近畿日本鉄道株式会社(きんきにっぽんてつどう、英称 Kintetsu Corporation)とは、大阪府・奈良県・京都府・三重県・岐阜県・愛知県の2府4県に跨る、JRグループを除く日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持つ大手私鉄。一般的には近鉄(きんてつ、Kintetsu)と略されて呼ばれている。かつては近日(きんにち)と称した(その他も参照)。関西圏と中京圏を結ぶ唯一の私鉄。多数の企業を擁する近鉄グループを抱え、様々な事業を行っている。本社所在地は大阪府大阪市天王寺区上本町六丁目1番55号。
歴史
近畿日本鉄道の母体ともいえる
大阪電気軌道(大軌)は、1910年9月16日に奈良軌道として設立され、同年10月大阪電気軌道に改称。
生駒トンネルを難工事の末に完成させ、1914年最初の路線である上本町~奈良間を開業させた(現:
近鉄奈良線)。
その後、1927年には天理・橿原神宮への路線網を確立。同年に伊勢を目指すため参宮急行電鉄(参急)を設立し、1931年宇治山田まで開通(現:近鉄大阪線・山田線)。更に伊勢電気鉄道(伊勢電)の合併、関西急行電鉄(関急電)の設立により、1938年には名古屋へのルートを確立した(現:近鉄名古屋線)。
戦時中の陸上交通事業調整法により周辺の鉄道会社をそれらの会社は次々と合併し、さらに大阪電気軌道は参宮急行電鉄・関西急行電鉄などと統合して、1940年関西急行鉄道(関急)に再編される。1943年現在の近鉄南大阪線などを経営していた大阪鉄道(大鉄)を合併。1944年南海鉄道(南海)と合併して現在の近畿日本鉄道(近鉄)が発足、600kmを越す路線を有する日本最大の民営鉄道となった。この時点では上本町、名古屋、天王寺、難波の4営業局体制であった。1947年に難波営業局管轄の旧・南海鉄道の路線を南海電気鉄道(南海電鉄)へ譲渡したが、奈良電気鉄道(奈良電)や三重電気鉄道(三重電)などの合併により、1965年には現在の路線網がほぼ完成した。
また太平洋戦争の敗戦2年目にあたる1947年10月には、早くも上本町駅~近鉄名古屋駅間に有料特急列車の運転を開始している。これは日本における有料特急列車の戦後初の復活であり、現在の近鉄特急の元となった。
なお、元伊勢電気鉄道・関西急行電鉄の路線により成立した名古屋線は軌間1067mmの狭軌であり、元大阪電気軌道・参宮急行電鉄によってつくられた大阪線・山田線などといった多くの路線は軌間1435mmの標準軌であって線路幅が異なるため、名阪間の直通客は途中の伊勢中川駅で乗り換えを強いられていたが、1959年の伊勢湾台風による被災を機に、当時の社長であった佐伯勇の英断で予定されていた名古屋線の改軌工事を前倒し実施して同線を標準軌化し、名阪間直通の特急の運転を開始した。
1970年に大阪の千里丘陵で日本万国博覧会(大阪万博)が開催されることになり、大阪万博来場者を奈良や伊勢志摩など沿線観光地へ誘致する計画を立て、孤立路線だった志摩線の改良と鳥羽線建設による直通化に取り組み、同年3月に完成させた。さらに同月には、難波線も完成させ悲願の難波乗り入れを果たした。なお難波線は、2009年度完成予定で難波まで延伸工事中の阪神西大阪線との相互乗り入れが予定されている。
また特急列車網も整備され、1958年には2階建て車両付きの「ビスタカー」、1988年には「アーバンライナー」等と言った特色ある車両を登場させている(その他の車両の登場年は年表参照)。
年表
路線網
優等列車
近畿日本鉄道では現在、優等列車として有料の
特急列車を同社の基幹路線といえる、大阪線・難波線・奈良線・京都線・橿原線・名古屋線・山田線・鳥羽線・志摩線・南大阪線・吉野線で運行している。その使用車両には「
アーバンライナー」・「
ビスタカー」・「
伊勢志摩ライナー」・「
さくらライナー」といった愛称が付けられているが、
列車愛称は存在せず、例えば名古屋~大阪間を途中
ノンストップで運行するものは「名阪ノンストップ特急」などと、系統の通称で呼ばれる事が多い。詳しくは
近鉄特急の項目を参照のこと。
列車種別
近鉄における
列車種別は、幹線では有料特急の他に
急行・
準急・
普通が走り、ローカル線では一部路線に有料特急が走る他は普通のみとなっているのが基本であるが、その他に下記のような列車種別が設定されている路線もある。
詳しくは、各種別および各路線の記事を参照のこと。
