにその例が多い。そのような考えをネオ・ラマルキズムという。 アイマーは化石の記録を見て、生物に内在する力が適応的かどうかとは無関係に一定方向に進化が起こるという定向進化説を唱えたが、彼はその代表的例である。今西錦司の進化論にもその趣がある。しかし、このような説には、それを支える機構上の支持がない。ワイスマンは生殖細胞と体細胞をわけて、次世代に形質を遺伝させることができるのは、生殖細胞だけで体細胞が獲得した形質は遺伝しないと主張し、獲得形質の遺伝を唱えるネオラマルキズムを批判した。また、分子遺伝学的知識からも、この説は否定的である。
1968年に木村資生によって中立進化説が提唱された。 生物にとって有利な変異は少なく、生物にとって有利でも不利でもない中立的な変異が多く、それが遺伝的浮動によって偶然広まって進化が起こり、適応的な進化については自然選択が進化の原動力になると考えた。中立説に似た考えは、1932年にもモーガンが提唱したと言われている。自然選択が働かない中立的な変異があることはダーウィンも述べていた。 種分化の起きた時期を調べる分子時計は、中立説を理論的根拠としている。近年発達した分子生物学のDNA研究によって、生物のDNAに刻まれている遺伝情報の類似性をもとに生物進化の系統図を構築する研究が進められている(分子系統進化学)。 RNAワールド
19世紀頃は、進化は進歩と同義であった。その頃のヨーロッパではフランス革命や啓蒙思想などの普及によって、人間社会が発展のさなかであり、多くの人がそれが生物の進化と同じものであると主張していた。それは神による創造の原点こそが最高の状態で、歴史のプロセスはそこからの堕落による神からの離反であるととらえるキリスト教的生命史観のもたらす不安からの救済思想でもあった。20世紀には、社会的、文化的変化が進歩と厳密に同義であるという考え方は多くの社会科学者から受け入れられないものとなっている。また現在では一般的に、ダーウィンの進化の説明の解釈についても、生物の変化は進歩とは異なるものとして捉えられている。
19世紀以降は、進化と言った時は、社会や文化のそれでなく、生物の進化を指す。この生物の進化とは、ある生物の集団がある世代から次の世代に代わるときのアリル頻度の変化を意味する。それは、簡単に言えば、すなわちチャールズ・ダーウィンの自然選択のアイデアに基づく種の進化論そのものでもある。「進化」は単に事実を記述する語に過ぎないのであってそれ自体が価値判断を含むわけでなく、その意味で「進歩」とは異なるのである。にもかかわらず、進化と進歩の混同、事実と規範の混同はしばしば見られ、後述するソーシャル・ダーウィニズムもその誤解の産物であった。
現在の日本において、一般的に「進化」という言葉が使われている場合、学術的に厳密な「進化」ではなく「進歩・グレードアップ」というニュアンスで用いられ、本来の「進化」もそうであるかのように認識されている。
19世紀後半にハーバート・スペンサーは自然選択説を社会に適用して、最適者生存によって社会は理想的な状態へと発達していくという社会進化論を唱え、ヘッケルは国家間の競争により、社会が発達していくという社会進化論を唱えた。スペンサーは生物は下等から高等へと進歩していくというラマルクを高く評価していたと言われており、進化に目的や方向性はないと考えるダーウィニズムではないとの指摘もある。社会進化論は帝国主義国による侵略や植民地化を正当化したと言われている。ゴルトンは、人為選択(人為淘汰)によって民族の退化を防ぐために劣った遺伝子を持つものを減らし、優れた遺伝子を持つものを増やそうという優生学を提唱した。人種差別・障害者差別の正当化に使われた。ウィルソンが提唱した社会生物学は人種差別・性差別を正当化すると批判された。
20世紀になり、その極端な実行者としてナチス・ドイツが台頭したことにより、社会進化論、優生学が社会にもたらす負の側面が、強く認識されるようになった。
「生物は進化する」というテーゼは現在では科学的事実として受け入れられているが、社会的に受け入れられているとは限らない。(進化論裁判)アメリカのいくつかの州では、プロテスタントの一部に根強い聖書原理主義の立場から進化論が否定され、教科書で取り上げられない事態となっている。 キリスト教原理主義者の創造論では、宇宙の始まりから現在までの過程を聖書の旧約聖書『創世記』の記述が文字通り正しく、生物種はそれぞれ独立に創られたとしているが、創世記の第一章天地創造エロヒム(普通名詞エルの複数形、神と訳されている)が植物・動物・人(男と女)の順で天地を完成させた後、第二章では、固有名詞ヤハヴェエロヒム(主なる神と訳されている)がアダム・植物・動物・女イシャー(後にイブという名になる)の順に創るという矛盾があるので、創世記の記述を文字通り真実だとするのは不可能だとの指摘がある。カトリック教会では1996年10月に前ローマ教皇故ヨハネ・パウロ2世は進化論を仮説以上のもので、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神に創造されたものだと述べた。つまり、人間の精神活動の源泉たる魂の出現は進化論的過程とは関係ないとする限定つきで、進化論をキリスト教と矛盾しないものと認めた。
多くのイスラム諸国では、進化論の教育や研究が禁じられているが、動物の分類やヒトの形態変化は教科書に掲載されている。なお、中でもアラブ諸国では、ゲームソフト作品、及びそのアニメ化作品であるポケモンが、登場生物の個体の姿や能力の断続的成長変化(生物学的にはむしろ変態と呼ぶのがふさわしい現象であり、皮肉なことに本来の個体発生の意味でのevolutionに近い現象)を進化と呼んでおり、この事がこの作品は進化論に基づくもので、反イスラム的だと問題視された。
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