中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく)は、1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家。中国(ちゅうごく)と略称する。東アジアのユーラシア大陸東岸に位置し、その国土の大陸部は中国大陸とも呼ばれる。首都は北京市。朝鮮民主主義人民共和国 (北朝鮮) 、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナムと隣接している。また東シナ海を挟んで日本や大韓民国 (韓国)、中華民国(台湾)とも接している。人口の94%を占める漢族のほか、チワン族、ウイグル族、モンゴル族、チベット族、回族、ミャオ族、イ(彝)族、トゥチャ族、満族など、政府が認定している55の少数民族よりなる多民族国家である。
公式の英語表記は、People's Republic of China(ピーポゥズ・リパブリック・オブ・チャイナ)。通称は、China。略称は、PRC。
日本語の表記は、中華人民共和国。通称は、中国。このほかに、かつて「新中国」、「中共」と称された時代もあった。 「新中国」は、日中の国交正常化前、つまり中華人民共和国建国後も台湾にて存続している中華民国を日本政府が「中国」としていた時代に、中華人民共和国を指して使われていたものである。 また、「中共」というのはそもそも中国共産党の略称であり、それも、中華人民共和国が国家であることを認めない人々が「(中国大陸を統治する)中国共産党政権」を意味して使う俗称である(この意味による「中共」は、日中国交正常化前の日本社会で使われていたほか、現在でも、国共内戦で中国大陸を逃れた中国国民党などが使っている)。それが、日本において、最初の意味から外れた、単に中華人民共和国の略称と世間的に捉えられ用いられたこともあった。
「中華」は、世界の中心にある、もっとも華やかな文明社会の意味であり、元々は黄河文明発祥の地とされる現在の河南省のあたりを指した言葉であった。 因みに中華の華はもともと世界の中心の夏(古代の王朝)という意味の中夏だった。
3000年以上に渡って幾つもの王朝が興り亡んだ。 漢族の王朝・明が1644年にに滅亡し、満州族の清朝が最後の王朝として中国を掌握した。だが、阿片戦争(1840年~1842年)で清朝がイギリスに敗れると、列強による中国の植民地化が進み、革命運動が各地に拡がった。 結果、1911年の辛亥革命を契機として翌1912年に中華民国が成立(直後に清朝は消滅)したが、各地の軍閥による内戦やモンゴル・チベットの独立運動などによって国内は分裂した。その後、1930年代から日中戦争を経て断続的に行なわれていた国共内戦において中国共産党が勝利をおさめ、1949年に中華人民共和国を樹立、翌年までに台湾および福建省の一部島嶼を除く中華民国の統治国土を制圧した。なお、台湾など、これらの地域は今なお中華民国の統治下にある。
中華人民共和国は、国家指導者の指導理論や政策などによって、毛沢東時代(1949年 - 1978年)と鄧小平時代(1978年 - )の二つの時代に分類する事ができる。
毛沢東時代の人民共和国は社会の社会主義化を推進した。毛沢東の指導のもとで大躍進政策を行なったが多くの餓死者を出して政策は失敗に終わった。その後、経済の立て直しを巡る対立から毛沢東が文化大革命(文革)を発動し、「反革命」派とされた人々の多くがつるし上げや殺害を受け、国内は内乱状態となった。文革は毛沢東の死と共に終結した。その後、一旦華国鋒が毛沢東の後を継いだが、すぐに鄧小平が実権を握った。
鄧小平時代の人民共和国は、政治体制は中国共産党による一党独裁を堅持しつつも、市場経済導入などの経済開放政策を取り、中国の近代化を進めた。その結果、経済の改革開放が進み、「世界の工場」と呼ばれるほど経済は急成長した。しかし、今日では急激な経済成長とともに貧富差の拡大や環境破壊が問題となっている。また、政府は、共産党の一党独裁体制を維持する上で脅威となる動きや、中国の分裂を促すような動きに対しては強硬な姿勢をとり続けており、1989年の六四天安門事件や2005年の反国家分裂法成立などで具体化されている。
中国共産党による事実上の一党独裁体制。その他に8つの衛星政党(「民主諸党派」)が存在する(ヘゲモニー政党制)。
立法機関として全国人民代表大会が置かれ、行政機関として、国務院が、司法機関として、最高人民法院が存在する。法律上は全国人民代表大会に権限が集中する。三権分立の相互抑制メカニズムは存在しない。(民主集中制)
