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固定観念(こていかんねん)は行き過ぎた思い込みのことである。悪い意味で使われる事が多い。また、多くの人が共有しているものを指す場合が多い。似た概念の日本語としては、英語から入った言葉でステレオタイプという言葉がある。


例外的存在を知らなかったり意識していないことで固定観念が生まれる場合がある。

  • 太陽は地球の周りを回っている(実際には地球が公転している)など
以前は真実だと思われていたことが科学の発達で誤りだと明らかになったときに、以降はそれが固定観念だったことになる。(→パラダイム

1)中に人が入った箱に剣を刺せば普通、中の人は死ぬか怪我をする
2)手にボールを持った状態で腕を素早く振り上げれば、それを見ている人はボールを投げたと思い込む
といった固定観念をトリックを使って覆すことで大きな心理的効果を与える。中には、固定観念を利用したトリックを使っているものもある。そのようなトリックは奇術だけでなく詐欺でも使われる。

また、

  • らい病(ハンセン病)は感染し、遺伝するので、患者は不妊治療をした上で隔離しなければならない(実際に感染症なのだがその力は弱く、適切な治療を行えば完治する)
  • ドイツ人は世界一優秀な民族でありユダヤ人は下等で邪悪な民族である(実際には根拠の無い優生学である)
  • オタクは他人とのコミュニケーション力がない、或は望まない。(実際には同好の者同士で集まれば、例え初対面であっても会話が弾む場合が多い。これがきっかけで年齢や住所にとらわれない友達関係を築く事も多いようだ)
  • 性犯罪は被害者にも落ち度がある。(これはあからさまな犠牲者非難であるが、近年になるまで、著名人が公共の電波で発言しても訂正されたりはしなかった)

などのような固定観念が広まってしまい、差別を生んでしまうこともある。そういう点で、差別との関わりも深い。

世界認識にあるステレオタイプの例

  • 「アメリカは大雑把だ」
本当にそうなのか、そうでない場合の方が多いのではないか。大雑把な人間ばかりであればマイクロソフトの様な企業は成立出来ない。
古典的なクラシックと違い、まだ時代の淘汰が進んでいず玉石混交であることは事実だが、その中に確かに存在する名作を探す努力もせずにそう決め付けてしまうことは怠慢である。
  • 「中東は昔から血なまぐさい地域だ」
そればかりなのか。どういう歴史・文化があり、どのような意味・理由で現在の紛争が起きているのか、といった視点が欠落している。こうした”固定観念”は、「くさい物に蓋」「よくわからないものを避ける」など無責任で消極的な「他者」としての視点からのものが多く、問題点の安易な解決法に過ぎない。
  • 「ラテン民族は陽気だ」
ラテン民族はどこからどこまでなのか。フランス人もラテン民族だが、「陽気」というイメージはそれほどない。そもそも、ラテン民族も陰気になることはある。

日本人に見る、ステレオタイプの利用


B型は短気、O型は大雑把、A型は真面目、AB型は天才など、科学的根拠のない理由で人を判断する。バラエティー番組ではゴールデンタイムに流れる程である。詳しくは血液型性格分類
「○○県人は気が短い」などといった県民性は、言うまでもなく全県民の性格を表す要素ではない。

  • 京都人は閉鎖的で、他の地域の人を認めない」
そう言い切れるだろうか。京都市などは日本有数の大都市に成長し、付近の宅地開発も盛んな現在では開放的な人も増えているのではないだろうか。
東京でも西部は山が広がり、都会と言えない地域も存在する。また、東京人自体地方からの出身者も多く、寧ろ自分の故郷に誇りを持つ人も多いのではないか。
一概に言えるだろうか。何にでもライバル心を持ち、敵対するようなら南海キャンディーズの様なコンビは出来ないだろう。
  • 「関西人はおしゃべりだ」「東北人は無口」
もちろん無口な関西人もたくさんいるし、おしゃべりな東北人もたくさんいる。

しかし統計調査などを行うと地域によって明らかな差が出るのは事実であるため「○○県人は他県人に比べて気が短い人が多い」ぐらいであれば正しいと言えるだろう。

ステレオタイプの原因と、人間の見聞の限界から鑑みた意味


 よくわからない物事、イメージの掴みがたいことを、ステレオタイプ化しておくのは人間の心理にとってきわめて簡単な手段である。特に直接見聞する事ができない事象について、自分にとって身近な物事を基にして想像を膨らませる事は、その事象を理解する上で有益な場合もあれば、却って誤解を広げてしまう場合もある。あるいは、先入観に基づいて勝手にイメージを捏造することも可能であり、このようなステレオタイプ化が、歴史学世界観などあらゆるところで見受けられると考えられる。

