寡頭制(かとうせい、英:oligarchy)は、全部または大半の政治権力を社会のごく少数の人々が所有する政体。少数独裁制ともいう。権力を握っている少数の人々は財産、家系、軍事力、冷酷さ、あるいは政治的影響力の面で優越していることが多い。
「oligarchy(寡頭制)」という言葉はもともとギリシア語で、「oligo(少数)」と「arkhos(支配)」から成る。
寡頭制は支配者の数に関係した概念で統治形態の如何には関係しておらず、政治学者や社会学者の中には、すべての政権は(その政体が独裁制であれ民主制であれ)不可避的に寡頭制となると主張している者もいる。
少数の力のある家系が政権を支配し、その子供たちが政権の後継者になるよう育てられ訓練される、ということが寡頭制ではよく見られる。貴族制(語源的には「最上の者による支配」)とは異なり、こうした権力は公開的には行使されず、支配者は「影の権力」にとどまることを好み、経済的手段で支配を行う。アリストテレスはこの用語を、「豊かな者による支配」と同義語として使用したが、寡頭制は富裕な者の支配による必要はなく、単に特権を持った集団による支配であればよい。(正確には、豊かな者による支配は、「金権政治(plutocracy)」の用語が使用される。)
寡頭制は時には、君主や独裁者に対して社会の他の階層が、門戸を開いて権力を分け与えるように主張して、過渡期的に成立することにより、変化の手段になることもある。この例の一つは、1215年にイギリスの貴族ら名家が結集して、権力譲渡に気の進まないイングランド王ジョンにマグナ・カルタ(大憲章)へのサインを強い、ジョン王の政治力の衰退と初期の寡頭制の存在を暗黙のうちに了解させたことである。イギリス社会の成長に伴い、マグナ・カルタは1216年、17年、25年と何度も改正され、より多くの人々により大きな権利を認めさせ、イギリスの立憲君主制への変化を用意した。
20世紀の南アフリカ共和国にも近代における寡頭制の一種が見られる。南アフリカの寡頭制は人種に基づいていた。第2次ボーア戦争のあと、イギリス人とアフリカーンス語を話すボーア人という二種類の白人は暗黙の同意に達した。彼らは合わせて総人口の20%を占める程度だったが、少数派ながら教育や交易の機会のほとんどを占有し、多数派の黒人にはこれらを認めないようになった。こうした人種隔離は18世紀半ばからあったが、1948年には公式な政府の政策となって「アパルトヘイト」として知られるようになり、1994年まで続いた。
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