また魚介類行商人のための団体専用列車として、鮮魚列車が上本町駅~宇治山田駅間に設定されている。
車両
特急形車両
団体専用車両
通勤形車両
大阪・名古屋線系統
奈良・京都線系統
南大阪・吉野線系統
独立線区
過去の車両
優等・団体列車専用
通勤形車両
運賃
大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。
2006年3月27日現在。
基本普通運賃
| キロ程
| 運賃(円)
| キロ程
| 運賃(円)
| キロ程
| 運賃(円)
|
| 初乗り3km
| 150
| 56~60
| 860
| 141~150
| 1860
|
| 4~6
| 200
| 61~65
| 920
| 151~160
| 1960
|
| 7~10
| 250
| 66~70
| 980
| 161~170
| 2070
|
| 11~14
| 290
| 71~75
| 1040
| 171~180
| 2190
|
| 15~18
| 340
| 76~80
| 1110
| 181~190
| 2300
|
| 19~22
| 390
| 81~85
| 1170
| 191~200
| 2410
|
| 23~26
| 430
| 86~90
| 1230
| 201~210
| 2520
|
| 27~30
| 480
| 91~95
| 1290
| 211~220
| 2640
|
| 31~35
| 540
| 96~100
| 1350
| 221~230
| 2750
|
| 36~40
| 610
| 101~110
| 1410
| 231~240
| 2860
|
| 41~45
| 670
| 111~120
| 1520
| 241~250
| 2970
|
| 46~50
| 730
| 121~130
| 1640
|
| 51~55
| 800
| 131~140
| 1750
|
伊賀線、吉野線、志摩線、養老線、湯の山線、内部線、八王子線の各線内またはこれらの路線と他の路線に跨る区間の場合は、これらの路線の乗車キロ数の合計に応じて下表の金額を加算する。
普通運賃加算額
| 乗車キロ程
| 加算額(円)
|
| 1~10
| 20
|
| 11~30
| 30
|
| 31~60
| 40
|
| 61~
| 50
|
伊勢市~宇治山田間を通って鳥羽線に跨る区間の場合は、鳥羽線内の乗車キロ数に応じて下表の金額を加算する(鳥羽線内だけまたは鳥羽線の駅~志摩線の駅間だけを乗車する場合は下表の金額を加算しない)。
鳥羽線加算額
| 乗車キロ程
| 加算額(円)
|
| 1~6
| 10
|
| 7~12
| 20
|
| 13~
| 30
|
けいはんな線内または同線と他の路線を跨る区間の場合は、けいはんな線内の乗車キロに応じて下表の金額を加算する。
けいはんな線加算額
| 乗車キロ程
| 加算額(円)
|
| 1~3
| 40
|
| 4~6
| 60
|
| 7~10
| 70
|
| 11~14
| 90
|
| 15~18
| 110
|
| 19~
| 130
|
鋼索線普通運賃
- 生駒鋼索線
- 宝山寺線(鳥居前~宝山寺)のみ 280円
- 山上線(宝山寺~生駒山上)のみ 280円
- 宝山寺線・山上線を跨る場合 350円
- 西信貴鋼索線 540円
運賃計算の特例
- 田原本駅から西田原本駅および王寺駅から新王寺駅の駅間は徒歩連絡で運賃計算はキロ通算が可能。
- 鋼索線宝山寺駅でのみ途中下車が可能。
2001年2月までは、鉄道線でも指定駅や長距離乗車券(制度廃止時点では片道運賃が1400円を越える区間の乗車券)で途中下車が可能で上本町の近鉄百貨店利用者などに好評だったが、スルッとKANSAI加盟で途中下車制度が廃止された。しかし、制度廃止後も復活要望の声が絶えない。
その他
- 近鉄が多く路線を保有する奈良県・三重県においては、近鉄はJRより遥かに運転速度・規格・本数などで勝っている面が多い。また同県のある地区にJRと近鉄の2社の駅がそれぞれ別の場所にある場合、JRの駅前は寂れているのに対して近鉄の駅前は賑やかというのが一般的である(四日市駅と近鉄四日市駅など)。旧国鉄の時代から国有鉄道の意義が低く、近鉄の意義が高かったのである。