実際には国政を動かすのは中国共産党であり、共産党の最高指導集団である政治局常務委員会が権力を掌握する構造となっている。そのため、かつては特に人民代表大会が形骸化していたが、最近では法治を重視する政策の下、一定の役割を果すようになってきている。
1997年にイギリスから返還された香港、1999年にポルトガルから返還されたマカオは、一国二制度(一国両制)といわれる高度な自治権を有する。 立法府の一部議員は直接選挙で選ばれる。 詳しくは香港の項を参照。
また、急激な出産制限は全人口に占める若年層の割合を低下させた。その為、将来少子高齢化が問題になると指摘されている。
そのことがあってか、中国の農村の民衆は、諸外国が中国政府に対してどのような見解をもっているか、把握出来ない状況となっている。しかし、ネットやメディアが発展した都会では、諸外国からの批判を見ることがある程度できるようになっている。諸外国からの批判に接した都会の人々の反応はさまざまである。諸外国の批判に同調するケースもあれば、逆に「愛国主義」に火をつけられるケースもある。2004年では韓国人の議員らが脱北者に関する記者会見を中国で行おうとした際、中国政府により強引に記者会見を解散させられることがあった。諸外国の報道機関は、中国政府に対して報道の自由が保証されていないとして非難している。しかし、一方で中国政府はこれが中国の文化であると主張している。
反日活動における中国政府の関与については見解が別れる。中国政府が情報操作で反日活動を行わせているとの見解がある。この見解とは逆に、中国政府は、日中関係への影響や国際的イメージの悪化を懸念し、反日活動の過激化を扱いかねているとの見解もある。このようなことから、中国のネット社会の発展が著しい現在において、中国政府は取り締まりを日々強化しているものの、なかなか毛沢東や鄧小平の時代のように、報道規制、情報規制がスムーズにいかないのが現状である。
こうした中国政府による検閲での情報操作は下の項目の日中間の「歴史教育問題」にも大きな影響を与えている。
一方で中国政府及び進歩人・メディアは、日本政府や保守系メディアの対中姿勢に対し、非難を続けている。
日中韓の間での歴史教育に対する意見相異と紛糾に対して、欧米諸国では「どっちもどっち」と冷ややかな目を向けていることが多い。例えば、グレゴリー・クラーク氏 (国際教養大学の副学長) が一例としてあげられる。
他方、急速に成長していく中国に対し、周辺諸国やアメリカの一部の人々は警戒感をもち(中国脅威論)、また、人権問題や両岸問題、国境問題など、中国の国際関係は緊張をはらむ側面もある。
中国政府は、スーダン、ミャンマー、ジンバブエ、イラン、北朝鮮などの国々との関係を深めている。欧米諸国は、これらの国々を人権やその他の問題で非難することがある。中国政府の動きは、欧米諸国がこれらの国々に制裁を加え、関係が凍結している隙をついたものと指摘されることがある。中国政府は、スーダンとイランとの関係強化はエネルギー供給を目的とし、ミャンマーとの関係強化はインド洋への足がかりを目的としている。中国は、こうした問題とされる国家との関係を維持するため、例えばスーダンのダルフール紛争の大量虐殺に対する国際介入に反対する動きをとっている。こうしたことから欧米諸国は、中国政府を自由と人権の敵として批判することがある。日本政府は、中国政府のこのような動きについて、無関心であるとみられている。
政治に関しては近年の日中関係は悪化している。小泉首相の在任中、中国では、国家主席の交代があったにもかかわらず、胡錦涛主席の日本訪問は実現していない。この事態を中国では「政冷経熱」と呼んでいる。また、両国政府は尖閣諸島(中国名釣魚島)を巡っても領土紛争を抱えている。近年、中国政府が日本のEEZ(排他的経済水域)内において、調査船を侵入させ資源調査を行っているとされ、2004年には、日本の領海を中国海軍の潜水艦が侵犯する事件が発生し、日本と日本国内に基地を多く所有しているアメリカ両国政府に緊張が高まっている。領海侵犯に関して、中国政府は遺憾の意を表明した。中国の姿勢については、謝罪していないと批判されることがある。
また、2004年には東シナ海の日中中間線ぎりぎりの中国側で、中国政府により海底油田の開発が進められていることが発覚した。日本政府は日本側の資源にも地下でつながっている可能性を指摘し、中断を求めたが、中国は応じず、2005年には生産が始まった。
また、両国の間では、検定教科書や歴史認識を巡っても論争が存在している。これが両国政府間の対立の要因の一つとなっている。また両国の国民感情は微妙な状態にあるが、この論争をつうじて悪化することが懸念されている。
