岐阜県(ぎふけん)は日本の中部地方にある内陸県。日本の真ん中に位置する。旧国名は、「飛騨国」「美濃国」であったが、2005年に長野県木曽郡の旧山口村が中津川市に編入されたことにより、僅かであるが「信濃国」の区域も含むことになった。
地理
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- 北部の飛騨地方は山岳地帯で、南部の美濃地方は濃尾平野が広がる。
- 数少ない内陸県のひとつ。
- 県北部には国内市町村の中では面積が日本一の高山市(2,177.67km²=東京都とほぼ同じ面積)がある。
- 県南部の木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)合流域とその支流域には、水害から身を守るための輪中と呼ばれる堤防で囲まれた構造あるいはその集落がある。
気候
低い山に囲まれているということもあって、美濃地方は夏は暑く冬も寒い。東濃の
多治見市は毎年国内最高気温を出す所でもある。
飛騨地方は標高も高いこともあり気温は美濃地方と比べると平均して低い。高山市
荘川町六厩は、本州の人が住んでいる土地では一番寒いと言われている。
自然公園
- 中部山岳国立公園、白山国立公園
- 飛騨木曽川国定公園、揖斐関ヶ原養老国定公園
- 千本松原県立自然公園、揖斐県立自然公園、奥飛騨数河流葉県立自然公園、宇津江四十八滝県立自然公園、恵那峡県立自然公園、胞山県立自然公園、裏木曽県立自然公園、伊吹県立自然公園、土岐三国山県立自然公園、位山舟山県立自然公園、奥長良川県立自然公園、野麦県立自然公園、せせらぎ渓谷県立自然公園、天生県立自然公園、御嶽山県立自然公園
歴史
1871年(明治4年)7月の
廃藩置県でできた
今尾県、
岩村県、
大垣県、
笠松県、
加納県、
郡上県、
高富県、
苗木県及び
野村県が合併して同年11月にできた。この時点では
美濃国のみであったが、
1876年に筑摩県のうち、吉城郡、大野郡及び益田郡の三郡を合併して
飛騨国を含むほぼ現在の形となった。
美濃国は、日本のほぼ中心として、昔から雌雄を決する合戦の舞台となった。古くは壬申の乱があった。戦国時代になると、「美濃を制する者は天下を制する」と言われ、美濃の豊かさに目をつけた斎藤道三や織田信長の活躍の舞台となり、その後、徳川家康と石田三成による関ヶ原の戦いも行われた。江戸時代になると、徳川幕府はその豊かさゆえ、強大な大名が生まれることを恐れ、美濃は小藩に分割した。最大でも大垣藩の10万石であった。
一方、飛騨国は、古くは大変貧しい国であったため租庸調の税を免れたが、その代わり、都で飛騨の匠としての大工の労役を課せられた。江戸時代は、木材や神岡鉱山に目をつけた幕府が、直轄の天領として統治した。
「岐阜」の由来は諸説あるようだが、一説には織田信長がつけたものとされている。「岐」の字は中国の「岐山(きざん)」からとり、周の文王が立って800年の太平の礎を築いたことにちなむ。「阜」は孔子の生誕地「曲阜(きょくふ)」からで、ここが太平と学問の地であるようにとの願いが込められている。都道府県名のなかで中国の由来を持つのは岐阜が唯一である。
- 戦後の知事は武藤嘉門、松野幸泰、平野三郎、上松陽助、梶原拓
- 現在の知事は古田肇
岐阜県出身の歴史上の人物
政治・軍事
宗教
文化
人口
年齢構成
人口重心
5年毎に実施される
国勢調査の結果、日本の
人口重心が決められるが、現在、岐阜県内を東(
東京方面)に移動中である。
2000年の国勢調査では、当時の
武儀郡武儀町(現在は市町村合併で
関市)内となった。
行政
歴代知事(公選)
- 初代 武藤嘉門(1947年4月12日~1959年10月16日、3期)
- 2代 松野幸泰(1959年10月17日~1967年10月16日、2期)
- 3代 平野三郎(1967年10月17日~1977年12月14日、3期)
- 4代 上松陽助(1978年2月8日~1989年2月5日、3期)
- 5代 梶原拓(1989年2月6日~2005年2月5日、4期)
- 6代 古田肇(2005年2月6日~、1期目)
経済
産業
工業
IT産業
大垣市ソフトピアジャパン、
各務原市VRテクノジャパンを設置して
ベンチャー企業の育成を図る等、
IT産業の育成に力を注いでいる。
伝統工芸
農業
林業
県の多くが山岳地のために林業は盛ん。
ヒノキの産出量では国内でもトップクラス。そのため県内には木材を扱う業者が多い。
また、切り出した木を使用した木工品などの工芸品の生産に力を注いでいる。
酒造
長良川などの清流が県内を流れているために、県を挙げて
日本酒・
焼酎の生産の振興に乗り出している。
地域