生物学(せいぶつがく、英語: Biology)は生物や生命現象を研究する自然科学の一分野。広義には医学や農学など応用科学・総合科学も含み、狭義には基礎科学(理学)の部分を指す。一般的には後者の意味で用いられることが多い。類義語として生命科学や生物科学がある。
Stylonychia.jpgの一種 Stylonychia: 生物学では全ての生物が対象となる]]
我々ヒトは生物であり他の生物に囲まれ依存しながら生きてきた。生物は何故生きているのか、生物はどのような道のりを歩んできたのか、ヒトと他の生物は何が異なり何が同じであるのか — このように生物・生命を理解しようと試みる生物学は人間の本質的な欲求の一つであると言えよう。生物学の萌芽は古代ギリシアに見られる。しかしこれらは生気論・目的論的であり、そのような考え方は自然科学では基本的に否定されている。現代生物学の系譜は17世紀の科学革命を経て自然科学が成立した近世以降に博物学の一領域として始まったとされる。詳細は生物学史を参照せよ。
現代の生物学者は機械論の立場を取り、生物は有機化合物等の物質から構成された複雑な機械であると考える。理論的には生命現象はすべて物理学の言葉で説明できるものとされている。一つ一つの要素を解明していく還元主義の有効性は失われていないものの、それのみによって複雑な生命現象を理解する試みには限界が見え始め、生物を複雑系として扱う考え方も発展してきている。
生物学ではヒトを特別な生物種として扱うことはない。しかし、我々自身がヒトであり、その研究は医療や産業などと関連しているため、ヒト研究は重要であり関心も高い。「生命科学」はヒトの理解を中心とすると定義されている。生物学研究の成果は医療や農業における基礎を提供し、応用面で人類に大きな利益をもたらしている。関連する産業はバイオ産業と呼ばれ、IT産業と並び発展性のある大きな市場を形成し、経済的にも重要な位置にある。生物学の知見や技術は生命の根幹に大きく関わるようになってきており、倫理的・社会的な影響も注目されている。
ウィキポータル 生物学、生物学に関する記事の一覧、Category:生物学、生物学史も参照せよ。
記載とは、詳細な観察に基づいて基礎となる事象を明らかにすることであり、研究において最も始めに行われる。生物種を同定するための形態学的観察をはじめとして、実験操作を加えない状態での発生現象や細胞構造の観察、生理条件下での生理活性物質の測定、ひいてはゲノムの解読も記載と言える。
実験は人為的に操作を加えることにより通常と異なる条件を作り出し、その後の変化を観察・観測することで生物に備わっている機構を解明しようとする実証主義的な試みである。突然変異の誘発や、遺伝子導入、移植実験など様々な手法が用いられる。現代生物学では実験生物学の性質が強い。実験操作は科学的方法に基づいて行われ、対照実験や再現性の確認などにより、実験者の主観を排除することが求められる。
Trilobite_southern_France_001.jpgの化石: 化石は生物進化を探る手がかりとなる]] 一方、進化や生物圏レベルの生態学研究のように実験による証明が困難である場合は、様々な観測データや古生物の化石などを用い、比較や構造化など理論による説明を試みる。またバイオインフォマティックスのように膨大なデータを統合して理解しようとする場合も、理論によるアプローチに重点が置かれる。実験を行う前に仮説を立て結果を予想したり、実験結果を解釈して抽象化や普遍化させて法則や規則性を見いだしたりすることも理論の一部である。このような理論面に重点を置いた生物研究は理論生物学と呼ばれ、数理モデルを用いる場合は数理生物学と呼ばれる。これらの分野は高度に抽象化するため、対象の生物学的階層には捕われない性質がある。
新たな方法論として、蓄積したデータに基づいてコンピュータ上に仮想システムを構築することで構造を理解したり、そのパラメータを変化させるシミュレーションにより実験の代わりとするシステム生物学も登場している。
