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ロシア連邦(ロシアれんぽう)、通称ロシアロシア語)は、ヨーロッパアジアにまたがる世界最大の領土を持つ連邦制共和国。首都はモスクワ

北西から順にノルウェーフィンランドエストニアラトビアベラルーシリトアニアポーランド(ポーランドとの国境バルト海とリトアニアに囲まれた飛び地領であるカリーニングラード州である)、ウクライナグルジアアゼルバイジャンカザフスタン中国モンゴル北朝鮮と国境を接し、北は北極海、東は太平洋に囲まれる。日本とはを隔てた隣国で、日本との間には国境が不確定な部分が有るため正確な数値は出せないが、北方領土他を除く日本の最北端である北海道稚内市宗谷岬サハリン州のサハリン島(樺太島)南端の距離は43kmであり、日本の領土からみて最も近くにある国である。(ただし、サハリンの南半分については、日本政府は「国際法上は所属未定地」との立場を取っている。) また、実効支配という観点から見ると、北海道根室市納沙布岬と、日本が領有権を主張しているがロシアが実効支配している、いわゆる北方領土貝殻島との距離はわずか3.7kmしかない。

国名


正式名称は、(Rossíjskaja Federácija; ラシースカヤ・フェジェラーツィヤ)。略称。通称、(Rossíja; ラシーヤ)。

キリル文字のラテン文字転写、ロシア語のカタカナ表記にはいずれも多数の方式、表記があり、ここにあげたものは一例である(本記事の以下の転写も同じ)

英語表記は Russian Federation で、通称 Russia

日本語表記は、ロシア連邦。通称ロシア(まれにロシヤとも)。日本語の漢字表記は露西亜で、略称は(現在は旧ロシア帝国と区別するためとも示される事もある)。江戸時代にはをろしやと呼ばれていた。

ロシアの国名は、現在のロシア北西部とウクライナベラルーシにあたる地域の古名であるルーシ( (Rus')) の派生語である。この名は、現ロシア北西部にあたる北東ルーシに起こったモスクワ大公国が北東ルーシを統合し、全ルーシへと拡大しつつあった16世紀イヴァン4世の頃に使われ始め、全ルーシをおおよそ統合し終え、アジアにも勢力を広げた18世紀初頭のピョートル1世が自国をロシア帝国と称したことにより正式の国名となった。

ロシア帝国期以前は、ロシアという語はかつてのルーシ全域を指し、ロシア北西部を「大ロシア」、ウクライナを「小ロシア」(或いは「紅ロシア」)、ベラルーシを「白ロシア」と呼んでいた。しかし、ウクライナとベラルーシの人々は次第にロシア人と異なった民族意識を醸成していったために、これらの国々はソ連邦下でロシアと別々の共和国とされ、ソ連邦の解体により別々に独立することとなった。

歴史


詳細はロシアの歴史を参照

ロシアとウクライナベラルーシの原型である中世ルーシ地域は、862年ノルマン人リューリクノヴゴロドの公となり、その一族が東スラヴ人の居住地域に支配を広げていく過程で形成されたと年代記に記録される。当初のルーシの中心は、現在はウクライナの首都であるキエフであり、現在のロシアの中心である北東ルーシはむしろ辺境で、モスクワの街もまだ歴史には登場していなかった。支配者層を含めてスラヴ化したキエフ公国は、9世紀東ローマ帝国(ビザンツ帝国)から東方正教会派のキリスト教ギリシャ=ビザンツ文化を受容し、独特の文化を育んだが、13世紀初頭にモンゴルによって征服され、キプチャク・ハン国の支配下に入った。

数多くいるルーシ諸公のひとりに過ぎなかったモスクワ公は、モンゴル支配下でルーシ諸公がハンに納める貢納を取りまとめる役を請け負うことで次第に実力をつけ、15世紀にキプチャク・ハン国の支配を実質的に脱してルーシの統一を押し進めた。モスクワ大公はイヴァン3世のときツァーリ(皇帝)の称号を名乗り、その支配領域はロシア帝国へと発展してゆく。ただし、国内の生産力は低く、西欧諸国からは異質の存在と見られていた。16世紀イヴァン4世が近代化と皇帝集権化、シベリア進出などの領土拡大を進めたが、彼の死後は大貴族の抗争で国内が大混乱に陥り、ポーランドによるモスクワ占領まで起こった。

