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富士重工業(ふじじゅうこうぎょう、FHI)は、日本の重工業メーカーのひとつ。「スバル(SUBARU)」のブランド名で自動車などを製造している。
英訳名は、Fuji Heavy Industries Ltd.。通称「富士重工」、「富士重(ふじじゅう)」とも。
1999年12月からゼネラルモーターズ(GM)と資本・業務提携をしていたが、2005年10月5日に、ゼネラルモータースが保有する富士重工株20%をすべて放出、そのうちトヨタ自動車が8.7%を買い取り筆頭株主となった。今後は富士重工とトヨタが資本・業務提携する。
ゼネラルモーターズグループのスズキと、軽自動車の部品の共通化などをすすめてきていたが、今後は同じトヨタ傘下のダイハツ工業との共通化が進むと推測される。
概要
沿革
1917年に
中島知久平が創設した
飛行機研究所が起源。
中島飛行機を前身とする。戦後中島飛行機は12社に分割されたが、
1953年7月15日に旧中島飛行機系6社が合同して
富士重工業株式会社として設立。
その際に参加を熱望されながらも
ブリヂストン傘下で独自の道を歩んだ富士精密はプリンス自動車に発展し、スカイライン等の名車を生み出しながらも日産自動車に吸収合併された。
本社は東京都新宿区新宿駅西口のスバルビルにある。
工場は群馬県太田市を拠点とし、周辺の市町にもある。
スバル(昴)とはプレアデス星団の和名。別名「六連星(むつらぼし)」ともいい、富士重工業のシンボルマークとなっている。
一時期、「スバル株式会社」への社名変更を計画したが、創業50周年の2003年7月15日をもって、従来の富士重工の頭文字を取った(フ)マークの社章を自動車ブランド・スバルと同じ「六連星」に変更するにとどまった。
谷村新司が歌い、教科書にまで載るようになった名曲「昴」は元々はこの会社のイメージソングであった。
なお、スバルを中国語表記すると「速覇陸」であり、WRCで活躍する同社のイメージにふさわしい漢字が当てられているといえる。
1968年から1999年までは日産自動車と提携していたが、提携効果があまりなく、新車種も一部のスバリスト以外には歓迎されず、状況は悪化の一途を辿った。1990年に日産ディーゼル社長(当時)の川合勇が着任し、現在の主力車種の多くの基盤を確立、同社の危機的状況脱出への道筋をつけた。2000年からはゼネラルモータース(GM)と提携しているが、こちらも同傘下のSAABにインプレッサ・スポーツワゴンのOEM車種サーブ9-2Xを提供したり、GMのタイ工場製のトラヴィックを供給する程度で効果を十分に発揮しない状態だった。それを活性化する為にも2003年から開発がスタートしたB9トライベッカではサーブ版を最初からサーブ側と共同開発する計画だったが、GMの業績悪化に伴い2005年10月5日には、GMが保有する富士重工株20%をすべて放出し、この共同開発も取りやめられた。放出株のうち、8.7%をトヨタ自動車が買い取って筆頭株主となり、富士重工とトヨタが提携することで合意した、と発表された。
ユーザー層
普通車は主に
スバリストと呼ばれる
エンスージアスト達に支持されている。全てのセグメントに応じた車種を提供しておらず、それを許容して購入できるユーザーのみに限られてしまうためである。また、WRCにも出場する
インプレッサなどスポーツイメージの強さが、数多くのスバリスト達の崇拝的とも言える支持を集める要因になっている。雑誌『
ベストカー』の調査によれば「車好きの間で日本で最も好感度の高いメーカー」としてスバルが1位になる(ちなみに、2位と3位はトヨタ、日産)など、日本で最もマニアックかつ敬虔な信仰を集めるメーカーでもあると言えよう。車のデザインは都会的とは言えず、むしろ田舎っぽく野暮ったいデザインが多かったが、
レガシィのデザインはモデルチェンジを重ねるごとに洗練されてきている。
軽自動車は赤帽など業務用に広く使われている。特にサンバーワゴンは、最小回転半径の狭さなどから実用的な商用軽ヴァンとしては最もポピュラーな車種である。また、スバルの軽自動車は普通車と異なり、特に自動車にこだわりのないユーザーにも広く受け入れられており、女性ユーザーの支持も受けている。
技術
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スバルは早い時期から四輪駆動(4WD、All-Wheel Drive の略で AWDとも)技術を実用化しており、日本において乗用車タイプの四輪駆動車を発売した最初のメーカーであった(但し、オリジナルはレオーネ・バン)。 2005年現在は軽自動車を含む全車種にAWDが用意されている。特に小型系3車種のうちレガシィ、フォレスターは全モデルがAWDとなっている。
同社のアイデンティティともいえるのが、フロントオーバーハングに縦置きした水平対向エンジンに四輪駆動システムを組み合わせた、シンメトリカルAWDである。
またモータースポーツとしてはWRCなどに参戦しており、その技術が市販車に活かされている。1990年にはイタリアのモトーリ・モデルニ社と共同開発した水平対向12気筒エンジン「スバル モトーリ・モデルニ」を搭載した「SUBARU COLONI C3B」でF1にも参戦したが、一度も予選を通過することなく撤退した。
現在広く使われているスチールベルト式CVT・ECVTを「ジャスティ」向けに日本で初めて開発・量産した(オランダ・ファンドーネ社と共同開発)。
しかし大排気量車向けの開発は難航、小排気量車向けのみが同社車種及びイタリアFIAT社のプント、パンダに搭載された。
