積極的差別是正措置(せっきょくてきさべつぜせいそち)はアファーマティブ・アクション(Affirmative action)の訳語の一つで、差別の結果に対する是正として行われる措置及びそれに類することを言う。
例えば、ある特定の民族に属する人々に対して政治、経済上の差別が制度的に歴史的に存在したため、その特定民族が階級的に下層に位置するためその民族からの学生の平均の学力が低く、高等教育進学率が著しく低かったとする。差別措置肯定派はこれにより学歴が低いために専門的な職に就くことは難しくなり、世帯の収入の差を生み、子女の基礎的な教育機会の差にも繋がり、次世代における進学率の差を再生産されていると主張する。アファーマティブ・アクションとは、このような自己保存的な問題を解消し差別されてきた人々の社会的地位の向上を図るために、入学基準や雇用の採用基準で積極的な優遇措置をとることをいう。上の例では、その民族の生徒を高等教育に受け入れるための成績に関わらず、特別枠を設けたり、入学試験において点数のかさ上げを行ったりすることで彼らの進学率を向上させる。これにより長期的には差別構造そのものが消滅し、最終的にこの措置を必要としないまでに改善すると期待できると肯定派は主張する。
これは既に不当な社会的或いは経済的格差が確固として存在している時、特定の制度の採用の機会を平等にしてもこれまでの社会的あるいは経済的格差が是正されないとの考えによる。しかし入学・就職枠が無限にあるわけでないのでこの優遇措置が大規模に行われれば当然この優遇措置を受けられないものに対する逆差別となる。よって生活補助などの政策と違い「積極的」差別是正措置は機会の平等を逆転させるものであり平等の理念に背くという批判も存在する。本来はある民族、性別、門地、身分などを理由とする機会の不平等を解消するのが目的の筈であるが制度上の不平等が消滅したあとも経済的・社会的不平等が存在するという主張によってこれらの制度が肯定される。アファーマティブ・アクションにおいては進学率あるいは就職率などその手段としてまず結果における数の平等を求めているので、場合によっては競争の不公平という弊害が無視できないほどに大きくなる危険性がある。
補助措置としては明治時代の1899年に松前藩によって弱者となっていた北海道の先住民であるアイヌを救済し保護するとの名目で北海道旧土人保護法が制定された。これは和人とアイヌとの間の格差を是正し、「同じ日本人」となるような同化政策を行っていくために制定された法律であった。1997年にアイヌ文化振興法の成立に伴い廃止となった。部落差別における同和対策事業特別措置法(1969年7月10日施行、1978年11月13日法律第102号で改正、1982年3月31日失効、1982年3月31日から1986年度3月31日まで有効の法律第16号地域改善対策特別措置法、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律1987年3月31日法律第22号に引き継がれた)、女性差別事件の判例などがこれに類すると考えられる。
Regstellende aksie | Quotenregelung | Affirmative action | Positiivinen syrjintä | Discrimination positive | העדפה מתקנת | Pozitív diszkrimináció | Rechtstellende actie | Ação afirmativa | Kvotering | சீர்திருத்த செயலாக்கம்
This article is licensed under the GNU Free Documentation License.
It uses material from the
"積極的差別是正措置".
Home Page • arts • business • computers • games • health • hospitals • home • kids & teens • news • physicians • recreation• reference • regional • science • shopping • society • sports • world