寄生(きせい)とは、ある種の生物が、他の生物が蓄えた栄養を一方的に奪ったり、または一方的に利用する場合に、その関係がある期間、持続的に行われることを指す。動物が寄生者の場合、寄生虫と呼ぶこともある。
応用的に、経済学上において、他人の利益に依存するだけの存在を指す場合もある。
類似した語である共生という語がある。
たとえば、ヒトの腸内でヒトが摂食し、消化した食物を吸収して生活するカイチュウ、髪の毛や衣服に住んで、血液を吸収するシラミなどは、典型的な寄生者である。他方、カやアブは、ヒトの血を吸うが、すぐに離れていき、瞬間しか接触を持たないので寄生とは言えない。
しかし、判別の困難な例が多々ある。たとえば大木の葉を食べる毛虫は、この定義に当てはまってしまうが、これを寄生と言うことはない。通常の植物と植食者との関係の域を出ないからであろう。しかし、虫こぶを形成する昆虫は寄生という。宿主との関係がより緊密であることからの判断であろう。
二種の生物が互いに密接に関係して生活するやり方には、他に共生がある。これは、その両者が互いに利益を得るか、少なくとも不利益を被らない場合を指す。したがって、寄生者が宿主にはほとんど被害をあたえない場合、これを片利共生と呼ぶこともできる。このような面から、寄生と共生の境界も明瞭ではない。
また、寄生者は、宿主を殺してしまわないのが通例だが、昆虫のハチやハエ類の寄生性のものでは、幼虫が羽化するときに、宿主を食い尽くして殺してしまうやり方を取るものが多い。これを特に捕食寄生という。
高等植物には、高等植物に寄生するものが知られている。そのうち、ヤドリギは自分自身が緑の葉を持ち、光合成をしており、宿主に完全に依存しているわけではない、という意味で、半寄生植物と言われる。ネナシカズラなどは、完全に葉を失っているので、全寄生植物である。
菌類の場合、植物に寄生するものなどで、対象が生きた植物であり、生きた細胞がなければ成長しない絶対寄生菌と、生きた宿主でも、死んだ宿主でも攻撃する条件的寄生菌がある。
イソウロウグモというクモは、自力で網を張らず、大きな網を張るクモの網のすみに入り込んで、網の主が取らないような小さな虫を捕らえて食べるという(実際には諸説がある)。この例の場合、イソウロウグモは網の主から栄養分を奪ってはいないが、網の主による網の制作作業に依存して生活している。これを寄生と見なすこともできる。このような、宿主の作業や努力に寄生するようなやり方を労働寄生という。
アリの仲間には、別種のアリの巣に侵入して幼虫や蛹を略奪して巣に持ち帰り、働き蟻として奴隷化するものがある(サムライアリなど)。このようなものを、社会寄生と言う。
寄生者が宿主から摂取するものは、その種によって様々である。シラミは血を吸い、ハジラミは羽毛を食う。また、皮膚の一部を取るもの、消化管内で宿主が摂食、消化したものをとるものもある。宿主の老廃物や排泄物を摂取するものでは、共生と見なせる場合もある。
基本的には、寄生者にとって、宿主の死は自分の生存を危険にさらすので、好ましいことではない。しかし、宿主を死に至らしめる寄生生物も存在する。
寄生によって宿主が重大な病気や命に関わる被害を被る場合がある。このような現象は、寄生者が微生物である場合が多い。それに対して、ある程度以上の大きさの寄生者は、宿主にそれほどの損害を与えない場合が多い。これは、寄生者にとって、宿主間の移動が、その生活上で最も困難な部分であるためであろう。逆に、微生物の大きさであれば、宿主間の移動は空気感染や接触感染など、比較的簡単であるから、宿主を殺すことは、寄生者の生存にとってさほどの負担とならないのであろう。微生物が寄生者であり、その寄生によって宿主が生活上の負担を強いられる場合、その寄生者を病原体と呼ぶ。
