日本国(にほんこく、にっぽんこく)は、東アジア(ユーラシア大陸)の東方にある島国である。通称は日本。
ウィキポータル 日本も参照のこと。
また、日本の経済力はGDP(MER: ドル時価換算)で世界第2位に位置している。日本は、G8の一翼をなして世界経済に強い影響力をもち、国際社会における経済支援等についての役割と責任も大きい。このことから日本は、アジアで唯一の先進国、経済大国である。海上交易・漁業ともに盛んな海洋国家でもあり、地政学上は典型的なシーパワーに分類される。
しかしながら現在、日本の経済にはいくつかの課題がある。 2004年の経済成長率は名目0.8%・実質1.9%となり景気拡張が続いているもののデフレの状態である。更には「一億総中流」と言われた社会が崩れつつあり、貧富の差も拡大する傾向が続いている。
日本は単一民族国家と考える人もいるが民族の定義も単一ではなく、この問題も主観に基づくために賛否両論がある。、人口のほとんどを占める日本民族以外にも、少数民族が居住している。少数民族と考えられる人々に次の人々がいる。
使用言語はほぼ完全に日本語であり、慣習法として日本語が公用語になっている。但し、最近では様々なところで英語が使用される機会も増えている。沖縄県の琉球語やアイヌ民族のアイヌ語などもあるが、現在は日常会話で耳にすることは少なくなっており、アイヌ語の話者はごく少なくなっているのが現状である。
地勢的には、日本海を挟んで朝鮮半島(大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国)・ロシア連邦(ロシアとは日本海以外にオホーツク海をも挟んで接している)と接し、東シナ海を挟んで中華人民共和国・中華民国(台湾)などに接している。また、南方では小笠原諸島の延長線上にミクロネシア(北マリアナ諸島)がある。
国名の読み方には「にっぽん」と「にほん」の2通りの読み方がある。日本政府は正式な読み方を明確に定めていない。 しかし、日本の紙幣などには「NIPPON GINKO」と描かれているように、公的な機関においては「にっぽん」と読ませる場合が多い。なお、日本語の発音の子音にh音が登場したのは江戸時代になってからという日本語音韻学上の定説からすれば、「にほん」より「にっぽん」が古いことは自明であり、その過程で「にふぉん」とも発音されていた時期があることも、『日葡辞書』などの記録に明らかである(これについては「は」を参照)。
また「やまと」とも訓じ、古くは「ひのもと」と読まれていた可能性も示唆されている。その場合、上古の発音に遡っての上記の議論は本質的ではない。近代の発音に於いても「日本」という文字の並びを素直に読むなら「じつほん」「にちほん」、あるいはそれが促音便した「じっぽん」「にっぽん」であろうし、そもそも「日」に本来「に」の読みはない。「にほん」というのは、促音や拗音の表記法が確立されていなかった時代に「日記」が「にき」と表記されたように、「にっぽん」が「にほん」と書かれたものが、その後、誤って促音が元々なかったと判断されて読まれるようになったものと推測される。
日本の最初の用例は、645年7月に高句麗や百済の使者に示した詔の「明神御宇日本天皇(あきつみかみとあめのしたしらすやまとのすめらみこと)」という語である(『日本書紀』大化元年七月の条)。なお、日本という国名が最初に定められたのは、701年施行の大宝律令とされる。734年には井真成の墓誌として中国大陸でも使用されている。
公式の英語表記は、Japan(ジャパン)。略記としてはJPNが用いられる。JAP(ジャップ)は、アメリカ英語では侮蔑的な意味があるのでイギリスではこの傾向は薄い。、使用には注意が必要である。また、最近の英語表記ではNippon(ニッポン)が用いられることが多い。具体的にはUPU等によるローマ字表記(1965年以降)、日本郵政公社の切手や日本銀行券などでNippon表記を用いている。なおNipponの先頭三文字で略したNIP(ニップ)は、JAPよりも強い侮蔑・差別の意味合いがあるので、使用するべきではない。この場合の略称はNPNとなる。
ジャパン(英:Japan)、ジャポン(仏:Japon)、ヤーパン(独:Japan)、ジャッポーネ(伊:Giappone)、ハポン(西:Japón)、イポーニヤ(露:Япония)、イープン(泰・ญี๋ปุ่น)などの、世界の多くの言語において日本を意味する固有名詞は、ある時期にある地域の中国語で「日本国」を発音したもの(ジーパングォ)を写し取ったジパング (Xipangu) 或いはジャパング (Japangu) を語源とするとするのが定説である。中国や朝鮮などの漢字文化の影響の強い地域においては、リーベン(中:rìbĕn; 日本)、イルボン(朝:일본; 日本)、ニャトバーン(越:Nhật Bản; 日本)ベトナムはフランスの植民地になるまで漢字を使用していた。その時代の名残である。等、そのまま「日本」を自国の発音で読むというやり方をしている。