Clostridium_botulinum.jpg: 顕微鏡の発明は科学者達に微生物や細胞を見る「目」を提供した]] 顕微鏡の発明による細胞の発見は、微生物の発見をはじめとして、動物と植物がいずれも同じ構造単位から成っていることを認識させ、動物学と植物学の上位分野として生物学を誕生させることになった。また自然発生説の否定によって、いかなる細胞も既存の細胞から生じることが示され、生命の起源という現在も未解明の大きな問題の提示につながっている。
Dna-split.png 進化はチャールズ・ダーウィンをはじめとする数人の博物学者によって提唱された概念である。それまでは経験的にも宗教的にも、生物の種は固定したものとされ、疑われることはまずなかった。進化は現在でも仮説の域を出ないのであるが、自然科学ではほぼ間違いのないこととして受け入れられており、進化を前提にして様々な研究が行われている。また単純な生物から多様化することで現在のような生物が存在すると考えることが可能になり、生命の起源を研究可能なテーマとすることができるようになった。社会や思想にも大きな影響を与え、最も大きなパラダイムシフトであったと言うこともできる。なお、進化の本質は多様化であり、より高等・複雑な状態への変化はその一面である。
遺伝自体は古くから経験的に知られていた現象であるが、メンデルが交雑実験から遺伝の法則を見いだしたことで、分離可能な遺伝子の存在が示唆され、遺伝学が誕生した。この法則は染色体説の実証に伴って確証づけられ、その後の分子生物学にもつながる。
ジェームズ・ワトソンやフランシス・クリックらがX線回折の結果から、立体模型を用いた推論により遺伝物質 DNA の二重らせん構造を明らかにしたのは、分子生物学における構造学派の最も大きな成功である。相補的な二本の分子鎖が逆向きにらせん状構造をとっているモデルは、染色体分配による遺伝のメカニズムを見事に説明しており、その後の分子生物学の爆発的な発展に寄与した。
ある生物種における遺伝情報の総和として提唱されたゲノムという概念は、技術発展によりゲノムプロジェクトが可能になったことにより、生物学における還元論と全体論、普遍性と多様性を結びつける役割をもつようになった。生物種間でのゲノムの比較により普遍性と多様性理解への糸口を与え、還元的な研究に因子の有限性を与えることで、個々の研究を全体論の中で語ることを可能にした。
純粋生物学に残された大きなテーマとしては生命の起源、ヒトの精神や心理、地球外生命体などが挙げられる。既に起きてしまった生命の起源や進化は、実験による再現が不可能な問題である。しかし、生物物理や生化学的に生命(細胞)を再構成する試みが行われており、いずれ人工生命が誕生し、生命誕生を解明する手がかりとなるだろう。
ヒトの精神や心理は複雑すぎて生物学で扱う範囲を超えている。しかし、脳科学研究などが進むことでいずれは精神も物理の言葉で記述できるようになり、心理学・精神医学と生物学は統合していくかもしれない。
地球以外に生命は存在するのか?現在のところ生物学者の多くは、まだこれは生物学のテーマではないと考えている。しかし、火星やその他の惑星、衛星の探索が進み、生命やその痕跡が発見されれば、重要なテーマの一つとなるだろう。宇宙生物学も参照。
また、医学や農学などへの応用の重要性は今後も増加していくと思われる。
一方、対象の大きさ、つまり生物学的階層性を軸にすると、代表的な分野は、分子生物学・生化学、細胞生物学、発生生物学、動物行動学、生態学などがある(図)。生態学は生物群の大きさによって個体群生態学、群集生態学などに分けられる他、対象とする場所を重視する場合は森林生態学や海洋生態学、極地生態学などの名称も用いられる。生物学的階層性は生物の分類に対して横断的であり、生物の普遍性が注目される。この軸では個体レベルを境として大きく二つに分けることができる。この視点から諸分野を見ると、個体レベル以下を扱う分野は分子生物学の影響が強く還元主義的な傾向があり、個体レベル以上を扱う分野は全体論的な傾向がある。動物発生学や植物細胞学などの分野は、この二軸を考えるとその領域が把握しやすい。
