故意(こい)には、刑法における故意と民法における故意がある。
- 刑法における故意とは、犯罪事実を認識してその内容を実現する意思をいう。犯罪事実の内容や、故意の体系的位置づけについては争いがある。
- 民法における故意とは、結果の発生を認識しながらそれを容認して行為するという心理状態をいう。
刑法における故意
「未必の故意」と「認識ある過失」
いかなる場合に故意が認められ、また、
過失が認められるかの限界の問題として、「
未必の故意」と「
認識ある過失」の問題がある。故意犯は原則的に処罰されるのに対して、過失犯は特に過失犯の規定がないかぎり処罰されないことから、故意と過失の区別は刑法上の重要な問題のひとつである。
この問題については、認容説や認識説といった学説が存在する。
認容説によると、未必の故意とは、犯罪結果の実現は不確実だが、それが実現されるかもしれないことを表象し、かつ、実現されることを認容した場合をいう。この説では、結果の実現を表象していたにとどまり、その結果を認容していない場合が、認識ある過失となる。つまり、故意と過失は認容の有無によって区別されるとするのである。
認識説は、認容という意思的態度は要求しない。
認識説の中の蓋然性説によると故意は事実の認識で足りるとする立場をとる。結果発生の蓋然性が高いと認識した場合が故意となり、結果発生の蓋然性が低いと認識した場合は過失となる。
動機説と呼ばれる見解もあり、認識説系のものもあれば認容説系のもあり、その内容もさまざまである。この中のある見解は、犯罪事実を認識しつつこれを犯罪の実行を思いとどまる反対動機としなかった場合に故意があるとする立場をとる。この立場によれば、認識ある過失とは、いったんは結果が発生するかもしれないと思ったが、行為の時にはその認識を打ち消し、結果は発生しないだろうと思った場合をいう。
立証の難しさ
実際の事件において未必の故意を証明することは難しい。たとえば、
関東地方の
巨大地震の周期説もすでに終わり、「
東海地方や
琵琶湖~
大阪湾間で、いつ、
マグニチュード8クラスの地震が今日明日起きても不思議じゃない状態」と発表されている最中、
耐震強度の偽装問題で地震で
マンションや
ホテルが多く倒れてより多くの人が死亡する可能性が極めて高い」と思って本稿を行ったことは容易に想像がつくがこれを立証することは極めて難しい。
民法における故意
民法709条は、
不法行為の要件として、故意または過失の存在を定めている。
関連項目
刑法 | 民法
Vorsatz | Mens rea | 故意