事実上首都が京都から東京へ移った時期は諸説あり、1868年東京府が置かれたとき、1868年江戸城を東京城としたとき、1869年東京城を皇城としたときがある。 また、首都は京都であるという意見や、東京(東都)と京都が共に首都であるという意見も、少数ながら存在している。その根拠は、日本史上、平安京への遷都の詔で定められた後、京都から東京への遷都の詔は出されていないため、現在も平安京遷都が有効であるというものである。こうした意見に対しては、遷都の詔がないからと言って首都移転がないとは言えないとの反論がある。
現在、一極集中した立法・行政・司法の中枢である首都機能を分散させるため、国会などで話し合われている。詳細は首都機能移転を参照。
横浜は、東京のベッドタウン化に伴い人口が増加した。大阪は、終戦後の人口が約320万人であったが、郊外のベッドタウンの開発により減少した。名古屋は、中京圏の中核都市である。
人口が700万人を超える都道府県は次の通りである。
日本の各地方の人口は次の通りである。
また、日本の政令指定都市は次の都市である。
日本という国号が成立したのは701年前後と推定される。日本の意味は「日出處」(『隋書』倭国伝) 中国の隋に対しての「日沒處」(同) すなわち「日の本」の意であり、外交上、大陸と対等な立場であることの宣言であったとする説があるこれについては、冊封体制に入り宗主国に朝貢するという認識をヤマト王権が持っていなかったためとする指摘もある。当時の日本の版図は畿内を中心に東は北陸・関東まで、西は九州中部までにとどまっており、東北地方北部や九州南部は日本の支配の外にあった。
その後、日本は周辺の蝦夷や隼人などを服従させることにより、徐々に拡大を続けた。その間対外戦争は、白村江の戦い、刀伊の入寇、元との蒙古襲来、応永の外寇、文禄・慶長の役などである。
明治維新後、1871年の廃藩置県と翌1872年の琉球処分を通じて、ほぼ現在の領土が確定した。1890年に大日本帝国憲法を施行した。さらに20世紀前半には台湾や朝鮮半島を併合し、南洋諸島の委任統治を行い、傀儡政権である満州国(中国東北部)を通じて中国大陸の一部へ支配権を広げた。1936年には大日本帝国を正式な国号として定めた。
1945年に第二次世界大戦に敗れ、東アジアと太平洋で戦場になった国々、および日本において、多数の人々が犠牲になった。日本は、それまで拡大した領土の大半を失い、アメリカ合衆国を中心とする連合国の占領下に置かれた。
日本は軍国主義を否定することによって再出発した。その拠り所が日本国憲法である。日本国憲法は1946年11月3日に連合国軍最高司令官総司令部のもとに公布され1947年5月3日施行された。この日本国憲法では、主権が国民にある立憲民主制国家として再生させることや、紛争の解決手段としての戦争を放棄することなどが示され、国号も日本国と改めた。1952年4月28日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効により独立を回復した。独立後の日本はその基本理念として一切の軍国主義を否定した。アメリカ合衆国とは同盟関係を結んだ。
その後、日本は経済の面で大きく発展した。万国博覧会や東京オリンピックの開催は、戦後の日本が国際社会に復帰する象徴にもなった。また発展途上国のための支援ODAなどを行い、世界の平和や相互理解に一定の役割を果たすまでになった。近年は先進国として国際紛争解決のために国連平和維持軍の一員として、日本が軍隊派遣をするかどうかが議論の対象となっている。しかし現在の日本国憲法下では軍事力の放棄が記されていることなどのため、自衛隊の派遣については日本国内で賛否が分かれている。現在は憲法改定の動きなども見られ、活発な議論が行われている。
1999年8月13日に国旗及び国歌に関する法律(通称:国旗・国歌法)で、国旗は日章旗(通称:日の丸)、国歌は君が代と定められた。
四つの大きな島、北海道、本州、四国、九州と、千島列島、小笠原諸島、琉球列島など周辺の小島からなる列島(島弧)が、領土の中心をなす(南樺太も含む場合あり)。全6,852島からなる面積は約37.8万km²(北方四島以外の千島列島、南樺太を除く)。領土の約70%が山であり、山に生えている多数の植物のおかげで、日本が排出する二酸化炭素排出量が相殺されている部分が多い。周囲はすべて海であり、地上の国境線は実効支配領域においては無い。
現在、ロシアとの間に北方領土(南千島列島を主とする。北千島列島・南樺太も含む場合あり)、中国・台湾との間に尖閣諸島、韓国との間に竹島の領有問題がある。
周囲の海を大別すると、南側がフィリピン海、東側が太平洋、北西側が日本海、西側が東シナ海、北側がオホーツク海である。本州と四国の間の海は特に瀬戸内海と呼ばれる。沖合を暖流の黒潮、対馬海流、寒流の親潮、リマン海流が流れる。
