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仕事中毒(しごとちゅうどく)とは、職業である筈の仕事に、生活の多くを犠牲として打ち込んでいる状態を指す言葉である。欧米ではワーカーホリックWorkaholic)とも呼ばれる。

概要


社会的動物である社会において、生活に必要な対価を得るために労働し、その対価を得る。この労働は単純に労役を提供する物から、自身の能力を提供する物や、学習などの結果から培われた経験を提供する物、更にはその人の持つ身体能力や容姿を提供する事による物など、様々な形態が存在する。

現代のいわゆる仕事と呼ばれるものの中には、当人が自尊心を維持する上で、極めて重要な位置付けを成されている物も多く存在し、当人が当人としての存在意義にもなっている場合も見られる。

当人を当人たらしめる個性は、その人に属するものであるが、これを発揮させる事は当人の精神衛生上、良好な影響を与えうる。然るに人は自身の個性を発揮できる事に喜びを見出す訳であるが、これが趣味等に拠らず、仕事の上で個性を発揮する場合もある。

この場合、仕事が当人にとって個性を主張する場であり、仕事こそが当人に喜びを与える場であり、仕事によって当人は当人である事を認識し、仕事があるからこそ当人は当人で居続けられる。(故に、万が一にも失職すると、人生そのものに絶望するケースも見られる)

この意欲を掻きたてられることにより当人は良く働くのだが、これによって本来、当人が属するであろう仕事以外の社会(例えば家庭家族など)への参加意欲が損なわれる場合もある。こうなってくると、それは病的であるとして、また仕事に依存しているとして、中毒と形容される。

いわゆる仕事中毒と形容される状態では、家庭を顧みず、自身の健康も省みず、挙句過労死で死に至る事すら厭わないという事態にもなり、結果的に当人が受け持っていた仕事の遂行も侭成らなくなる一方で、当人の得ていた対価に依存して生活していた家族が貧窮したりする事もある。

地域的な捉え方の違い


仕事と人との関係は、地域によってやや異なるため、仕事に「中毒(依存)」しやすいかどうかの事情も、やや異なる傾向が見られる。

日本

日本では、特に男性に於いては「滅私奉公」等の言葉に代表されるように、己の身を顧みず職業に邁進することこそが良いとする規範も存在し、己よりも職を優先する事が、社会的に求められた。この中では、有給休暇を取る事すら罪悪のようにみなされた。

高度経済成長期からの日本では、第二次世界大戦に敗れた後の戦後の貧しい時代の経験から、国の復興と経済発展に邁進する事こそが社会から個人に求められ、先の滅私奉公の精神とあいまって、仕事に邁進する人が多く見られた。この当時、まだ日本では女性の社会進出が進んでいなかった事もあり、女性会社員が家庭を顧みずに働く事は稀で、家庭で男性を支えることが求められた。男性会社員が家庭を顧みずに仕事を優先させる事は、当たり前であるとする風潮も見られ、地域社会の希薄化もあって、育児はもっぱら母親の責任とされた。特にエリート職であるビジネスマンを始めとして、サラリーマンでも家庭を顧みない人は多く見られた。

しかしこの日本でも、高度経済成長期から一時の不況を経てバブル期に差し掛かると、職業に没頭した挙句に健康を害したり、または過労で死ぬ人が目立つようになり、社会問題として仕事に没入する事の危険性が指摘され始めた。また労働災害職業病に見られる安全や健康を損なってまで就労する事の是非も問われる。なおこの時期には、女性の社会進出も進み、過労で体調を崩すキャリアウーマンも少なからず発生した。

この方向性は、米国などからエコノミックアニマル(1969年には流行語にもなった)とまで批判(あるいは驚嘆)され、1990年代よりは米国との経済摩擦や社会的風潮にも絡み、やや公的な休日が増えるなどの傾向や、経済成長の鈍化を受けての労働時間短縮もおこっている。(→サラリーマンの項を参照されたし)

欧米

その一方で欧米では、古くから「人はまず家庭にあり、その対価を得るために仕事がある」という個人主義の、あるいは日曜日を安息日とする宗教的な背景もあって、日本人のような仕事に埋没する姿勢をワーカーホリック(仕事依存)と表現して忌避した。

この風潮は19801990年代に至るまで続いたが、近年ではやや一部職種に限り異なる傾向が見られる。また、ヨーロッパアメリカ合衆国では労働環境が大きく異なっており、アメリカ合衆国においては一部職種に限り、日本人と同じかそれ以上の分量の労働を行う場合もある。

