井上 ひさし(いのうえ ひさし、1934年11月16日 - )は日本の小説家、劇作家である。日本ペンクラブ会長、日本文藝家協会理事、日本劇作家協会理事(2004年4月~)、千葉県市川市文化振興財団理事長(2004年7月~)を勤めている。本名井上廈。有名な遅筆から遅筆堂という戯号を用いることもある。二度目の妻ユリは元日本共産党中央委員会常任幹部会員・衆議院議員米原昶(いたる)の娘、エッセイスト米原万里の妹で共産党員。
卒業後、放送作家として活動し、山元護久と共に『ひょっこりひょうたん島』を手がける。その後小説・戯曲等に活動範囲を広げ、現在に至る。
地元、山形県東置賜郡川西町に「遅筆堂文庫」を構え、図書館に匹敵する蔵書を収蔵。収蔵されている本には線などの書き込みが成され、全ての本に目を通していることが実感できる。また、同所にて「生活大学校」設立。顔の広さから数々の言論人の講座を開講している。しかし、農業関係の催しが多いことから、参加者にヤマギシ会が多く、活動の拠点となっている面も見られる。
作家井上靖や、歌手井上ひろしと間違われる事がある。また劇団ワハハ本舗所属の女優椿鮒子に顔が似ている。
文体は軽妙であるが言語感覚に鋭く、週刊朝日において大野晋、丸谷才一、大岡信といった当代随一の言語学者らと『日本語相談』を連載、「私家版日本語文法」など、日本語に関するエッセイ等も多い。
自他ともに認めるたいへんな遅筆で有名であり、書き下ろし戯曲が公演に間に合わず休演させることも度々。特に戯曲「パズル」完成に間に合わず雲隠れした「パズル事件」は悪名高い。1983年自作の戯曲のみを専門に上演する劇団「こまつ座」を創立、自らを座付き作者と名乗る。
また博覧強記でも有名であり、極右テロリスト団体から脅迫電話を受けた時には、「あなた歴代の天皇の名前、全部いえますか。僕は言えますよ」と逆襲し、撃退したと語る。
時の日本共産党委員長・不破哲三との対談集『新日本共産党宣言』を出版するなど、共産党系文化人として知られている。また、九条の会の呼びかけ人となり、日本の平和を守る為に日本国憲法第9条は変えるなと訴えるなど政治的な活動も古くから行っている。また、国鉄分割民営化については「ナショナルアイデンティティの崩壊につながる」とし、反対する論を赤旗日曜版に寄稿するなど、日本共産党との共同歩調が目立つ。そのような活動のため、何度か匿名による脅迫を受けたこともある。
家庭面では元妻西舘好子によって、凄惨を極めた家庭内暴力(DV)を曝露する本が出版されたこともある。文春文庫1984年刊『巷談辞典』pp.309-310にて動物虐待を行ったことを告白、そのなかで当該行為の正当化を試みている。