列島付近ではユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートがせめぎ合い、地震が頻発し、世界全体で放出される地震エネルギーのうち1割から2割が日本周辺に集中すると言われている。そのため、震度1クラスや2クラスくらいの地震は日本のどこかで毎日必ずおきている。環太平洋造山帯・火山帯・地震帯と呼ばれる帯の一環をなしている。
また、火山活動が活発であった事から、火山性土壌が多く、これが日本列島の地味を豊かにした面もある。また温泉が多い事も火山のめぐみと言える。
冬季は、シベリア高気圧が優勢となり北西の季節風が吹くが、その通り道である日本海では暖流の対馬海流から大量の水蒸気が蒸発するため、大量の雪を降らせる。そのため日本海側を中心に国土の約52%が豪雪地域であり、世界でも有数の豪雪地帯となる。逆に太平洋側では空気が乾燥した晴天の日が多い。
夏季は、太平洋高気圧の影響が強く、高温多湿の日が続く。ただし、北部を中心にオホーツク海高気圧の影響が強くなると低温となり、しばしば農業に悪影響を与える。
また日本は、比較的降水量の多い地域でもある。主な要因は日本海側での冬季の降雪、6・7月(沖縄・奄美は5・6月)に前線が停滞して起こる梅雨、夏季から秋季にかけて南方海上から接近・上陸する台風など。
国土が南北に長く、また森林限界を越える高山帯や広い海洋をもつこともあり、国土の面積の狭さに比べて、生息する動物と植物の種類は豊富である。
日本は四方が海で囲まれているあるため、外部から新しい生物が侵入してくる可能性が低い。それに加え、多くの離島があるため、その島独自の生態系が維持されてきた土地が多数ある。
特に古くから小笠原諸島や、沖縄諸島は本土と比べ、古くから孤立した生態系を築いてきたため、その島固有の動植物が多数生息している。殊に、小笠原諸島においては「東洋のガラパゴス」と呼ばれるほど特殊な生態系を持つ。
そのため、その島の名前がその動植物につけられたものも多数ある。(例:小笠原諸島のオガサワラトンボ、オガサワラノスリ。 沖縄諸島の西表島に生息するイリオモテヤマネコなど。)
日本には100種強の哺乳類が生息し、そのうち固有種は3割を超え、7属が固有属である。日本の哺乳類相は、北海道と本州の間にあるプラキストン線、トカラ列島と南西諸島の間にある渡瀬線で区切られており、これらを境に、異なる動物群が生息している。
大型哺乳類では、北海道のヒグマ、本州のツキノワグマ、シカ、カモシカなどがいる。
固有種であるニホンザルのうち、下北半島に住む個体群は、世界で最も北方に棲息するサルである。
ニホンオオカミ、ニホンアシカ、および日本由来のラッコは絶滅。ニホンカワウソも絶滅の可能性が高い。
500種を越える鳥類が観察されている。
四周を海に囲まれるため、水鳥の種類は豊富である。南北に長い弧状列島は、渡り鳥の中継地としても重要である。また、シベリアで繁殖する鳥の越冬地やさらに南に渡る鳥の渡りの中継地点として重要であり、東南アジア等で越冬した鳥が繁殖する地でもある。このように日本列島は渡り鳥が豊富に行き交う位置にある。近年日本国内の渡り鳥の中継拠点となる干潟の乱開発による減少や、日本で繁殖する鳥の越冬地である東南アジアの森林環境の破壊が、日本で見られる鳥類の存続の脅威となっている。
人家の近くには、カラス、スズメ、ハト、ツバメなどが生息し、古来日本文化の中で親しまれてきた。
ただし実際の植生は、戦後の急速な植林政策により、スギやヒノキの単一樹林化している森林地域が多く、自然林はそれほど多くない。
主権は国民に由来する、とする主権在民を原理とする議会制民主政治の国家である。
日本国憲法は元首に関する規定を設けていない。天皇が元首であるかどうかについては賛否両論がある。詳細は天皇を参照。
日本の国権は三権分立を採用している。立法権は国会がもっている。議院内閣制を採用しており、そのため日本の最高責任者は首相となる。国会は衆議院と参議院の二院制である。衆議院は参議院に比べ、議員の任期などが短いことなどから優越する。行政権は内閣・地方公共団体・中央省庁が担う。司法権は裁判所が行使する。日本の三権は、西欧諸国と比較して、裁判所の機能が弱く、行政府、特に官僚の力が強いドイツ等と似た傾向を持つ。
基礎的地方公共団体として市町村がある。2006年4月1日現在、全国に1,820の市町村(779市、844町、197村)が存在する。平成の大合併が一段落し、終息したが、更なる再編が行われており、さらに市町村数は減少している。このほか、東京の都心部には特別区(23区)がある。