1613年ロマノフ朝が成立すると、大貴族と農奴制に支えられ、封建色の強い帝国の発展が始まった。18世紀ピョートル1世は急速な西欧化・近代化政策を強行し、大北方戦争に勝利し、新首都サンクトペテルブルクを建設して、ロシア帝国の基盤を築いた。彼の時から正式に皇帝の称号を使用し、西欧諸国からも認められた。また、エカチェリーナ2世ポーランド分割に参加し、欧州での影響力を増加させた。彼女は大黒屋光太夫に謁見し、アダム・ラクスマンを日本に派遣して、日露関係史が実質的に始まった。

19世紀になるとロシアはナポレオン戦争に参戦し、1812年にはナポレオン・ボナパルト指揮のフランス軍に侵攻されたが、大損害を追いながらこれを撃退し、戦後はフィンランドポーランド立憲王国を支配して、神聖同盟の一員としてウィーン体制を維持する欧州の大国となった。国内でのデカブリストの乱やポーランド反乱などの自由主義・民族主義運動は厳しく弾圧された。

19世紀後半からは不凍港を悲願として南下政策を推し進めていき、これによってトルコ等周辺国と戦争を引き起こし、イギリスとの対立が激化していく。しかしクリミア戦争ではイギリス・フランスに惨敗し、帝国の後進性が明確になった。1861年に皇帝アレクサンドル2世農奴解放令を発布し、近代的改革への道を開いたが、農村改革や工業化のテンポは遅く、ナロードニキによる農村啓蒙運動も政府の弾圧を受けた。政治的自由化の遅れへの不満は無政府主義者による皇帝暗殺まで発展した。この時期、極東では沿海州を清から獲得しウラジオストクを建設した。

19世紀末には、ロシアはそれまでのドイツ・オーストリアとの三帝同盟からフランスとの露仏同盟に外交の軸足を移し、汎スラヴ主義によるバルカン半島での南下を極東での南下政策と平行させた。フランス資本の参加によりシベリア鉄道の建設が行われている。1905年血の日曜日事件 (1905年)が発生し、日露戦争で敗れると、ロシアはイギリスと英露協商、日本と日露協約を締結し、三国協商に立ってドイツやオーストリアと対立した。国内ではドゥーマ(国会)の開設やピョートル・ストルイピンによる改革が行われたが、皇帝ニコライ2世の消極的姿勢もあって改革は頓挫し、帝国の弱体化は急速に進行した。その中で、都市部の労働者を中心に社会主義運動が高揚した。

第一次世界大戦では連合国の一員としてドイツ・オーストリアと開戦したが、敗北を重ねて領土深くまで侵攻された。第一次世界大戦中の1917年に起こったロシア革命ロマノフ王朝は倒された。革命後、ウラジーミル・レーニンポーランドバルト三国フィンランドの独立承認で帝国の西方領土の一部を手放した後、ボリシェヴィキ(共産党)を率いて内戦に勝利し、1922年ソビエト連邦を建国した。旧ロシア帝国領の大部分を引き継いだソ連を構成する4共和国(その後15まで増加)のうち、ロシア人が多数派を占める大部分の地域はロシア・ソビエト社会主義連邦共和国となった。ソビエト連邦とロシア共和国の首都はレニングラードと改称されたサンクトペテルブルクからモスクワへと約200年ぶりに戻された。また、ロシア共和国内に居住する少数民族については、その人口数などに応じて自治共和国、自治州、民族管区などが設定され、事実上ロシア共和国とは異なる統治体制をとった。

ソビエト体制ではロシア共和国は他の連邦加盟共和国と同格とされたが、面積・人口とも他の共和国を圧倒していたロシアでは事実上連邦政府と一体となった統治が行われた。ソビエト連邦共産党内に「ロシア共産党」は創設されず、第二次世界大戦後の国際連合でもウクライナや白ロシア(現在のベラルーシ)と異なり単独での加盟が認められなかった。

第二次世界大戦では西部の広大な地域をドイツに占領され、大きな被害を受けた。戦後はソ連国内の戦災地を中心に新たな国内移住が進められ、経済復興が進められた。特にエストニアラトヴィアなどではロシア人の比率が急増し、ソビエト連邦解体後の民族問題の原因となった。また、1946年には旧ドイツ領の東プロイセンの北部をカリーニングラード州、日本から占領したサハリン島南部(南樺太)とクリル列島千島列島歯舞諸島色丹島を含む)全域をサハリン州として編入した。一方、1954年には黒海沿岸のクリミア半島(クリミア州)がウクライナに割譲され、現在のロシア連邦にあたる領域になった。