CVTの技術はその後日産自動車にライセンスされ、三菱自動車のトランスミッション部門と合弁したJATCO社製「ハイパーCVT」のベースとなったといわれている。
現在のところ、スバルのCVT搭載車は現在では軽自動車のみであるが、軽自動車にCVTを多く採用するメーカーとなっている。
2006年現在、スバルの軽自動車はサンバーを除きCVT車を設定している。
生産拠点
スバル自動車部門
航空宇宙部門
産業機器部門
環境技術部門
住宅事業部門
スバル自動車商品
現行車種
乗用車
軽乗用車
日本未発売車種
過去の生産車種
航空宇宙
日本航空業界の名門
中島飛行機の後身で、現在も航空宇宙業界第三位であり、小型練習機やボーイング社向け分担生産を中心としているが、旧
日本興業銀行から派遣・天下りした役員が富士重工業を占めるようになると、冒険的な航空宇宙事業への理解は低くなり、T-1の後継機である
T-4の受注競争に敗れると決定的になった。
三菱重や
川重、
IHIなどと違い、現在の自社
ウェブサイトには航空事業の詳しい項目が無い。
US-1A改開発の際、防衛庁関連で汚職事件を起こしたことも、社名に傷を残すこととなった。一方、主翼など翼部製造の優秀さは定評があり、
ボーイングからも表彰されている。
YS-11やFA200の失敗によって民間機からは手を引いていたが、21世紀に入ってから三菱や川崎が独自の旅客機計画を進めたため、10~15席程度の小型民間旅客機の開発計画を発表し、実現が期待されている。また、海外企業とも共同開発を行っている。
沿革
納入実績
- ライセンス生産
- 分担生産
民間向
- 自社開発
- FA-200エアロスバル
- FA-300
- FA-700(フェアチャイルド社と共同開発、販売失敗)
- ドライビング・シミュレータ
- 分担生産
- ライセンス生産
宇宙関連機器
産業機器
「ロビン」ブランドの小型汎用エンジンを開発、生産している。
これらのエンジンは取り扱いの容易さと抜群の耐久性などで、主に土木工事現場で使われる
ランマーや
発電機、灌漑用の
ポンプ、構内作業車(
モートラック)などに動力源として搭載される。
また、
ゴルフカート、
スノーモービル、
ATV(バギー車)、などに搭載されるエンジンも開発、生産している。
これらのエンジンのほとんどが、
OEM供給されているため、一般人の目に触れる機会はほとんど無い。
- ロビンエンジン
- EY15(汎用)
- EY20(汎用)
- EX17(汎用)
- EX30(汎用)
- EH29(ゴルフカート用)
- EH50(ATV用)
- ES50(ATV用)
- EC55(スノーモービル用)
- ロビンジェネレーター
モータースポーツ
ラリーではインプレッサが有名。かつては、レオーネやレガシィ、ヴィヴィオで参戦していた。
環境技術
住宅事業
富士重工では、小型のプレハブ住宅を製造しており、以前は通信販売で名高いセシールでも扱っていたことがある。
過去の商品
バス車体架装事業
1946年に小泉ボデー製作所(当初別会社)でスタートし、日本で初めてのフレームレスモノコック構造によるリヤエンジンバス「ふじ号」(
1949年)の開発に成功、さらに現在の主力であるスバルブランドの乗用車にも発展した事業である。一時期は
日産ディーゼル工業を中心に大型自動車メーカー4社のバス車体を架装し、バス車体シェア1位を誇っていたが、シャーシメーカーのバス車体内製化(子会社での生産)で生産台数が減少した。
1998年に
三菱ふそうと
日野自動車の架装から撤退、
2002年1月に日産ディーゼルがバス車体の架装を
西日本車体工業(西工、
福岡県北九州市小倉北区)に集約することを決定したため、同年
5月に事業存続は困難と判断し、伊勢崎製作所(現在の
スバルカスタマイズ工房)で行っていたバス車体架装事業を終了する決定をした。このため、バス車体架装事業は日産ディーゼルとごく少数の
いすゞ自動車を最後に
2003年3月で中止した(最終生産車は
東濃鉄道に納入された日産ディーゼル大型観光バス)。アフターサービスはスバルカスタマイズ工房(富士重工の子会社)が行っている。また
ボルボ社のシャシーを輸入し、
アステローペシリーズと
連節バスを製造していたが、
2000年に生産を中止した。
詳しくはスバルカスタマイズ工房を参照。
1955年頃から主に
気動車(
東武鉄道向けには
電車も製造していた)を旧
国鉄や
JR、
私鉄、
第三セクター用に生産していたが、生産両数の低下により
2002年5月に事業存続は困難と判断し、宇都宮車両工場(現在のエコ宇都宮工場)で行っていた鉄道車両事業を中止する決定をした。
2003年2月に
新潟トランシス新潟事業所(
新潟県北蒲原郡聖籠町)へ事業譲渡。
JR四国2000系気動車などの振り子式気動車はすべて富士重工製。
なお、先述の伊勢崎事業所でも、東京都電2500形(軌間1067mmの杉並線専用車で、足回りは戦前の車両のものを利用。杉並線廃止後は車体のみ荒川線で再利用された)が製造されていた。
その他
1998年には、宇宙関連機器及び航空機部門の技術を使って、ハニカム構造オールカーボンのスノーボードが少数販売された。尚、販売はインターネットのみ50枚限定で販売された。スバルが作ったスノーボードとして、一部のマニアには、知られた存在である。スバルと名乗らず別ブランドで販売された。現在は、販売されておらず貴重な製品である。
関連項目
外部リンク
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