市町村を包括する広域行政区画の地方公共団体として都道府県がある。日本の国土は47の都道府県に分かれている。都道府県には、議決機関である都道府県議会と執行機関である都道府県知事が置かれる。都道府県には法律の範囲内での自治が認められているが、連邦制における「州」のような幅広い権限はなく、国家行政の下部組織としての機能が強い。
国会においては、1955年の保守合同以降、自由民主党(以下自民党)が一貫して第一党の座にある。1993年の羽田派の離党(新生党結党)までは衆議院において過半数を維持し、新自由クラブと連立した1983年 - 1986年の間を除いて単独政権が続いた。1993年、新生党結党時の総選挙後に政権から退いたが、1994年には与党に復帰し、1996年以降は連立により政権を維持している。2006年現在は自民党と公明党が連立政権を構成している。
日本は都道府県(1都1道2府43県)という広域行政区画から構成される。但し、地域区分(地方区分)には揺れが見られる。また、一部の市などは行政上は別途政令指定都市、中核市、特別区に定められているほか、各都道府県を、さらに細かく分けた市町村という行政単位や、町村をいくつかまとめた郡がある。北海道には独立出先機関として14の支庁が置かれている。(全国市町村一覧参照)
以下に日本の地域(地方)と47の都道府県を示す。地域(地方)は一般的なものを示した。太字は都道府県名で、左の数字は下の図の数字と対応している。
ロシアとの間には北方領土問題がある。この問題は、第二次世界大戦前の時点で日本が領有していた歯舞諸島、色丹島、択捉島・国後島を含む千島列島 (クリル列島) 、南樺太 (サハリン) を、第二次世界大戦末期にソビエト連邦が占領し、ソビエトを経てロシアがそのまま実効支配を続けているというものである。歯舞諸島・色丹島・択捉島・国後島について、日本とロシアの双方が、自国の領有権の正当性を主張している。現在も二国間で交渉が続けられているものの、これらの島々の周辺の海は豊かな漁場であることもあり、北方領土問題が解決される目処はたっていない。また日本国内の一部から、千島全島ないし南樺太の返還を求める主張がされることがある。
中国との間では、東シナ海の排他的経済水域を巡っての領土問題が起こっている。これは東シナ海で両国が主張する排他的経済水域の範囲の違いによるものである。日本は両国の国境の中間線を境界線として主張し、中国はユーラシア大陸の大陸棚部分は中国の域内と主張する。国際的には日本の主張が大勢であるが、中国と同様の主張をする国が無いわけではない。
近年この問題が重要化したのは、この水域の境界周辺の地下に、豊富な天然ガスが存在する事が明らかになったからである。中国はこの問題に対して、天然ガスを採掘するプラント(春暁ガス田)を、日本が主張する境界近辺(境界よりは外側)に建設するなどして、強硬な姿勢を取っている。日本はこれに対して、日本側の資源も採掘される可能性があるとして抗議している。また、中国に対抗して日本もこの海域での試掘権設定を行い、国内企業の一つがこれを取得した。中国側は日中での共同開発を提言していが、日本側はこの共同開発を中国に有利な条件と認識しており、依然解決の糸口は見えていない。
尖閣諸島 (中国名: 釣魚台列島など) に対しては、日本のほか、中国及び台湾(中華民国)が領有権を主張している。現在は日本が実効支配している。中国としては前号の経済水域問題の絡みもあり、また中台間の問題も絡み複雑化の様相を呈している。尖閣諸島の領土問題が表面化したのは、1970年代初頭に東シナ海において天然ガスが発見されたためである。中国と台湾の主張に対抗するために、日本の右翼団体が度々ここに上陸し、灯台を建設するなどした。この灯台は現在、日本国政府の管理下におかれている。2005年、台湾の漁民が日本の海上保安庁による取り締まりに対し海上で抗議デモを行った。
竹島 (韓国名: 独島) は、島根県の隠岐島の北西約157kmに位置する2つの岩礁からなる小島である。この島を巡り、日本と韓国がともに領有権を主張して対立している。
日韓併合時代は当然日本領であったが、韓国独立以降、李承晩大統領が設定した李承晩ラインにより、竹島問題が浮上した。
1954年7月に韓国海軍がこの島を占拠し、それ以来実効支配を続けている。竹島周辺の海域は豊かな漁場であること、日本側の領有権の主張について韓国側では「歴史を反省していない」と解釈されがちであること、などがこの問題の解決を難しくしている。
日本では資本主義の経済をとっており、日本は俗に世界第2位の経済大国と言われ、日本の経済動向は世界経済に大きな影響を与える。GDPは、ドル換算ベースで世界第2位、購買力平価(PPP)で世界第3位である。通貨単位は円(¥, yen)。
金属資源は亜鉛の4万3000トンを筆頭に、鉛、銅を産する。この3金属はいずれも非鉄金属として非常に重要である。しかしながら、いずれも国内消費量の4%、6.8%、0.02%しかまかなえていない。金(8.6トン)、銀(81トン)も採掘されているが、世界的にはシェア0.5%以下である。かつては両金属を大量に産出していた。
