株式会社日立製作所(ひたちせいさくしょ、Hitachi, Ltd.)(東証: 6501、NYSE: HIT)は、日本最大手の総合電機メーカー。 日立グループの現在のコーポレート・ステートメントは“Inspire the Next”(インスパイア・ザ・ネクスト)。
元が鉱山で使う電動機(電動モーター)の修理から始まったためか、モーターに於いては日本を代表するトップブランド。故に日立製作所の異名は「モートル(モーター)の日立」とも言われ、多くの技術者、電気店に異名が浸透している。特に、モーターを使った電化製品は人気が高い。(日立製作所発祥の地である茨城県日立市には「日立モーター最中(もなか)」という名物のお菓子がある)
日本における大手コンピュータメーカーの一つでもあり、IBM互換の大型汎用機やベクトル型スーパーコンピューター、パソコンではプリウス、フローラシリーズを手がけ、コンピュータ部品では磁気ディスクなどの記録媒体、大型ページプリンターなどを他社にOEM供給している。
子会社の日立マクセル(maxellブランド)はカセットテープ、MDなどの記録媒体も手がけ、自社ブランドのみでなくOEM供給している。
通信機器は、富士通や沖電気工業、日本電気(NEC)とともに、いわゆる電電ファミリーの一角として、グループ企業を含めNTTグループに交換機などの通信機器を納入している。
重電企業として蒸気タービンや大型ボイラーを製造するほか、国内における三つの原子炉製造メーカーの一つであり、ゼネラル・エレクトリック(GE)から技術導入した沸騰水型原子炉を東芝と共に東京電力を始めとする電力各社に納入している。原子力関係者の間では「紳士の三菱重工」(あるいは「殿様の三菱電機」)、「商人(または侍)の東芝」に対して「野武士の日立」として知られる。蒸気タービンには特に定評があり、重工業の分野では「タービンの日立」とも呼ばれる。(その昔GEが設計したタービン翼があまりに複雑な形状でGE自らが製品化出来なかった際にも、GEからの依頼を受けた日立製作所日立工場の技術陣が製品化したエピソードがある)
700kei.JPG | 山口県下松市の笠戸工場では、JRや私鉄向けの鉄道車両の生産を行っている(電気機関車は除く。茨城県ひたちなか市の水戸工場で製造していたが、ここ10年は製造車両がない)。新幹線車両は一編成を複数の会社が開発、受注するのが普通であるが、新幹線の先頭車両の殆どは日立製作所が作っている。また、JR各社きっての個性的な車両を数多く登場させているJR九州の車両の生産は一部を除いて同工場で行っている(阪急電鉄も子会社であったアルナ工機の事業清算後は、同社の鉄道車両を同じくアルナに発注していた東武鉄道と共に同工場に受注するようになっている)。
また、車両から送電設備、座席予約・発券システム、信号・中央指令等の運行管理システムまで、鉄道の全てを作ることが出来る世界で唯一の会社と言われている。JR全社が国鉄時代から導入している座席予約・発券システム「MARS(マルス)」は日立製作所の製品である。即ち、我々が日常みどりの窓口で受け取る切符は、全て日立製作所のシステムで発券されている。
日立の樹、この木なんの木のCMでも知られている。この木なんの木は小林亜星の作曲である。
通天閣.jpg また、大阪では通天閣の巨大ネオン広告で知られている(通天閣のエレベーターが日立製)。ちなみに日立市内にある日立工場だけで東京ドーム13個分の広さがあり、日立工場内でマラソン大会が開催される。
歴史的な経緯(日産コンツェルン)において日産自動車と関係が深く、日産自動車系の有力部品メーカー、ユニシアジェックスを合併し日産に部品を供給したり、日産系の部品メーカーを買収したり、日産と組んで自動車部品メーカーの囲い込みを進めている。自動車の電子制御系には定評があり、日産スカイラインGT-Rの4WDシステムやアウディのクワトロシステムなども日立製作所の製品である。
企業の略称は日立だが、拠点である茨城県では日製(にっせい)と呼ばれることが多い。これは、単に日立というと地元自治体である日立市と区別がつかなくなることからきている。茨城県内の日立製作所各工場近辺の信号には「日製○○工場前」といった名前が付いているものがある。 尚グループに、商社の日製産業(現在の日立ハイテクノロジーズ)もある。
日立製作所は企業城下町を形成することが多く、茨城県北部、横浜市戸塚区等が特に顕著である。茨城県北部では実に労働人口の85%が日立製作所と何らかの関係を持っているとするデータもある。そのため、茨城県日立市付近の小中学校では、「○○君のお父さんどこで働いているの?」と聞かれ、「○○工場」や「○○研究所」と答える会話が普通になっている。(あえて日立、日製とは言う必要はないことが小中学生の共通認識になっている)
日立市内の小学校では、「のびゆく日立」という教科書の中で、日立製作所の成り立ちを学ぶ。
日立製作所を含む日立グループ内ではパンポンと呼ばれる卓球と軟式テニスを合体させたスポーツが盛んに行われている。パンポン用コートの枠線は、全国の日立製作所各工場の駐車場などで必ず見ることが出来る。かつては各工場、事業部の部署対抗でトーナメントを行い、それらの勝者で全社的な社長杯も行われていた。パンポンは日立製作所の社技である。日立市内の小中学校では体育の授業でもパンポンが取り入れられており、各学校にパンポンクラブがあることが多い。パンポンは日立製作所内部のスポーツとして発祥したが、現在では広く市民レベルで親しまれている。あまりに日常的に親しまれているため、日立市民の中にはパンポンが全国的に知られているスポーツと思っている人もいる。パンポンのラケットは日立市内のスポーツ店で購入することが出来る。ラケットのサイズ等はルールで定められている。ボールは軟式テニスと同じものを使用する。(詳しいルールについてはパンポンの項を参照)
日立市民は、老若男女を問わず日立製作所日立研究所のことを日研(にっけん)と呼ぶが、この日研という呼称は、日立製作所の社内で使用する日立研究所の略称である。
なお、山口百恵が『いい日旅立ち』(国鉄のキャンペーンソングともなる)をリリースする際、日本旅行(国鉄の券売機システムを使用)と日立製作所(国鉄の車両を製造)がスポンサーになった。タイトルに「いい日旅立ち」「いい日旅立ち」とそれぞれの会社の名前が入っているのがその証拠。
1910年(明治43年)に小平浪平(おだいら なみへい、1874年~1951年)が国産初の5馬力誘導電動機(モーター)を完成させ、日立製作所を創業した。
戦時中は航空機用の発動機なども製造していた。
日立製作所中央研究所は、1970年代は、厳密に評価を数値化したため研究業績が落ちた。そのため現在ではポートフォリオ・メソッド(研究開発テーマの評価手法)を使っている。
1980年代には「日立のヒント(HINT=HItachi New Technology の略) 商品です」というものをCMで導入していた(初期の頃はアニメ「ニルスのふしぎな旅」のキャラクター映像が挿入されていた)。
1996年、次世代型列車運行管理システムATOSをJR東日本と共同で開発。
2000年からの“Inspire the Next”導入に伴い、「日立マーク」(「日」「立」のモノグラム社章)は対外的な使用を取りやめる方針となっており、各製品はもとより、通天閣などの広告からも取り外されている。
2004年6月、監督と執行の分離を徹底する委員会等設置会社に移行。
2005年2月、プラズマディスプレイの開発面において松下電器産業と提携。部品関連の共同開発や原材料の共同調達、並びに特許管理会社を松下と合弁で設立することを計画している。
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