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本田 実ほんだ みのる1913年2月26日 - 1990年8月26日)はコメットハンターとして知られる日本のアマチュア天文家。鳥取県八頭郡八頭村(現八頭町)出身。

14歳の頃に天文に興味を持ち、望遠鏡を自作して木星土星を観測。1932年には彗星らしきものを発見し、花山天文台に報告。これは残念ながら誤りであったが、これをきっかけに同天文台長・山本一清の指導を受ける。また、当時の日本人による彗星の発見がわずか2個(しかも、周期彗星の再現であった)であることを知り、発奮。その後、山本の計らいにより京都大学の調査隊に参加して日食黄道光を測定。

その間にも彗星捜索を続け、1940年に初の彗星「岡林・本田彗星」(1940Ⅲ…番号は当時のもの)を発見。その後、1968年までに計12個の彗星を発見。特に、周期彗星である本田・ムルコス・パジュサコヴァ彗星(45P/Honda-Mrkos-Pajdusakova、周期5.3年)が有名。

1970年以降は新星の捜索に移行し、11個の新星を発見。1981年には岡山県倉敷市賀陽町(現・吉備中央町)に観測小屋を設け、「星尋山荘(せいじんさんそう)」と名づけて観測を行った。1990年、生涯通算1453回目の観測を行った2日後に永眠。奇しくも命日に、倉敷名誉市民となった。

現在、功績をたたえて、小惑星に彼((3904)本田)と慧(さとる)夫人((8485))、そして星尋山荘((11442)星尋山荘)の名が付けられている。

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天文家

Minoru Honda

 

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