最も古くからある方法論の一つは、生物の分類を扱う分類学である。分類は生物学の基礎であり、進化研究の手がかりにもなる。伝統的には形態に注目した分類が行なわれていたが、近年では分子生物学の手法を取り入れた分子系統分類が盛んである。生化学や分子生物学は、それぞれ化学的手法や DNA 操作を用いる方法論の性質も強い。分子遺伝学や逆遺伝学から発展したゲノムプロジェクトやバイオインフォマティックスは新たな方法論として脚光を浴びている。
代表的な生物学の理論は遺伝学や進化論が挙げられる。遺伝学は遺伝子の機能を間接的に観察するという方法論とも言える。遺伝や進化の理論は、具体的なレベルでは未だ議論があるものの、総論としては生物学に必要不可欠な基盤となっている。
近年、ゲノムやプロテオームの解析において膨大なデータを処理する必要が生じており、バイオインフォマティックス(生物情報学)と呼ばれる分野では情報学の方法論が取り入れられ、ゲノミクスやプロテオミクスで用いられている。また、生命現象をシステムとして理解することを目的とするシステム生物学が黎明期にある。
生物学と相互に影響しあっている分野も数多く存在する。生態学は理論面において経済学と強い関連があり、地球科学と観測技術を共有する。これらの影響は一方から他方への影響というよりも相互的なものである。同様に、医学、農学、薬学とは研究対象、研究成果を大きく共有しており、今後も密接に関連ながら発展していくと考えられる。
人文科学系の分野としては、自然哲学の一分野である生物哲学、方法論としては科学哲学、倫理面を研究する生命倫理学などが生物学と対象を共有している。科学史の一分野である生物学史は生物学の歴史を研究対象として扱う。
生物学から多くの影響を受けた分野に、理論社会学や社会思想がある。ハーバート・スペンサーやエミール・デュルケームなど社会の変化、特に分業の発達と構成要素の多様化を生物進化になぞらえて考察する理論は、社会学の中でも多く知られているが、ダーウィンと同時代に生き、適者生存などの語の発案者でもあるスペンサーを除けば、生物学から影響を受ける量が多く、生物学への影響は限られている。また、生物をメタファーとして社会を説明する理論には他にもマーシャル・マクルーハンによるメディア論や梅棹忠夫による情報産業論など広く知られたものが多くある。
システム理論やサイバネティックスは生物学による生命体の理解を手がかりに、秩序や変化についての一般理論を構築している。これは社会学にも社会システム論として影響を与えている。
応用に輝かしい貢献を行うと同時に、現代生物学はさまざまな倫理的な問題を抱えている。それらはゲノム情報、遺伝子操作、クローン技術など、生命の根幹に関わる技術や情報と共に人類にもたらされた。これらは、臨床医療において人類に恩恵をもたらす一方で、差別や生命の軽視など深刻な社会問題を引き起こしうる。このような課題は生命倫理学によって扱われる。
マクロのレベルでは、遺伝子操作によってられた遺伝子組み換え (GM) 作物 の環境への影響(遺伝子汚染)や、環境破壊によって生物多様性が急速に失われて行く環境問題が深刻であり、これらに対する取り組みも必要とされている。
現代生物学およびそれに携わる人々は、純粋な科学的研究成果のみならず、このような倫理的側面に対しても熟考し議論を深め、社会的責任を果たしてゆくことが求められている。
一方、生命科学 (Life science) や生物科学 (Bioscience, Biological science) という語は新しく、分子生物学の誕生以降に作られたものである。分子生物学が DNA という全ての生物に共通する「言葉」を提供したことで、分野ごとに断片化していた生物学が統合していく。そこで新たに生命科学という言葉が用いられるようになった。生命科学では生命現象の普遍性を重視し、心理学や人間科学までも含み自然科学の範疇を越え、ヒト研究を中心とした総合科学を目指すとされる。ただし生物学も生命科学も広義に解釈すると範囲は広く重なり、実際の生物研究をどちらかにわけることは難しい。また生物学が意味するものも時代とともに変化しており、しばしば生物学は生物科学や生命科学と同義に用いられる。
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