国内需要をまかなうだけの生産量がある地下資源は石灰岩(セメント原料)などごく一部しかない。
補足として、現在ではあまり資源としては利用されていないが、メタンハイドレートと呼ばれるものが日本近海に多数眠っていることがわかっている。これは石油が将来的に枯渇したときのための、代替エネルギ-としても注目を浴びているものである。
日本の産業を支えている工業技術は世界最高水準であり、多くの分野において、他の先進諸国や発展途上国にとって規範となり、また脅威ともなっている。特に大戦後の自動車、エレクトロニクス、造船、鉄鋼関連の産業は大きく成長し、世界的企業を複数擁する。製品の品質追求が高じて、工業用ロボットなどの付加価値の高い独自の技術をひねり出すケースも、各所で見受けられる。現在、日本は工業用ロボットについて全世界のロボット生産量の7割を生産している。また地球上で使われている工業用ロボットの6割は日本で活動している。日本の工業界は非常にロボット化され、効率性の良い産業と言える。また、家庭用ロボットという概念も日本から発信されたものである。
また、継続的な経常黒字により世界最大の債権国日本の2004年末の対外純資産は1.8兆ドルと世界最大である。となっており、世界経済からの配当や利子の受け取りが次第に増大している。
1980年代後半の土地バブルとその崩壊による不況で、日本経済は空白の10年(失われた10年)とも呼ばれる経済成長率の低迷と金融危機などを経験した(趨勢としての実質経済成長は1990年代も続いている)。しかし2005年現在では株式取引量及び総額は、既にバブル期を越える量と金額の取引があり、非常に活発になってきている。さらに、設備投資も増加して緩やかな景気拡張期にある。
その一方で、所得格差が拡大している。OECDの統計*によれば、2000年度には日本の貧困率は15.3%で、OECD加盟国中メキシコ合衆国、アメリカ合衆国、トルコ共和国、アイルランド共和国に次いで世界第5位となっていた。日本の貧困率は、1985年は11.9%、1994年は13.7%であった。
また、1990年代における財政政策により日本の公的債務(国と地方の長期債務残高)は750兆円を超え、GDPに比較して債務の比率が高い国となった。『日本の借金』時計
中でも特に、東京を中心とした首都圏の人口は、日本の人口の約3分の1を占め、世界最大の都市圏を構成している。そのため、都心部では土地の値段が高騰化し、ドーナツ化現象などの問題も起きている。
一方で農漁村では、若い働き手が都市部へ移住してしまうため、過疎化、高齢化が進行している。
日本人の起源は、いわゆる縄文人、弥生人を基調とし、古代には中華世界から倭人と呼ばれた人々が中心となっている。自称としては和人、あるいは近代的民族意識の下では大和民族とも言う。古代からの天皇を頂点とする近畿地方の朝廷と、中世以降における朝廷を支配の正統原理として後ろ盾とする武家政権の、二重構造で成立していた中央政権の支配下に入った地域の住民が、固有の日本人とされる。
中世以降沖縄・奄美地域(琉球)に成立した琉球民族、及び北海道・千島列島・樺太南部(蝦夷地)に居住したアイヌ(ウタリ)については、それぞれ南の日本、北の日本とも称される。これらの地域に住む人々は、弥生時代以降、中の日本(主要な3島及びその周辺島嶼を指す)とはやや異なる歴史を歩んだ経緯があり、固有のエスニシティを発達させた。ただ、元来鎖国基調にあった、中の日本に対し、琉球は南方で、アイヌは北方で大陸勢力との接触・交流を担っていたという構造が背景にあり、中の日本は限られた窓口を通じての大陸勢力との直接接触を除くと、琉球、アイヌを通じて間接的に大陸勢力と接触していた側面が色濃い。なおアイヌと共に樺太にいたウィルタ、ニヴフは、樺太南部へのソビエト侵攻と占領後、北海道や本州へ移住した。今でもロシアに対して樺太南部の返還を求める声も僅かながらある。また小笠原諸島には19世紀初頭ハワイから植民団が入植し、ヨーロッパ系アメリカ人やハワイ人による小規模なコロニーを形成したが、明治維新後日本領有が確定し、ヨーロッパ系、ハワイ系住民は順次日本国籍を取得し、日本人社会に溶け込んでいった。
近世までに、こうした伝統的に朝廷の支配版図とされた日本、及びこれと深いかかわりを持った琉球・アイヌ社会は、日本社会に同化・統合され、多少の民族的・文化的独自性は残しながらも日本社会の一部と考えられている。
また、明治維新以降、20世紀に入り、伝統的に大陸勢力とのつながりが深い朝鮮半島や台湾を併合し、さらに軍事的、政治的、経済的に激しく中国に食い込んでいったため、これらの地域の出身者も、日本国籍取得者(帰化者)、外国人登録者(永住者)の双方の形態で、比較的多数の住民として抱えていくことになった。