元来、中国と台湾は中華民国国民政府の統治国土であったが、1946年から激化した国共内戦に勝利した中国共産党が1949年に中華人民共和国を中国に建国、同年中に国民政府は台湾に遷都した。それ以来、中華人民共和国は中華民国と中国における正統政府の座を巡って対立し、両国共に互いの統治する地域の支配権を主張して譲らなかった。その為に、中華人民共和国政府は国際連合における「中国」代表権を求めて諸外国に外交的にはたらきかけた他、「中華民国政府が実効統治している台湾を中華人民共和国の領土」とみなして領有権を主張し、「台湾解放」の名の元に金門島への砲撃を度々行なった。その後、中華民国が国連の「中国」代表権を喪失して国際的に孤立し、中華人民共和国も改革・開放を推進するようになると、中華人民共和国政府は「一国二制度」といった統一の枠組みの提案や「3通」政策といった穏健的な統一政策を通じて両岸関係の改善を図った。1992年には両国政府関係者が「一国共識、各自表述(一つの中国を共通認識とするが、解釈はそれぞれが行う)」の統一原則を確認するまでに至った。
だが、1990年代に入ると、中華民国では李登輝中華民国総統(中華民国の国家元首)による政治体制の民主化が進められ、それに伴い台湾では中国とは別個の「台湾」という国家を創り上げる台湾独立運動(台独運動)が活発化し始めた。このような動きに対し、中華人民共和国は総統選挙(1996年から実施)における台独派(泛緑連盟)候補者の当選阻止を目指して軍事演習で威嚇するなど強硬姿勢をとった。しかし、いずれの選挙においても阻止するには至らなかった。このことを教訓としてか、2005年3月14日には中国で反国家分裂法が成立した。この法律は中国による台湾の武力併合に法的根拠を与えることを名目とする。こうした経緯で、今日の中華民国と中華人民共和国の関係は、台湾問題として東アジア地域の不安定要素となっている。もっとも、台湾にも台独に反対する「中国」派の人々(泛藍連盟、ただし、彼らのいう「中国」はあくまでも中華民国である)が存在している。こうした動きにおいては、中国国民党が有力な存在である。中国国民党党首・連戦は、2005年4月26日~5月3日にかけて中国を訪問、共産党党首・胡錦濤と60年ぶりの国共首脳会談を実施した。
また、上述したように報道規制がなされているため、輸入商品に欠陥が見つかると、必要以上に大きく報道し、損害賠償を求める一方で、輸出商品の欠陥が国内で報道されることもまれである。
近年では兵器の近代化に力を入れているが、恒常的な予算不足のため、最新鋭装備は現状でも少なく、軍事力は弱く台湾侵攻能力さえないのが実情である。現代戦においては航空機とレーダーやコンピューターが重要だが、これらの性能が極めて低いのが特徴である。1990年代以前は中国軍の兵器が旧型で人力による戦略がほとんどだった。兵器の近代化に関しては、日本のODAの資金などを流用していると指摘されることがある。ロシアの通常型潜水艦や新鋭戦闘機、さらに廃船となった空母を購入している。2003年では宇宙への単独有人飛行を成功したと発表した。 核兵器を幾つか所有している。アメリカは潜在的な軍事脅威国家として中国を警戒している。ただし中国は、その軍事力で台湾を牽制しているが、現状では以下のように旧式装備が多く軍事能力はかなり低い。アメリカは1996年の危機の際に台湾海峡に空母2隻を派遣し中国を牽制した他、在日米軍基地または太平洋に点在する米軍基地より空母機動部隊や、戦略作戦機がすぐに出動して台湾に対する防衛がいつでも出来る状態となっている(台湾有事の項を参照)。
中国空軍の多くはかなりの旧式機であり、主力は1956年に初飛行したMiG-21 (航空機)を改造し国産化したJ-7である。これは航続距離が短くレーダーの性能が低いため能力は低い。ロシアからSu-30MKK(J-13)などを購入しているが、財政難のため広大な中国領土に200機以下しかない上、整備能力が低いため常時稼働できるものは少ない。またこの機はレーダーの性能が西側の新鋭機と比べ低いため中華民国軍や自衛隊には対抗できないと言われる。ロシアが中国に輸出する兵器の多くは、価格を下げたかわりにレーダーやコンピューター、エンジンの性能が低いやや旧式なものである。ただしロシアから早期警戒管制機A-50を2機購入したため、これと戦闘機が連携すればそれなりの戦力にはなる。もっともA-50の性能は低いし、高性能のF-15など戦闘機400とE-767 (航空機)などの管制機を持つ自衛隊には、ほとんど太刀打ちできないのは確かである。
