寿司(鮨、鮓、すし、壽司)は、主に酢で調味された飯と魚介類や野菜などを組み合わせた日本料理である。 起源は東南アジアで魚を保存する為に米の中に魚を漬けたもの。
語源は酸っぱいという意味の形容詞である酸しとされている。鮓はもともとは塩・麹・糟で漬けた魚のことを、鮨は魚醤の一種を表す言葉であった。「寿司」は江戸時代中期から使われるようになった当て字である。
主に握り寿司が代表的であるが他にも巻き寿司、ちらし寿司、押し寿司、なれ寿司、稲荷寿司などがある。
近年は、特に回転寿司において、ミニハンバーグ、チャーシューなどの肉類や、シーチキン・アボカドなどの和食以外をネタにした、従来の寿司から見ると奇想なものが増えてきている。しかし、果物を寿司に使うことは日本伝統の寿司にもあり、また、寿司黎明期には数々の多様な寿司が試されているため、それらを奇異に感じる方が寿司を狭い枠に閉じこめる行為だとする意見もある。
これのほかに強さにて、にぎりの形がきまり たわら形、はこ形、ふね形などになる。
近年では、大衆店化、チェーン店化しているところを中心に、シャリの自動握り機が普及している。タンク状の装置に酢飯を入れておくと、機械がそれを絞り出すような機構を用いて寿司の形に作ってくれる。中にはワサビをつけたり、軍艦巻の海苔をまきつけるところまで自動で行なうものもある。また、機械の外観が飯桶の形をしていて、一見すると桶からご飯を取り出して握っているように見えるものもある。
これら事由から現代でも、依然として女性寿司職人を嫌う客や、養成を拒む寿司店等が根強く存在し、男性職人である事が当然としたり、ある種のクオリティと考えている店が大半を占めている。
しかしながら僅かではあるが回転寿司店等の大衆寿司店を中心に女性寿司職人の数も増えており、そういった職人達の立場を保護しつつ、性別に関係なく良い職人を養成しようとする声も高まってきている。女性の場合、マニキュアや匂いの出る化粧品を使うことは厳禁であることは言うまでもない。
一人前の職人になる為には握り3年巻き8年と言われるように約10年前後の修行が必要と言われているが、別段法規的に資格が必要であるわけではない。実際にはアルバイトやパート労働者によって握りの作業が行われることも多々あり、長期間の修行期間の必要性については議論の分かれるところである。寿司を握る作業自体はほぼ正確に産業用ロボットに代替させることは可能である※1。ただし、市場で生鮮魚類を見極めるには相当量の技量と熟練が必要とされることは否めない。
※例えば、パン生地のような特異な粘性をもった物質を扱う作業をロボット化させるためには、作業効率を優先させるために生地の性質を作業に見合った形で変える必要がある。
江戸時代、当時流通していた穴のあいた銭96枚を銭さしに通してまとめると100文(銭さし百文、通し百文)として通用し、これを10個まとめて輪にした960文が1貫(銭さし一貫、通し一貫、1000文)として通用していた。この通し100文の重量が360gであり、当時一般的だった寿司とほぼ同じ重量であった事から、景気を付けて当該寿司を貫という助数詞で計数していたと伝えられている。江戸年鑑によると、その際の寿司は現代の押し寿司の様なものであり、大変贅沢な縁起物と考えられ「一貫鮨」とも呼ばれていた。また、それは寿司飯の上に9種類あまりのネタを載せた大きな食べ物だったとも伝えられている。 文献(守貞漫稿 - 1853)によれば、文政年間(1818-1830)に、その一貫鮨を江戸両国の華屋与兵衛が、より気軽に、各々が好きな部分(好きなネタ)だけを食べられるようにとネタ1種類と、それに対応する寿司飯の分量(文献によると40g×9個)に分けて出し、支持を得たとされる。 その寿司1個あたりの大きさが現代の握り寿司における2個分相当(約40g)であり、握り寿司、また江戸前寿司の元祖となった。 当時一般的となったこの分量を、寿司の分量単位における1貫であると定め(改め)、多くの寿司職人や消費者の合意を得て確定していった。代わって以前貫という助数詞で計数されていた一貫鮨は、そのまま桶、皿、品といった単位で計数されるようになり、代わりに一人前(40g×9個)に相当する小分けした寿司のまとまりを一貫揃いと称する様になった(現在でも握りの個数は異なる場合が多いが、一人前に相当する握り寿司を一貫揃いと呼ぶ場合があるのはこのためである)。その後、一般的となった1貫(40g)の寿司を後の世の職人が食べやすく2分割して出すようになったために2個で1貫とするのが常識化した。 これをもって現在の寿司も半貫が約20gであるため、2個1貫と計数する。
また、このことから握り寿司でない場合の寿司を貫という助数詞で数えない場合がある。 稲荷寿司等はその典型で、一般的には握り寿司同様に2個1貫とするが、握り寿司とは分けて1個、2個と数える店もある。
貫という助数詞が用いられるようになった異説として、江戸時代には1個で重さ1貫(「貫」は重量単位で1貫は3.75Kg)のものを持ち上げるだけの精力がつくと考えられていたからだという説や、先述にもある江戸当時の大きな鮨(一貫鮨)の値段が1貫、つまり1000文に相当するからだとする説もある。但し一貫鮨の対価に関する資料は乏しく、価格から派生したとする説に関しての信憑性は薄いとされる。
握り2個で1貫とする異説としては、「天秤棒などの両端に下げた荷物1組を『荷(か)』と言い、それが『貫』に転訛した」(近世にまで、何か二つのものを1荷と数えていたことは多くの記録に残る)、「明治・大正の頃に10銭のことを俗に『1貫』と呼んでいたため、一つ5銭の寿司二つで10銭、つまり1貫になる」などが伝わる。