現在総人口の約1.5%が外国人登録者である。韓国籍、朝鮮籍、中国籍、台湾籍、ブラジル国籍、フィリピン国籍などが多く、韓国・朝鮮籍を除けば増加傾向にある。韓国・朝鮮籍、及び中国籍については、戦前の旧日本領出身者及びその子孫が多く、最近では中国残留孤児や家族の永住帰国も多い。また最近の外国籍増加の背景には、1990年の入管法改正でブラジルなどに移民した日本人移民及び子孫の、日本での就労が自由化された事が大きい。
日本語を母語とするとされる国民でも文語は共通のものを用いているものの、地域により方言と呼ばれる各種の口語日本語が存在し、文法体系は似通っているが音韻体系が大きく異なっていることが多い。そのため、離れた地域出身者相互、特に年配者間、または年配者と若年者間で、お互いに日本語を母語としているはずの国民同士であるはずなのに、口語による意思疎通が困難になることも少なくない。こうした地域間の口語の相違は、アイヌ語やウチナーグチでも著しい。民間組織にて古語や方言、アイヌ語や琉球語保存の活動があり、固有名詞などの保存活動も行われている。
一時期は、フランス語の国語化や国際語的地位にある英語の第二共通語化などを訴えるグループもあった。現在、義務教育である中学校で必修科目となっている外国語科では、英語が教えられているケースが圧倒的に多い。国民の多くは中学校卒業後も英語の学習を継続するが、世界的に見て、国民としての英語力は高くないと言われる。
現時点においては、日本人のほとんどは他の近隣アジア諸国の言語を解さない(同じくアジア諸国の人々も日本語を解さない)。これは経済レベルでの活発な交流とは対照的に、文化・生活レベルでの交流が少ないからである。こうした点は欧州連合 (EU) の諸国とは趣を異にしている。最近では東アジア共同体の考えから、漢字を共通文字にしようという主張もあるが、ごくわずかにとどまっている。
現在では、日本国民の多くには特定の宗教を信仰しているという自覚はない。歴史的には、神道、仏教が広く信仰されてきた。神道と仏教は半ば融合した宗教組織の形をとり、神職がアニミズム的側面を、仏僧が理論的な側面を担当するなど、分業的共存をしていた。明治時代の国家神道形成と神仏分離令によって、神道と仏教は別個の宗教組織の形をとるようになった。カトリックやプロテスタントなどのキリスト教徒もいるが、洗礼を受けた正式な信徒・教会員は総人口の1%を超えることはなく、教会組織も欧米や韓国などに比べるとそれほど強い影響力を持たない。しかしクリスマスなどのいくつかの儀式・祭礼はイベントとして多くの国民に受け入れられ、文学者や思想家などに見られるキリスト教徒文化人の社会的な影響も、必ずしも小さいわけではない。イスラム教徒、ユダヤ教徒はわずかしか存在しない。全体から見れば多くはないが、仏教系や神道系、あるいはキリスト教系を標榜する教団を主体にさまざまな新興宗教に所属するものもおり、カルト的な教団が社会問題になることもある。また、公立学校では宗教教育を受ける機会はなく、大学でも宗教学部を置いているところは僅かである。そのため、国民の多くは自分自身の持つ宗教心や身についた宗教伝統に関して自覚的でないことが多い。
日本の文化は、近隣地域の文化を取り入れつつ独自に発展してきた。日本には縄文時代のころから固有の文化があったとされる。その後4世紀頃から9世紀頃まで、中国や朝鮮半島の文化が渡来人により伝わった。日本も遣隋使・遣唐使や留学生を派遣して積極的に中国の文化を取り入れた。大陸との往来が減った10世紀頃からは、これらの輸入された東アジア文化が日本特有の文化へと発展する。その後宋との貿易により、禅宗が紹介され、喫茶の習慣が禅宗寺院に定着する。14世紀から16世紀の間、特に東山文化において、猿楽(後の能)や茶の湯(後の茶道)、枯山水などの庭園や書院造などの建築といった、現在「日本的」と考えられている「侘び・寂び」の文化が生み出された。その後、16世紀半ばからヨーロッパ文化がもたらされ、日本の文化に刺激を与えた。しかし後のキリスト教禁教や鎖国のため、ヨーロッパ文化の後世への影響は、喫煙の習慣などを除くと、地域的なものにとどまった。17世紀以降の江戸時代には、安定と鎖国による閉鎖された環境の中で、再び日本独自の文化が発展し、歌舞伎、浮世絵などの文化が大衆に広がった。
明治維新後、日本は国策の一部として欧米の文化を急激に取り入れた。都市部では様々なものの欧米化が進み、庶民の生活に大きな影響を与えた。その一方で、地方では依然として伝統的な文化が維持されていた。大正期には経済の好景気などを受けて、アメリカ合衆国の大衆文化を取り入れたスポーツ、映画などの、享楽的な文化が流行した。しかし、1920年代以降、昭和に入ると陸軍の独裁により、第二次世界大戦の戦時下で欧米風の文化は厳しく統制されていった。