アメリカ
米国訴訟社会とも言われる程、刑事・民事の訴訟が多い国であるが、この裁判の場に於いて、弁護士の良し悪しが裁判の行く末を左右し、原告被告双方に雇われた弁護士が熱弁を振るうことも多い。このため弁護士らは持てる全てを出して裁判に臨むが、この場においては当人のパーソナルティ(個性)ですら強力な武器となるケースも見られる。

こうなってしまうと、殊更個人である事が好まれる米国では、弁護士が仕事に生き甲斐を感じる事も多く、ワーカーホリックとしてカウンセラーに掛かるケースも数知れないようだ。また仕事で強いストレスを受けながらも、仕事を休む事を嫌い、そのストレス発散にアルコール依存薬物中毒に陥るケースもあるとされる。これも欧米ではワーカーホリックの合併症(?)と考えられている。

同種の傾向は、メディア関係者や研究職、近年では情報処理技術に関連する技術者にもみられ、過剰な労働による健康被害に警鐘が鳴らされると共に、サプリメント等に代表される(お手軽な?)健康ブームの市場も盛況である。

ヨーロッパ
ヨーロッパにおいては労働者の権利保護の考えが根強く、会社員や銀行職員などのホワイトカラー労働者でも2・3ヶ月の休暇をとることが当たり前であり、「ワーカホリック」は殊更侮蔑的表現として用いられることが多い。

ただし、こうした労働者保護の姿勢が企業にとって容易に労働者を解雇できない状況を作り出し、労働市場の硬直化と若年失業者の増加、経済的効率性の低下などを招いていることもまた事実である。また一般労働者は労働時間外に働く事を極端に嫌うために、同地域ではコンビニエンスストアなどの業態が発展しにくいといった傾向が見られる。一般の商店(サービス業)でも、祝祭日には早々と店を閉める・そもそも祝祭日には店を開かないという傾向も見られる。

特にイギリスフランスなどでは正規労働者と非正規労働者の間の労働環境の格差が大きく、移民問題や人種差別とあいまって深刻な社会問題となっている。(→外国人労働者

社会的影響


この弊害ばかりが目立つ仕事中毒だが、その一方で些か興味深い統計もある。

日本では年々悪化の一途を辿る少子高齢化であるが、女性の就職率や労働時間が長い県では、他県よりも女性が生涯の内に子供を儲ける数が多いというのである。2005年厚生労働省が発表した白書であるが、これによれば30代前後の女性がよく働いている県では、他県よりも明らかに子供を持つ率が高い。反面、男性の就労時間が長い地域では子供は少ない傾向も見られ、一概に「仕事中毒=少子化解消」という訳でもないが、特に女性の就労と少子化解消は、一定の関連性が見られる。

これは現代日本において子育てに掛かるコストは第一子で約1300万円(育児期間は22年と計算)との試算がある(国民生活白書2005年版に基く)とされているが、女性が良く働ける環境が整っている地域では、経済的に余裕があることから子を儲けるする心理的重荷が軽いと厚生労働省白書では見ている。これには子供を預けて働きに出やすい非核家族の多い地域や、または保育園などの社会的な育児施設が充実している地域に重なっている。

なお国民生活白書では、同じ22年間の間に掛かる育児コストに関して、第二子は2割減の1000万円・第三子は4割減の800万円と試算している。多く子を儲ける程に、その一人当たりの養育費は所謂お下がりや慣れに伴って下がる傾向が見られ、また他方では子を儲ける毎に補助金を出す自治体もあり、これを加味すれば更に育児コストは下がると考えられる。

結婚した女性が家庭を気にせずに働くのは、それをサポートできる体制が整っているという副次的な結果に過ぎないのであろうが、逆を言えば家庭に煩わされること無く働ける人では、経済的余裕もあって子を設けやすい(結果的に少子化解消)傾向も見られるという事に成る。

家庭を顧みないというのは、核家族化が進んだ現代に於いて問題視される傾向ではあるが、ある意味では家庭が個人を縛らないからこそ、安心して顧みなくて済んでいる場合もある。少子高齢化が進行する日本に於いて、これらの統計は注目に値する・考慮すべき事実を含んでいるのかも知れない。

関連項目


メンタルヘルス | 労働 | 社会問題

Workaholic | Workaholic | Workaholic

 

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