微生物であっても、宿主の死はやはり危険なことに違いはない。したがって、宿主への被害は世代を経るうちに小さくなる例がある。梅毒はコロンブスが中央アメリカからヨーロッパへ持ち帰ったころは、数週間のうちに重症化して命にかかわったというが、現在では何年もかかって重症化するようになっている。
大型の寄生虫では、日本住血吸虫が宿主の命にかかわる例であるが、そのような例は他には多くない。フィラリアは犬の場合は致命的でありえる。人の場合は象皮病を引き起こす。これも宿主の生活上は大きな負担である。
それ以外の、たいていの寄生虫では宿主にさほどの負担をかけない例が多い。サナダムシなど、体長が最大で10mに達するが、たいていの場合、健康を害することはないと言う。人間に寄生する物でも精々、肛門から同生物が出てきた際に精神的なショックを受ける程度で、食糧難の時代には栄養摂取を阻害するとされていたが、現代日本の食糧事情では無視出来る範疇とも、中にはダイエットとして意図的に寄生させる人もいる程である。(種類によっては害のあるものも確認されているため、そのような方法は勧められない)
植物に寄生するものでは、植物組織が異常に成長し、塊や瘤を作る場合がある。このようなものを虫えい(または虫こぶ、goal)という。成長ホルモンの分泌異常などによると思われるが、これは、寄生虫の場合、虫の生育の場を確保する意味があると思われる場合がある。菌類が寄生して、枝葉が異常成長する例もある。
植物でも、ヤッコソウはスダジイの根に内部寄生するが、寄生された根は地表付近に出て広がり、そのためヤッコソウの花が地上に出やすくなる。
カニに寄生するフクロムシの場合、寄生されたカニは雄であっても雌化する。すなわち、胸部に折れ曲がった腹部が幅広くなり、卵をここに抱える雌と同じ形になる。フクロムシの虫体はカニが抱卵する時に卵の入る場所に発達するので、このことは、カニに対してフクロムシの虫体が卵塊であるようにカニに錯覚させ、カニに卵塊を守る行動を取らせるための操作である可能性が示唆されている。
寄生虫が宿主に与える影響が小さく、ほとんど害がなければ、片利共生との区別が難しくなる。むしろ、「共生は寄生の一形態に過ぎない」と言う向きもある。また、それまで知られていなかった利益を寄生者が宿主に与えているかもしれない。
例として、寄生虫のサナダムシは、哺乳類などの腸内に留まり、経口摂取した栄養を奪うだけの存在だが、同時にこの「異物の存在」が免疫系を刺激し、健全な体機能の維持に役立つという研究もあり、この場合においてサナダムシは寄生虫か「共生虫」かと云う点で議論の的になりえる。
固着性の動物には、動物体表面に付着するものがある。これは当然単なる付着であるが、中には固定のために根状の構造を動物体内に侵入させるものがある。これが寄生生活への一つの経路とも言われる。
腐生植物と言うのは、かつては死物寄生と呼ばれ、腐植に寄生すると言われたが、生き物でない相手に寄生すると言うのはおかしい。現在では前記の表現を使っているが、菌類から栄養を得ていることから、むしろ菌類に寄生していると見た方がよいとの論もある。
菌類において、生物から栄養を得ているものは寄生と言われる。しかし、接合菌鋼トリモチカビ目のものには、ワムシや線虫などを捕食すると言われるものがある。それらは基質上に菌糸体を広げ、菌糸の上で小動物を捕らえ、そこから栄養を吸収して生活している。このグループにはそのような小動物の体内に菌糸体を発達させる寄生性のものも含まれる。ここに寄生と捕食の境界がある。
広義において、自然環境全般と人間社会の関係を挙げ、「人間は寄生動物である」とする論調もあり、何をもって「搾取とするか/利益を共有しているとするか」という部分で紛糾する。