昭和20年(1945年)9月2日に日本がポツダム宣言受託による無条件降伏すると、連合国軍最高司令官総司令部はアメリカ軍主導の民主化が進められ、それとともに日本の文化もアメリカ流の生活・文化を目標とするようになる。占領した連合国将兵の生活様式及び民間情報教育局(CIE)の視聴覚教育によるアメリカの公報映画を間近にみることは、各地で文化的衝撃を与えた。それと同時に、日本古来の文化は否定されるようになった。しかし、それも高度経済成長を経て日本の国際的地位が高まるまでの一時的現象であった。
近年では、外国から日本古来の文化がさまざまな面で高い評価を受けるのと同時に、日本国内でもふたたび確立された評価を受けるようになっている。また、大衆文化においてアニメやマンガといった新しく生み出された日本独自の表現方法も、日本から世界に向けて発信され、文化的には高い評価を受けている。
日本国国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が10件、自然遺産が3件ある (2005年に国内で3件目の自然遺産として北海道の知床が登録された) 。
| 日付 | 日本語表記 | 備考 |
|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | |
| 1月第2月曜日 | 成人の日 | 移動祝日 |
| 2月11日 | 建国記念の日 | 旧:紀元節 |
| 3月21日前後 | 春分の日 | 移動祝日、旧:春季皇霊祭 |
| 4月29日 | みどりの日 | 旧:天長節→天皇誕生日(平成19年(2007年)度から昭和の日に) |
| 5月3日 | 憲法記念日 | |
| 5月4日 | 国民の休日 | 火・水・木・金・土曜日の場合(平成19年(2007年)度からみどりの日に) |
| 5月5日 | こどもの日 | |
| 7月第3月曜日 | 海の日 | 移動祝日 |
| 9月第3月曜日 | 敬老の日 | 移動祝日 |
| 9月23日前後 | 秋分の日 | 移動祝日、旧:秋季皇霊祭 |
| 10月第2月曜日 | 体育の日 | 移動祝日 |
| 11月3日 | 文化の日 | 旧:天長節→明治節 |
| 11月23日 | 勤労感謝の日 | 旧:新嘗祭 |
| 12月23日 | 天皇誕生日 |
副食類としては、日本の代表的食品として納豆、豆腐、醤油、味噌などの大豆食品が挙げられる(このうち納豆は、独特な匂いと食感があるので関西方面の人には好まれないとされてきたが、最近では匂いの少ない商品の開発や給食への導入などによって、好む者も増えてきている)が、これらは健康食としてアメリカ等でも多くの人々に好まれている。この大豆加工食品の体系は東アジア及び東南アジア全域と非常に共通性が高い。
四方を海に囲まれている日本では、養豚が盛んだった沖縄文化圏や、鮭と共に鹿をよく利用したアイヌ文化圏を除くと、獣肉よりも魚を多く食べてきた。料理法も煮る、焼く、寿司、刺身など様々である。かつては、魚ではないが鯨もよく食べられていた。しかし近年は、捕鯨禁止の影響を受け、鯨肉食の伝統が根強く鯨肉に文化的に強い執着を持つ西北九州など一部地域を除き、鯨肉はほとんど流通しなくなった。
飲料としては茶、特に緑茶が伝統的に普及している。また自動販売機の普及率が高く、紅茶やコーヒー等多様な飲料が飲まれている。酒類では、米を原料とする日本酒や米や芋、麦等の多様な作物を原料とする焼酎が伝統的に飲まれている。日本酒は行事や儀礼等でも重要な役割を果たしているが、消費量は低下している。焼酎はによる蒸留酒で九州・沖縄および小笠原諸島を中心として生産されており、近年全国的に消費が増大している。食生活の洋食化に伴い、ビール、ワインの消費量も大きい。
家庭では、かつては主婦がコメを炊くなど家族の食事を調理するのが一般的であった。主婦は弁当を作り昼食として夫・子供に持たせる。しかし街には和・洋食の食堂やレストラン、ラーメン屋、そば屋、うどん屋などがあり、持ち帰り可能な弁当やおにぎりもコンビニエンスストアで売っているためそちらを利用する人も多い。
日本が強い経済力をもつようになって以降、女性を中心にグルメ志向が高まり、食文化に対する品質要求水準は世界的に見ても高い水準にある。
日本国の安全保障における基本政策は、憲法の定める平和主義と日米同盟である。
日本国憲法第9条「国権の発動たる戦争と、国際紛争を解決する手段としての武力行使又は武力による威嚇」および「陸海空軍その他の戦力」の保持を禁じ、戦争放棄をうたっている。一方で攻撃的兵器を持たず、専守防衛を目的とする自衛隊が存在している。GNPにおける防衛費の割合は世界的に見て低い水準にあるが、日本の防衛予算はアメリカ合衆国、ロシア連邦に次いで世界第3位である。2004年の防衛予算は4兆8,764億円で、総予算の5.94%を占める。これは他国に比べて人件費が高いこと、物価が高いこと、高性能な兵器を調達する傾向にあること、基本的に国産の兵器を採用する(安価な外国産兵器は使わない)ことなどが、要因である。