化石からだけでは科学的に特定出来ないので、図に描く際は製作者がワニやトカゲなど近縁の現生生物を参考に任意に皮膚や体色を決めてきた。
もしもジャイアントパンダに関する資料が他に一切ない状態で、その骨格の化石だけを見たら、特徴的な白黒模様の体色を想像できるだろうか?
近年になって、種類によっては尻尾を引きずって歩いていた従来のイメージから、尻尾を上げて疾走するイメージへと改められた。また、一部が鳥類の祖先であるとする説が有力になった事から、現生する鳥類を参考にして体表に羽毛があったり派手な色合であったりする想像図が描かれる場合も出てきている。
しかし、進化論が広まる以前には、恐竜の化石は「ドラゴンの亡骸」や「悪魔が人間を騙すために地面に埋めたもの」等と考えられていたのである。その点を鑑みると「かつて巨大な爬虫類が繁栄していた時代があった」というステレオタイプ的な理解は無意味ではない。

中国などが、第二次世界大戦時の一部の日本兵の横暴な振る舞いを、日本人全体が野蛮な好戦的民族であるかの様に国民に伝え、非難を煽る教育の事。
しかしながら、国民の目を外交問題に惹きつけて(若しくは敵を外部に求めて)内政問題を乗り切ろうとする政治手法は、どの国にも散見される。そうした政治手法への評価は後世に行われるものである。
逆に、この問題が日本で報道された事によって、中国人全体が日本人に対して敵意を抱いているかの様な印象を持つ日本人が多く出たが、実際には日本の大使館等への乱暴な行為に及んだのは反日教育を受けた学生の一部であり、それより上の社会人の世代には、日中の良好な経済関係も手伝って、日本に好感を持っている人も少なくない。また中国の若者達も、日本の芸能人やオタク文化などを受け入れており、反日教育を受けたからと言って、全面的に反日的という訳ではない。反日教育はむしろ、日本に対する興味のきっかけになる可能性さえある。また、行き過ぎた反日教育は、政府が知日派の国民からの不審を受ける事にもなるので、「諸刃の剣」である。

日本のテレビドラマにおける時代劇の多くは、江戸時代を舞台にしたフィクションである。しかし、江戸時代は264年間もの長きにわたっており、その中のどの時期を舞台にしているのかについては充分に考証されていない作品も多い。この為、江戸時代のイメージはステレオタイプ化されがちである。NHKの『コメディーお江戸でござる』にて、番組の最後のコーナーで江戸風俗研究家の故杉浦日向子がドラマ本編の時代考証の間違いを指摘するなどした為、こうしたステレオタイプは少しずつ崩れてきている。
しかし、江戸時代に対する「大きな動乱が無かった平和な時代」「武士階級が日本刀という武器の所持を許可されていた時代」というステレオタイプ的なイメージは、武士や町人たちに様々なストックキャラクターを演じさせ、物語を紡ぐ上では非常に都合が良いとも言える。
史実に基づいたフィクションとしては、NHKの大河ドラマ等が有名である。江戸時代や戦国時代以前の歴史を扱った作品の中で武士サラブレッドに騎乗しているが、サラブレッドが日本に持ち込まれたのは19世紀の中期であり、実際には小柄の日本在来種に騎乗していた筈である。また戦国時代を扱った作品では「十万人の軍勢が全滅」等と言う表現が見受けられるが、実際にそれ程の人数が徴兵されて戦死したとすれば大惨事である。軍勢の人数が史料に誇張されて記述され、「全滅」とは多くの兵が戦意を失って逃亡したものと解釈した方が、史実を理解する上では妥当である。
しかし、史実に大きな間違いがない限り、歴史の流れの中で主人公達がどの様に生きていったのかを想像する事ができれば、物語を楽しむには充分である。また戦国時代の英雄が、現在の日本人にとって身近なサラブレッドではなくポニーに騎乗していたのでは格好が付かないだろう。勿論、史実上ありえない出来事が大河ドラマ等に描かれた事で、それが舞台となった地方の観光客誘致に利用される等して論争になってしまう事もあるが、ドラマの目的が「史実を表現する事」ではないという事にも配慮しなければならない。

 良くも悪くも、ある事象についてどのようなステレオタイプを用いるかは、その事象の理解や伝達にとって、きわめて問題なのである。真実に近づくには、ステレオタイプから離れなければいけないともいえる。

関連項目


思考 | 科学史 | カルト

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