逮捕(たいほ)とは、被疑者の逃亡及び罪証隠滅の防止の為に強制的に身柄を拘束する処分を言う。
しかし、日本人の大衆意識としては、逮捕は有罪判決と同然とされる。日本に於いてこのイメージが根強いのは、相当程度確実な証拠が得られなければ逮捕しないことが多いこと(「別件逮捕」も参照のこと)、有罪率の高さ(「無罪」も参照のこと)、マスメディアの犯人視報道、犯罪を取り上げた映画・テレビドラマ・小説の影響(あらかじめ犯人が設定されていないと物語が成り立たない)、警察官と検察官と裁判官の役割分担が、大衆意識のレベルで未分化である(江戸時代においては、警察署・検察庁・裁判所は、例えば江戸に於いては江戸町奉行というように一体化していた)などが原因と考えられる。
(マスメディアの報道についての問題は「被疑者」も参照のこと。)
その後、必要に応じて上記時間内に勾留請求がなされ、裁判所がこれを認めればさらに10日間(延長されれば20日間)の勾留(マスコミ用語では「拘置と呼ばれる。)がなされる。
逮捕は逃亡および罪証隠滅の恐れがある場合に行われるので、逆に言えばそれらの恐れが無ければ本来は被疑者を逮捕する必要は無い。その場合は任意調べの後に、訴追相当と考えられれば関係書類をまとめて検察庁に送り、移管する。これを書類送検と呼ぶ。
見せしめを狙った逮捕や、権力に逆らう人物を弾圧目的で逮捕する例も見られる。
1995年に起きたオウム真理教事件では、捜査を進めるために、オウム真理教信者を、違法だが普段は罪に問われない行為、たとえば、カッターナイフの所持で銃刀法違反で逮捕するなどの、微罪逮捕や、別件逮捕が人権問題となったことがある。
再逮捕の被疑事実は、前の逮捕の被疑事実と異なる場合と同一の場合とがある。マスコミ報道などでよく耳目にするのは、異なる被疑事実での再逮捕である。見出しでは単に「再逮捕」となっていても、本文では例えば「死体遺棄容疑で身柄拘束中の被疑者を殺人容疑で再逮捕した」などと記されている。このような再逮捕が合法であることは全く問題は無い。一方、同一の被疑事実での再逮捕は「一罪一逮捕一勾留の原則」との関係で問題があるため、法律学においてはもっぱらこちらのケースの「再逮捕」が関心の対象となっている。そのため、法律学において単に「再逮捕」と言った場合は、同一の被疑事実による再逮捕を意味することが多い。この両者をマスコミ用語と法律学用語とに区別する人もいるが、法律実務においてはいずれも「再逮捕」であることに変わりはない。
逮捕には身柄拘束期間の上限が規定されているが、もしも同一の被疑事実での再逮捕を許したのならば、捜査機関は逮捕を繰り返すことで好きなだけ身柄拘束期間を延ばすことが可能となってしまい、この上限規定を無意味なものにしてしまう。そこで、同一の犯罪事実については、逮捕は1回しか許されないというのが、刑事訴訟における原則となっている(一罪一逮捕の原則)。ここで問題となるのは、同一の被疑事実か否かの判定方法である。また、釈放後に重大な新証拠の発見があった場合や逮捕後に被疑者が逃亡したような場合にも二度と逮捕できないとするのは不合理であるため、一罪一逮捕の原則の例外が認められる条件が問題となる。