西暦(せいれき)とは、キリスト教の始祖であるイエス・キリストの生年とされる年を元年(西暦紀元)とした紀年法である。キリスト暦とも呼ばれる。今日、世界で最も広く使われている紀年法である。
西暦紀元は6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスによって算出された。復活祭暦表を改訂する際に、当時ローマで用いられていたディオクレティアヌス紀元(皇帝ディオクレティアヌスの即位を紀元とする)の代替として、これを提案した。これはディオクレティアヌスがキリスト教の迫害者であったからである。紀元0年が無く、元年(1年)より始まるのは、当時、まだ零の概念が西洋に伝わっていなかったからである。この暦法はなかなか受け入れられず、10世紀頃にようやく一部の国で使われ始め、西欧で一般化したのは15世紀以降のことであるという。ちなみに、ディオニュシウスの求めた紀元は、今日推定されるイエスの生年から数年ほどずれている。現在では、イエスはヘロデ大王の治世の末期、紀元前7年~4年頃に生まれたと考えられている。
なお、東ローマ帝国などの東方正教会諸国では10世紀以降世界創造紀元(天地創造が基準。西暦で紀元前5508年を元年とする)が使用されている。西暦がキリスト教圏すべてで用いられた訳ではないので、注意が必要である。
また西暦が国際社会でもっとも用いられる年号となったのは、キリスト教圏であるヨーロッパ各国の世界進出や植民地拡大により非キリスト教国でも西暦が普及したからである。
日本では、明治以降に使われ始め、現代では元号とともに完全に一般化されている。また、一部法令上に元号や皇紀ととも規定されている。気象機器の検定証印の年表示や食品の賞味期限表示の一部にも規定されている。--気象測器検定規則(平成14年3月26日国土交通省令第25号)、乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(昭和26年12月27日厚生省令第52号)など。
年数を表す際、日本語では、「西暦~年」「紀元~年」と言う。ラテン語では、イエス・キリストの誕生年が紀元であるから、まずAnno Domini(「主の年に」の意)と書き、これに具体的な年を続ける。しばしば A.D. と略され、これは現代の英語でも用いられている。この略記を、万国共通の表記と考えている日本人もいるが、現代では、ほぼ英語圏でのみ通用する。例えばフランス語では、キリスト紀元を Apres Jésus-Christ といい、これを ap.J-C と略記し、スペイン語では、d.C.又はD.C.(Despues de Cristo)と略記し、ドイツ語では、nach Christusといい、これをn. Chr.と略記する。
一方、西暦以前の年代には、西暦元年の前の年を、0年ではなく「紀元前1年」とし、年数を逆行させる。これは17世紀フランスの神学者ドニ・プト(Denis Petau)による案で、18世紀末になってようやく一般化した。ラテン語では、Ante Christum といい、稀に A.C. と略される。英語では、Before Christ と言い、これを B.C. と略す。これもあくまで英語圏でのみ通用する表記で、例えば仏語では Avant Jésus-Christ と言い、av.J-C と略記し、西語では、a.C.又はA.C.(Antes de Cristo)と略記し、ドイツ語では、v. Chr.(vor Christus)と略記する。
西洋のシステムが国際基準になってゆく中で、非キリスト教徒をもこの紀年法を用いる必要に迫られた、当然、キリスト紀元であるこの記年法に対してある種の抵抗感が生じてくる。これは特に欧米の非キリスト教徒にとって深刻であったらしい。そのため、例えば英語圏では Anno Domini を 共通紀元 Common Era(C.E. と略す)、Before Christ を Before Common Era(B.C.E.)と言い換える動きも見られる。一方で、キリスト紀元であることには変わりがないのだから、偽善的な案である、という意見もある。
Anno Domini | Anno Domini | Anno Domini | Era cristiana | Jälkeen Kristuksen | Anno Domini | Anno Domini | N.e. | 公元