海軍力も強化しているものの旧式艦が多く、とくにほとんどの潜水艦は旧式で騒音が激しいため容易に探知され戦力にならない(外部リンクの田岡の記事や、「漢級原子力潜水艦領海侵犯事件」の項を参照)。艦船の多くは第2次対戦時の設計であり驚くほど旧式である。戦力になる潜水艦はロシアから購入した通常型潜水艦のキロ級5隻と、さらに5隻を購入予定の改キロ級のみであるが、整備能力がかなり低いため常時稼働できるのは数隻だけであり、有事の際は、対潜水艦能力の高い台湾や自衛隊に、容易に撃沈される可能性が高いのが実情である。中国の潜水艦は1月航海すると、その後の10月以上は整備のため港にいるのが普通であり、整備能力か、そもそもの性能にかなり問題があることを軍事専門家は指摘している。数年間港から出ていない原子力潜水艦もある。ただし将来の空母保有を目指し、ロシアの中古空母を研究用に数隻購入し(アドミラル・クズネツォフ (空母) の項を参照)、うち1隻(元空母ワリャーグ)は大連で整備中であり、2008年頃までに練習空母として配備されると言われている。ただし、本格的な空母保有があるとしても2015年以降と軍事専門家は予想している。もっとも保有したとしても、独自技術によるイージス艦に似た防空駆逐艦を持つものの、防空能力や対潜水艦能力が低すぎるため、有事の際はフォークランド戦争におけるアルゼンチン空母のように港から出られない可能性が高い(フォークランド戦争の項を参照)。また、中国の技術で、十分なレーダーや航空機整備能力のある空母を建造できるかどうかはかなり疑問であるし、そもそも中国の経済力が強くなったとは言っても、空母の巨額な維持費用の予算を捻出できない可能性が高い。もし空母を保有すれば、日本や台湾に対してはあまり戦力にならないものの、ベトナムやフィリピン、インドネシア等との紛争における圧力にはなるだろう。
以上のように中国の軍事力は貧弱な面が多いが、それにも関わらず「中国の軍事力は全世界にとって脅威だ」と主張する反中主義者がおり、その文脈にはほぼ一定のパターンがある。例えば:
現在、中華人民共和国の経済は成長過程にあるが、いくつかの課題がある。
中国の経済は大躍進政策の失敗や文化大革命によって立ち遅れていた。農業を志向した社会主義経済の非効率性も経済発展の障害となっていた。このため、鄧小平の主導によって1978年に「改革開放」政策が採用され、市場経済の導入、国営企業の民営化や不採算企業の閉鎖、人民公社の廃止と請負制の実施、外資導入などの大胆な改革を次々に実施していった。
1980年代以降、幾度かの混乱もありながら中国経済は沿海部の経済開放地区を中心に長い成長過程に入り、経済成長を持続、「世界の工場」と呼ばれるほど工業が発達した。この牽引役となったのが、外資導入と輸出拡大である。世界貿易機関(WTO)の発表によれば、2003年の対中直接投資は535億ドルとなり、米国を抜いて実質的に世界最大の直接投資受入国となった。(ルクセンブルクの特例を除く。)また米国、日本、韓国、東南アジア諸国などへの輸出拡大も目覚しく、大幅な貿易黒字を記録するなどし、現在ではブラジル、ロシア、インドとともにBRICsと呼ばれている。
その一方で鄧小平による先富論の結果、内陸部の経済は大きく立ち遅れた。かって工業の中心地であった東北も非効率的な国有企業が多く、改革開放の波に乗れず、長江デルタや珠江デルタの先進地域との経済格差は開く一方であった。このため、中国政府は2000年頃から西部大開発や東北振興を重点政策とし、これら後発地域の開発に乗り出している。
また、2005年7月21日より管理フロート制と通貨バスケット制を採用する人民元改革を実施した。
先進地域を含めて民族資本が発展していないこと、官僚の腐敗、社会に広く存在する法の軽視、不良債権の蓄積、貧富の差の拡大、偽ブランド商品・違法コピー品の製造・販売が多いなどといった問題も存在する。
また、極度に輸出と投資に依存した経済成長を続けた結果、個人消費の割合が著しく低い、歪んだ経済となった。このことが、投資効率性低下や資源浪費、環境破壊そして過剰貯蓄を通じて貿易摩擦につながっている。2006年に入ってからは、個人消費による経済成長を図る方針へ転換した。
2008年に、中国初となる北京オリンピックが開催されることが決まっている。北京オリンピックに対しては、2005年4月28日にアメリカ合衆国下院に国際オリンピック委員会に対し北京オリンピックの開催中止と開催地変更の決議案が提出された。その背景には、中国での人権侵害問題や2005年の中国における反日活動などに対する批判があったと指摘される。現時点では、予定どおり2008年に北京オリンピックが開催される見通しである。
