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帝国ホテル(ていこくホテル、Imperial Hotel)とは、東京都千代田区内幸町に本社を構えるホテルチェーンである。商号は株式会社帝国ホテル。ホテル業界では帝国ホテル、ホテルオークラホテルニューオータニを指して「御三家」と呼ぶ。なかでも帝国ホテルは別格であり、批判はあるが国の文化を代表するナショナルホテルとしての威厳を保ちつづけている。

その反面、世界ランクのホテル「フォーシーズンズ」や「グランドハイアット」「ペニンシュラ」など最高級ホテルが首都圏へ進出する所謂、東京ホテル戦争においては国内水準と世界水準の圧倒的な差に他ホテルが影が薄くなっている中、唯一純国産ホテルで外資系ホテルと張り合えているのが帝国ホテルである。日本のホテルで唯一「Institutional Investor」誌のホテルランキングに入っているのも特筆もの。

ちなみにInstitutional Investorはビジネス向け旅行者がメインであり、ホテルで余暇を過ごす都市の若年層における支持は帝国も他の国内ホテル並みである。

沿革


1890年11月3日 帝国ホテル落成開業。隣接する鹿鳴館と密接な関連を持ったホテルとして井上馨渋沢栄一大倉喜八郎の両氏を説いて有限会社帝国ホテル会社を設立させ建設したものである。その後、オーナーは長く大倉一族が務めた。(大倉一族は戦後大倉喜七郎の代に経営から退いた。その喜七郎は後に現在のホテルオークラ東京を興すことになる。)

戦後、金井寛人が株式の多くを保有し、国際興業小佐野賢治が譲り受けた。2005年現在で国際興業が株式の4割を保有しているとされる。国際興業はアメリカのサーベラスに買収されており、サーベラスの意向で株が売却されるのではないか、と見られている。

ブッフェスタイルの食事は、帝国ホテルが日本で初めて取り入れた。当時北欧から来たスモーガスボード(ブッフェ)は非常に言いにくく馴染みが無いため当時のコックが「北欧と言えばバイキング」との発想からバイキングレストランと名づけた。レストランは大変好評を博しバイキングはブフェレストランの代名詞となった。

ライト館


大正時代にアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトに設計を依頼、1923年に完成した(ライト館)。同年9月1日、完成披露宴の準備中に関東大震災が発生するが、びくともしなかったとライト自身が記している(実際には無傷というわけにはいかなかったようだ)。ライト館にはチャップリン(1932年)やマリリン・モンロー(1954年)も宿泊した。ライト館取壊しの報道がされると反対運動もあったが、結局1967年に閉鎖され、取壊された。1970年に新しい本館が竣工。

ライト館の玄関部分は、博物館明治村に復元された。本館では、オールド・インペリアル・バーにライトのインテリアが残されていたが、2005年、ライトの意匠を取り入れたスイート「フランクロイドライトスイート」が造られた。

各ホテル


帝国ホテル東京

1890年開業 (東京都千代田区内幸町1-1-1)

帝国ホテル大阪

1996年開業 (大阪市北区天満橋1-8-50 OAP

上高地帝国ホテル

1933年開業(長野県松本市安曇(上高地))

帝国ホテルグループ

帝国ホテルの子会社が運営
  • ザ・クレストホテル柏
  • ザ・クレストホテル立川

外部リンク


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Imperial Hotel

 

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