2005年3月現在、自衛官の定員は25.3万人、実際の充足人員は約23.4万人で、そのうち陸上自衛隊が約14.7万人、航空自衛隊は約4.5万人、海上自衛隊は約4.4万人となっている。予備自衛官約5.7万人を有する。アメリカ合衆国とは日米安全保障条約によって同盟関係にあり、在日アメリカ軍が駐留している。現時点では安定的な地域秩序が保たれている。一方で、北朝鮮の核兵器開発や台湾海峡における有事(中国による台湾攻撃)を懸念し、日本としては東アジアの安全保障に予断を許さぬ状況にあるとする見解がある。
国際法の定める平和的紛争解決義務や非軍事的な安全保障手段への取り組みとして、経済協力を行っている。近年は事前の紛争予防に向けた外交努力を行う予防外交が注目されつつある。その一方、予防外交は軍事力による担保なくして成果が見込めないという考えから、ハードソフト両面での支援を検討しようとする動きがある。
国内の安全保障としては、1980年代より海洋国家論の高まりと同時に、軍事的な自衛のみならず、経済・食糧・エネルギー・環境などの総合安全保障の重要性が、認識されるようになっている。各国との相互依存関係や協力関係、経済関係などを重視することで、世界的に平和と反映を共有していくことの重要性が唱えられてきた。ハードな安全保障としては、通商(海戦や通商破壊などの危険回避)や漁業の安全を維持する上でシーレーン防衛が不可欠であるとの見解があるが、一方で専守防衛の原則や集団的自衛権を行使できないという制約がある。さらに日本のシーレーンが世界に広がっていることから、日本の自衛隊ですべてのシーレーンを防衛することは困難である。世界に軍事展開をし、同じく海洋国家として海洋の自由を標榜するアメリカと安全保障上の協力を行うことで、日本の防衛コストを抑制した形での有効な海洋の安全を図っている。一方で、マラッカ海峡などの海賊やテロは東アジア全体の共通危機となっている。日本のシーレーンが通る同地域の安全のために、経済力ある日本としてどのようなイニシアティブがとれるかが、課題である。国際警察力の強化と、紛争の予防に向けた予防外交を確立することが、重要となっている情勢にある。
日本では、公共放送(国営放送ではない)に準ずる日本放送協会(NHK)及び多数の民間放送により放送メディアが成り立っている。これらは主に電波法、放送法などにより、律せられている。
国の基本法は日本国憲法。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義(戦争放棄)が憲法の基本三原則である。日本国憲法は硬性憲法に分類される。現在の憲法は1946年の成立から現在に至るまで改定されていない。憲法改定、特に戦争放棄を定めた第9条改定はあってはならないという強い思いが一部の国民にある。もう一方で現行憲法は現状にそぐわないとの理由で憲法改定を求める声もある。また、一部には現行憲法の制定に法的瑕疵があったとして、無効を主張し、今も旧憲法(大日本帝国憲法)が有効であるとする者もいる。
違憲立法審査権が裁判所に認められ、最高裁判所がその終審裁判所である。
日本は死刑制度のある国の一つである。近年、他の国々と同様に、死刑制度のあり方をめぐって、廃止派と存続派が議論をしている。詳細は死刑の廃止を参照。
日本人の死因は、戦後すぐでは結核などの感染症が多かったが、現在では一に悪性新生物(癌)、二に心疾患、三に脳血管疾患と、生活習慣病を中心とした慢性疾患が主である。しかし、今日でも先進工業国の中で日本人の結核死亡率の高さは突出している。また、大学の医学教育や基礎医学研究の場で、感染症や寄生虫症の扱いが、日本では既に過去の健康問題になったという認識によって先進工業国の中でも突出して後退しており、グローバリゼーションが進む中、海外からの病原体移入や海外旅行者の帰国後の感染症・寄生虫症発症対する無防備状態の進行を危惧されている。
数々の異例の大躍進に支えられて現在の地位を確立した日本も、問題を抱えていないわけではない。急速に進む高齢化と出生率の低下は、かなりの部分を国民の技術に依存してきた国の力を削ぎかねず、また、2007年に各自治体の財源を襲うと言われている団塊の世代の大量退職に伴う退職金の支給問題や、若年層を中心に広がる所得格差。また、依然として低いレベルにとどまっている国民全体のコンピューターのソフトウェア技術に対する分不相応の理解度は、すでに各所で問題を引き起こしつつあり、インドや中国の後塵を拝しつつあるとも言われる。また、周辺アジア諸国の経済的な成長に伴って頻出するようになった、主に戦後補償に関連した日本への反発に対する対処も迫られるなどしており、将来にいたるまで現在の地位を維持できるかは、未知数となっている。
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