2004年現在、中国の行政区分は23の省(現在実効支配していない台湾省を含む)、5つの自治区、4つの直轄市、および2つの特別行政区から成り立っている。
中国行政区分の面積一覧を参照 広大な国土と世界最大の人口を持つ国、米の生産量も世界1位である。
中国の民族の分類は、政府が実施する「民族識別工作」によって決定されるため、各少数民族が自分たちが別の民族だと思っていても、同じ民族にされたり、違う民族にされたりする事がしばしば起こりうる。また、「未識別民族」も存在している。
中国では、少数民族の民族的アイデンティティの確立は「ひとりっ子」政策から除外している以外、基本的にはそれほど重視されておらず、基本的に中国化政策を取っている。たとえば漢民族の歴史は全国のすべての学校で教えられるが、各少数民族の歴史は「中国史」の一部として、学校で教育されている。割合はかなり少ないが、地域の歴史教育として、少数民族の歴史と文化を自由時間で教育するカリキュラムも存在している。地域にもよるが、少数民族地域で使われている教科書の一部は、全国統一教科書の各少数民族言語への翻訳であることもあり、少数民族文化を反映した内容は少ない。
国務院に国家民族事務委員会が設置され、中国の民族政策を統一的に管理している。
詳細は中華民族、中国行政区分の人口一覧、中国の少数民族を参照のこと
尚、香港では北京語と共に広東語および英語も公用語となっている。1990年代初頭頃迄は大陸から移住したものを除いては北京語のできる者はほとんどいなかった。1997年の主権返還をきっかけに北京語熱が高まっている。また澳門ではポルトガル語も使われる。
チベット、ウィグルなどの各少数民族はそれぞれの固有の言語も使用しているが公用語は北京語である。政府は少数民族の言語を尊重する姿勢を示しながら、中学校以上の高等教育は原則として少数民族の言語は使用せず、北京語のみで教育を行なうことなどにより、北京語を普及させる政策を取っている。
欧米では国民の多くは宗教信者であるが、現在の中国の宗教信者数の1億人余りは総人口12億人に比して非常に少ない。
中国では、憲法に宗教の信仰の自由を規定されているとはいえ、宗教が中国政府や共産党に規制・抑圧されている傾向は否めない。未成年者への宗教教育は禁止されている。特に文化大革命の時期には宗教が徹底的に否定され、教会や寺院・宗教的な文化財が破壊された。チベットでは仏像が溶かされたり僧侶が投獄・殺害されたりした。
中国共産党は「三自愛国委員会」を通じて全国の宗教団体を統制し、これらの宗教団体の「長」の任命は党の認可が必要であり、現在、多くの宗教団体のトップが党員である。 特に、チベット仏教、キリスト教やその「地下教会」、新興気功集団「法輪功」などの弾圧事件はよく報道されている。
仏教に関しては仏教の寺院が1万3000余カ所、僧と尼は約20万人といわれる。「漢民族仏教」、「チベット仏教(ラマ教)」、「南仏教(巴利語系)」の3種類がある。「漢民族仏教」の信徒数の統計はない。「チベット仏教」の信徒数は、チベット族やモンゴル族などの900万人、ラマ僧、尼僧は約12万人、活仏は1700余人、寺院は3000余カ所。「南仏教」はタイ族などの100万人、比丘、長老は1万人近く、寺院が1600余カ所といわれる。 文化大革命の時期に徹底的な弾圧を受けたチベット仏教はかなり復興したとはいえ、まだ最盛期にはほど遠い。 又、現在も中国政府の抑圧は続いており、僧院には、中国当局の「工作隊」が駐在し、強制的に、僧や尼僧に政治的・宗教的信念の「愛国再教育」を行っている。1996年から1998年の間に、中国当局による「厳打」キャンペーンにより約500名の僧尼が逮捕され、約1万人が僧籍を剥奪されたといわれる。
道教は漢民族固有の宗教である。信者数の統計はなく、道教の宮・観(寺院)が1500余カ所、道士と道姑が2万5000余人といわれる。
イスラム教は、回族、ウイグル族、カザフ族など主に少数民族の間で信仰されている。信仰者数は1,800万人、イマーム、アホン(回教布教師)が4万余人。中国のイスラム教徒はスンニー派に属している。
キリスト教のうち、カトリックは、1958年からは本来ローマ法王だけに認められている主教ら聖職者任命も独自に行っている。信徒は350万人。 聖職者が4000人、教会・礼拝堂が4600余カ所といわれる。
プロテスタントは、信徒は約1000万人、聖職者が1万8000人おり、教会堂が1万2000カ所、簡素な宗教活動の場所(会所)が2万5000カ所ある。
