責任(せきにん)は、社会に於ける自由に伴って発生する負担である。自由な行為・選択に伴い、結果に応じた責任が発生する。現代社会において保障された自由を行使する為には、その行為に応じた責任を負わなければならないが、それと同時に、その行為に応じた責任以外を負う必要はない。何が「行為に応じた責任」にあたるかは道義的なレベルにおいては不明確であり、しばしば争いの原因となる。
日本においては、何らかの悪い結果が発生した場合、責任者が辞任などによって責任をとることがある。場合によっては、責任者が自殺によって責任をとることもある。これは歴史的に切腹が責任を取る方法として行われてきたことに由来する。責任を無理矢理とらせることを「詰め腹を切らす」というのはその名残である。
社会的な責任
結果責任
結果責任(けっかせきにん)とは、ある行為に応じて発生する結果を受け入れる立場にいる者が負う責任のことである。原則として全ての行為において結果責任が発生するが、ある行為を行った者と責任を負担する者が常に一致するわけではない。例えば、選挙において投票した行為、棄権した行為、それぞれの選択行為に伴い結果を受け止める責任が発生し、あとは各人にそれぞれの責任がどの程度帰属するのかの問題になる。法的な責任においては過失責任主義が原則であるので、結果責任はしばしば道義的責任にとどまることも多いが、
無過失責任のように法的にオーソライズされる場合もある。
自己責任
自己責任(じこせきにん)という言葉は現在多義的な言葉となっている。
第一に、「証券取引による損失は、全て投資者が負担する」という意味がある。証券取引はもともとリスクの高いものであるから、例え予期できない事情により損害が発生したとしても、投資者が損失を負担しなければならないということである。
第二に、「個人は自己の過失ある行為についてのみ責任を負う」という意味がある。個人は他人の行為に対して責任を負うことは無く、自己の行為についてのみ責任を負うという近代法の原則のことである。
第三に、「自己の選択した全ての行為に対して発生しうる責任」という意味がある。何らかの理由により人が判断能力を失っていたり、行為を強制されている場合は、本人の選択とは断定できないため、この限りではない。
例えば、保証されていないWikipediaに各自の判断で参加することによって生じた損害は、全て自己責任に帰される、というように用いられる。この言葉には英語のOwn riskの直訳的な意味が含まれており、契約などにおける免責事項の根拠として広く用いられている。ただ、例えば窓に施錠し忘れて邸内の所持品が窃盗にあったケースにおいては、「窃盗犯によって所持品が滅失・毀損・消費され、取り戻し不能になる危険が発生すること」が自己責任の内容であり、自己責任を理由にして、警官の職務怠慢が正当化されたり、捜査費用を被害者に負担させられるわけではなく、また所有権が国家により没収されるわけではない。
近年の日本では
2004年4月7日の
イラク日本人人質事件の際、事件の経緯から自己責任の在り方について議論が沸き起こり、海外
メディアに紹介されるまでに至った。その際、自己責任という語句に暗黙の批判を含める
自己責任論が流行したが、本来、この言葉自体には
評価としての意味は無いため、正確な用い方ではない。この時は自己責任という言葉が「不本意な結果が発生するリスクを認識した上で行動した以上、その不本意な結果発生については自己が全責任を負うべきで、国家が助けるべきではない」という意味で使われた。
また、2005年12月に発覚したマンションの耐震偽装問題についても、国が補償するという方針を打ち出したことについて「安いマンションを買った住民の自己責任」といった批判が国土交通省によせられた。ここでいう自己責任はもはや「リスクを認識しえた以上(結果回避可能性がある以上=過失)、結果についても全責任を負うべき」あるいは「回避可能性がなくても、個人の取引行為によって生じた損害を国家が救済するべきではない」という意味にまで拡大している。
漫画家の小林よしのりは、『新ゴーマニズム宣言』の中で、自己責任という言葉は、本来なら存在しない言葉である。責任と言う単語には自己の意味が含まれている。それにもかかわらず、無理に強調して作った造語であり、これでは頭痛を頭部頭痛と言い換える様な物だ。と、「自己責任」という語句の存在自体を否定した。さらに、小林はアメリカが他国への侵略戦争の責任回避のために、「自己責任」という単語を作った、とした。反米思想の持ち主である小林のこの説には若干の矛盾はあるが、近年主張される「自己責任論」の危険性をも指摘している、と言えるであろう。
法的な責任
刑事責任
犯罪を犯したものが
処罰を受けることとなる
刑法上での責任。
責任能力が必要であり、基本的には自分の
行為に基づく責任であるが、他人を利用したケースにおいても刑事責任が発生するケースがある(
共犯]、
共謀共同正犯、
間接正犯)。
刑事責任を負っている者には刑法等に応じて
刑罰が課せられ、
懲役や
罰金に処せらる。
民事責任
契約に違反したり、
不法行為をおこなった者が受ける
民法上の責任。
現在の日本においては
金銭で賠償することが原則であるが、
謝罪広告を要求されることもある。また、一定の場合は他人の行為によっても責任を負う(
使用者責任)。この根拠は報償責任と説明されるが、これは自己責任の一種である。
訴訟上の責任
自分にとって有利な法的効果の発生を主張又は立証できなかった当事者が受ける不利益のことを
証明責任または
挙証責任という。不利益を被った側は、自分が望む法的効果の発生という利益を受けることができない。証明責任を負うか負わないかによって、事実が真偽不明の状態にとどまった場合のリスクに天と地との差が存在するので、
証明責任の分配方法が法学において問題になり、また民事訴訟においては各種の証拠収集手続が整備され、証明手段に乏しい当事者の救済が図られている。
行政責任
公務員は無答責であり、国家が賠償する責任を負う。
国家賠償法参照。
政治責任
社会に於ける
政治の責任は、最終的には
主権者が負うものとされている。これは、
主権者の信任によって
政治の行為者が選出されている為であり、直接統治・間接統治いずれにしても
主権者が選択した行為に基づくからである。又、
信任できないのであれば、手順に従って
罷免することができる。
重大な政治的過誤があった場合、
為政者が辞任するなどの形で責任をとることもある(
内閣総辞職、議会の
解散など)。政治責任と法的責任は別物であるが、収賄など犯罪行為があった場合には
刑事責任も負うことは勿論である。
戦争責任については、当該項目を参照。
様々な責任
関連項目
関連書籍
- 小浜逸郎『「責任」はだれにあるのか』 PHP研究所 ISBN 4-569-64627-1
- 大庭健『「責任」ってなに?』 講談社現代新書 講談社 ISBN 4061498215
法律 | 社会
Verantwortung | Responsibility