いずれにせよ、その質量基準(40~50g)や握り二つが1貫という点で相違はない。しかし近年、本来二つで1貫のはずの大きさの握り半貫、つまり1個を1貫と間違える店が増えている。寿司における貫は伝統的な質量基準であり、名称等と違って本来変更、変遷されてゆくべきものでないため、伝統の継承と消費者保護の観点から憂慮の声があがっている。
また巻き寿司も「カン」を用いて数えるが、この場合は「巻」の字を宛てることもあり、ひと巻き分を1貫(1巻)とするのが本来である。一説には、この数え方が握り寿司に流用されたともされる。
大正後期から昭和初期にかけて東京の江戸前寿司店(奴古寿司とされる)がネタの大きさを売り物にして江戸当時に1貫と確定した分量(現在の2個分)の握り寿司1個を1貫とし、常時客に販売していた。 これは当時、当該店が発行した広告(1920年)から知る事ができる。1920年以降には1個を1貫と数えた記録が多く残されているが、それ以前には現在の握り半貫に相当する分量を1貫と呼んでいた記録は何処にも残っておらず、その後の記録からも、その計数方法が元来であるとする然るべき根拠は見当たらない。このことから、この店が 勘違いの原因 とするのは確定的ではないものの一原因であり、半貫が1貫と勘違いされだしたのは少なからず、それ以降であると考えられる。
また様々な記録によると半貫を1貫とする計数方法は1924年ごろから少しずつ全国的な広がりを見せている。これは年代的に1923年の関東大震災と重なる為、誤解を受けた多くの人々や寿司職人が、この災害の影響で全国に散らばったためとされる。また昭和後期から平成にかけても、半貫を1貫と間違う寿司店が一気に増えている。これは職人気質の伝統を重んじる寿司店が減った上、それとは縁遠い回転寿司店の進出や、間違った計数方法(半貫で1貫)を根拠無く公言するインターネット上のサイトの影響もあると考えられる。
これらの事から200年あまりの長期間(江戸から昭和初期頃まで)は、どの店も先代の教えを受け継ぎ2個で1貫という伝統的な分け方と、その質量基準を守りつづけてきたが、この店をきっかけに(あるいはこの時期から)客を通じて半貫で1貫と勘違いする寿司店が少しずつ増えていった事が分かる。
関西では、節分の日にその年の恵方を向いて無言で太巻きをいっきに食べると幸運がもたらされれるとする「恵方巻」という行事がある。これは1970年代より一種の販促キャンペーンとして広められ、習慣として定着したものである。
米の採れないこの地方で考案された当初は、煮付けた油揚げの中にオカラを詰めたものだった。
江戸時代以前、寿司の見た目は現代のように整ってはおらず、押し寿司(現在では関西ずしと分類されている)のようなものが主であった。また当時の寿司は現代の握り寿司に換算して9貫(約18個分、360g)ほどもある多量の米に9種類あまりのネタを乗せたものであり、一貫鮨とも称される大変大きなものであったと伝えられている。
江戸時代末期・文政年間に、この鮨を食べやすく小分けにした今の握りずしの原型ともされる寿司が現れる。この寿司は江戸・両国にて華屋与兵衛(小泉与兵衛)「与兵衛寿司」により考案されたとされる(いわゆる江戸前寿司)。しかし、当時の寿司はどちらかというとおむすびのようなものであったらしい。また、冷凍技術も未発達の時代であったため、近海で獲れたものをさらにヅケにしてネタとして使用していた。また大きさも現代の握り寿司の2~3倍であったとされ、貫という助数詞における分量単位も、これを基準に確定していった。
昭和の後期(1970年代頃)までは、寿司は高級料理の代名詞であった。祝い事などの際に寿司の出前をとるというのが庶民的な感覚であった。サラリーマンを題材としたマンガでは、夜遅くまで外で飲み歩く亭主が、妻の機嫌を取るために寿司の折り詰めを買って帰るという姿が描かれる事がしばしばあった。
1958年に大阪で回転寿司が発明され、1980年頃までかけて全国に普及するようになると、寿司は家族で食べに行く庶民的なものに変わっていった。しかし一方では、回転寿司以外の寿司屋、いわゆる「回らない寿司屋」で寿司を食べるのはいまでも贅沢な食事であるという風潮は残っている。
回転寿司の成功による寿司の庶民化と、生鮮食料品の流通の改革などが相まって、近年では家庭で寿司を作って食べる事も増えてきている。食品メーカーのテレビコマーシャルが引き金になり、手巻き寿司を家庭で作るのがブームになった事もあった。
また、スーパーマーケットやデパートの地下の惣菜コーナーでは詰め合わせや握り寿司2つ程度の小さなパックなどが売られる。弁当販売店の形式で、持ち帰り用寿司を売るチェーン店もある。
巻き寿司、ちらし寿司はしばしば家庭でも作られる。
寿司は、人間の手で腐敗しやすい生鮮魚類と炊き上げた白米を抱き合わせる作業を行うものであり、その過程で雑菌が付着することは避けられない。従って、夏期においては握ったものをすぐ食べることが望ましい。
諸外国では、手で握る作業を不潔なものと見なし、職人が薄いゴム手袋を嵌めることを求められている店があるが、日本においてはそれは「野暮」と見なされ、そのような習慣は一般化していない。ただし国内でもスーパーなどで持ち帰り様の寿司を作る場合、手袋の着用をしているのが一般である。
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