上記は中国政府の統制下にある教会で登録しているキリスト教徒であるが、その他に中国政府に統制されていない、未登録の「地下教会」(「家庭教会」ともいう)のメンバー数は8千万から1億人に上るとも言われる。中国共産党の支配を拒否する「地下教会」のメンバーは共産党の迫害を受けている。
民間信仰には、民衆道教、シャーマン・シャーマニズム的信仰、アニミズム的信仰がある。
1999年7月、新興気功集団「法輪功」に対し、中国政府は「迷信や邪説を流布して民衆をだまし、騒ぎを起こして社会の安定を破壊した」と断定、違法組織と認定し、一切の活動を事実上禁止した。「明慧ネット(中国語版)」によると、「法輪功」は、仏教的要素を取り入れた新興気功集団で、創始者の李氏が1992年から活動を始め、日本など約20か国に組織がある。会員数は数千万と称しているが、中国政府は200万人と発表している。中国法輪功学習者の迫害による死者は2005年末現在、3千人近くに達していると見られる)。情報統制がいままで行われてきたが、ネット時代で新たな情報を手に入れられる中国の民衆で、事情を知っている人たちからは、日本でいうオウム真理教のような存在から、単なる一新興宗教、または新興気功集団まで、さまざまな見方がある。
| 日付 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|
| 1月1日 | 元旦 | |
| 1月29日 | 農暦年初一 | * |
| 1月30日 | 農暦年初二 | * |
| 1月31日 | 農暦年初三 | * |
| 5月1日 - 5月3日 | 勞働節 | |
| 10月1日- 10月3日 | 國慶節 |
このページはウィキプロジェクト 国のテンプレートを使用しています。
Volksrepubliek_van_Sjina | Volksrepublik_China | Folces_Lēodþing_Cīnan | الصين | China | Кітай | Китайска_народна_република | Narodna_Republika_Kina | República_Popular_de_la_Xina | ᏥᎾ | Čínská_lidová_republika | Китай | Gweriniaeth_Pobl_China | Folkerepublikken_Kina | Volksrepublik_China | Λαϊκή_Δημοκρατία_της_Κίνας | People's_Republic_of_China | Ĉinio | República_Popular_China | Txina | Kiina | République_populaire_de_Chine | China_-_中国 | ચીન | הרפובליקה_העממית_של_סין | Kina | Kína | China | Republik_Rakyat_Tiongkok | Chinia | Alþýðulýðveldið_Kína | Cina | jungug | Қытай | 중화인민공화국 | Çîn | Respublica_Populi_Sinarum | Kinija | Ķīna | Кина | Бүгд_Найрамдах_Хятад_Ард_Улс | Republik_Rakyat_China | Xina | Volksrepubliek_China | Volksrepubliek_China | Folkerepublikken_Kina | Folkerepublikken_Kina | Китай | Chińska_Republika_Ludowa | República_Popular_da_China | Republica_Populară_Chineză | Китай | People's_Republic_of_China | Čínska_ľudová_republika | Kitajska | Народна_Република_Кина | Kina | சீன_மக்கள்_குடியரசு | สาธารณรัฐประชาชนจีน | Tsina | Çin_Halk_Cumhuriyeti | Cộng_hòa_Nhân_dân_Trung_Hoa | Китай | כינע | Cunghvaz_Yinzminz_Gunghozgoz | 中华人民共和国 | Tiong-hoâ_Jîn-bîn_Kiōng-hô-kok