- これは、同地区の国鉄線を建設したのが元々関西鉄道・参宮鉄道などといった私鉄であり、鉄道国有法に基いてそれを国有化した後は一地方路線扱いとして殆ど投資がなされなかったため、国鉄時代には近鉄と並行する関西本線・奈良線などは都市近郊路線にもかかわらず非電化・単線の時代が長く続いているといった状況であったからである。これに対し、近鉄の元となる大軌・参急は始めから高規格の高速運転を行う路線として主要路線を建設し、更に買収路線(伊勢電→名古屋線、奈良電→京都線など)を含めて複線化・線形改良等を何度も行い、速達列車を多く設定したので、輸送において国鉄よりはるかに優位に立てたのである。
- 現在では、名古屋駅~鳥羽駅間にJR東海が快速「みえ」を走らせたり、JR西日本が「アーバンネットワーク」の一部として速達列車を設定するなど、国鉄時代に比べて大きく改善されているが、それでも近鉄が有利である区間が多い。
- そのため、奈良県・三重県において近鉄グループは鉄道・バスなどで強い影響力を持ち、現在の両県は近鉄なしでは語れない状況にあるといえる。
- またその一方で、近鉄は大軌子会社の参急発足の頃から、それまでの関西私鉄の多くが対抗意識から国鉄の駅との連絡に消極的であったのに対し、積極的な連絡を図ろうとした。その名残で特に三重県には津駅・松阪駅・伊勢市駅などといったように、JRと近鉄が同じ構内を共同で管理する駅が多く存在する。
- 近鉄は近畿・東海地方に広大な路線を保有しているが、その中には不採算路線も保有している。このため、大手私鉄の中では比較的早くからワンマン運転を行なって経費削減を図ってきた。1990年代頃から長期不況による乗客の減少が目立ち、支線のほとんどがワンマン化されたほか、南大阪線や山田線のような幹線でも、普通列車に関しては輸送量が少なく2両編成の列車も多いため、ワンマン運転が行なわれつつある。このような現象は近鉄に限らず、近年の大手私鉄に共通して見られるものである。
- 近鉄における(社内での)保存車両は開業時に投入したデボ1形電車1両のみであるが、その反面で歴史には強い関心があり、近鉄自体の社史だけでなく買収した会社の社史も多く刊行している。
- 近畿日本鉄道が発足した直後は「近鉄」と呼ばず「近畿日本」や「近日」と称し、社名を冠した駅名も1944年6月の発足後1970年3月までは「近鉄~」でなく「近畿日本~」となっていた。これは、元々滋賀県の近江鉄道が「近鉄」(おうてつ)の略称を使用していたため、誤解を防ぐ観点から使用しにくかったからではないかと言われている。しかし「近鉄」の愛称が早くから使われるようになったためか、1948年には「近畿日本鉄道百貨店」を「近鉄百貨店」と改称し、1949年に発足した近畿日本鉄道出資の球団は「近鉄パールズ」を名乗った。なお現在でも傍系の旅行会社は「近畿日本ツーリスト」と称するなど、「近畿日本」を名乗っている企業もある。
- 近鉄本社(上本町駅)や近鉄百貨店などに書かれていた「近鉄」の文字は、1967年3月まで「鉄」を「金」編に「失」でなく「矢」にした物(鉃)にしていた。「金を失う」が「金が矢のように集まる」になるという縁起担ぎが理由であったが、後にその看板を見た小学生が「鉄」の字を間違って覚えてしまうと沿線住民などから指摘され、正式な表記に直している。なお、現在のJR四国を除いたJR各社も同じ様な理由により、ロゴでは「鉄」の字を「鉃」にしている。
- 名古屋鉄道(名鉄)とは、一時期激しく対立した事があった。戦前では、伊勢電を巡る争いが最も大きなものであったが、戦後だと石川県における北陸鉄道支援を名鉄が行った際に、近鉄では北陸鉄道に対抗するバス路線の敷設を目論んで北陸日本交通という会社を設立しようとしたり(これは後に、同社を合併して近鉄の子会社化した北日本観光自動車のバス路線網拡大へ方針転換するが、国の方針で却下)、近鉄が大垣から岐阜・羽島への新線敷設を計画した(近鉄養老線を参照)のに対抗して、名鉄が岐阜から養老・羽島に至るモノレール建設を発表(後に羽島線の建設へ変更した)したという事例がある。この対立が解消して協力関係に入ったのは、1980年代のことだった。
- 近鉄名古屋駅と名古屋鉄道の名鉄名古屋駅は共に地下駅だが、壁1枚で隣接している。1950年代まで連絡線があり、線路がつながっていた。名古屋線が狭軌だったこともあり、団体観光列車のみ相互乗り入れを実施し、伊勢から蒲郡方面などへの観光列車が運行された。しかし、列車本数の増加等さまざまな不都合があり、数年で打ち切られた。
提携など
近鉄に関連する人物
関連項目
外部リンク
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