なお、日本政府はサハリン州のうち、千島列島南部の北方領土について返還を要求し、それ以外の地域には帰属未定地としている。詳しくは北方領土の項目を参照する事。

戦後、ソ連は世界の二大超大国の一方としてアメリカ合衆国冷戦を繰り広げたが、計画経済の破綻等から次第に共産主義の矛盾を露呈した。1980年代にソ連の指導者となったミハイル・ゴルバチョフは冷戦を終結させる一方、ペレストロイカグラスノスチを掲げてソ連を延命させるため改革に取り組むが、かえって各地で民族主義が噴出し、共産党内の対立が激化した。

党内抗争に敗れた改革派のボリス・エリツィンはソ連体制内で機能が形骸化していたロシア・ソビエト社会主義連邦共和国を自らの権力基盤として活用し、1990年に最高会議議長となると、同年6月12日ロシア共和国と改称して主権宣言を行い、自らを大統領とした。1991年ソ連8月クーデターではエリツィンが鎮圧に活躍し、同年12月26日ソ連は崩壊した。ロシアは旧ソ連構成国の連合体である独立国家共同体(СНГ)加盟国のひとつとなった。ロシアは旧ソ連が有していた国際的な権利(国連の常任理事国など)や国際法上の関係を基本的に継承し、大国としての影響力を保持し続けている。

ちなみに国名は1992年5月、ロシア連邦条約により、現在のロシア連邦(ロシア)の国名が最終確定した(ロシア連邦への国名変更は、ゴルバチョフ・ソ連大統領辞任の当日である1991年12月25日、当時のロシア最高会議決議による)。

なお、1999年12月8日には、当時のエリツィン大統領と、ベラルーシアレクサンドル・ルカシェンコ大統領との間で、将来の両国の政治・経済・軍事などの各分野での統合を目指すロシア・ベラルーシ連邦国家創設条約が調印された。しかし、その後、後継大統領に就任したプーチンが、ベラルーシのロシアへの事実上の吸収合併を示唆する発言を繰り返すようになってからは、これに反発するベラルーシ側との対立により、両国の統合は、事実上、停滞状態となっている。

政治


国制は連邦制を取るが、国家元首である大統領(任期4年)が行政の中心として強いリーダーシップを発揮する。大統領は、首相議会の信任を要する)を含む政府の要職の指名権・任命権と、議会の同意を得ないで政令(大統領令)を発布する権限を持ち、軍隊と国家安全保障会議の長を兼ねる。

ロシア連邦議会(, Federal'noe Sobranie Rossijskoj Federatsii)は二院制で、各連邦構成主体の行政府と立法府の代表ひとりずつからなり上院に相当する連邦院連邦会議、, Sovet Federatsii、定員178名)と、下院に相当する国家院国家会議、, Gosudarstvennaja Duma、定員450名)からなる。下院議員は、任期4年で、小選挙区制比例代表制により半数ずつ選出される仕組みであったが、2005年4月23日完全比例代表制に移行する選挙制度改正が下院を通過した。

中央政界で活動する主要な政党については、ロシアの政党を参照のこと。

加盟している国際機関

地方行政区分


Russia_sub_mini.png 詳細はロシア連邦の地方区分を参照

ロシアは、88(※)の連邦構成主体と呼ばれる地方行政体からなる連邦国家である。連邦構成主体のうちには、非ロシア系民族が住民の主体を占める地域にある21の共和国が含まれるが、これらの共和国には連邦からの分離独立権がなく、連邦中央政府の強いコントロール下に置かれているため、実質的には民族自治区と異ならない。

※ 2005年12月1日、ペルミ州とコミ・ペルミャク自治管区が合併して「ペルミ地方」となり、連邦構成主体の数が89から88となった。今後も2007年1月に、クラスノヤルスク地方、エベンキ自治管区とタイミル自治管区、及び カムチャッカ州、コリャーク自治管区、2008年1月に、イルクーツク州とウスチ・オルダ・ブリヤート自治管区の合併が予定されていて、更にチタ州とアガ・ブリヤート自治管区も合併に向けた動きをみせている。

ウラジーミル・プーチン政権は、中央政府の各連邦構成主体への影響力拡大を図り、2000年5月13日に全土を7つに分けた連邦管区を設置した。

さらに、2004年12月に地方自治体の首長を選挙制で選ぶ方式から、大統領が指名し地方議会が承認するという方式に転換した。

代表的な都市


地理


世界最大の面積を持つロシアは、ユーラシア大陸の北部にバルト海沿岸から太平洋まで東西に伸びる広大な国土を持つ。国土の北辺は北極圏に入り人口も希薄だが、南辺に近づくと地理的に多様となり人口も多くなる。ヨーロッパ部とアジア部(シベリア)の大部分は広大な平原で、南部のステップを除くと北に向かってツンドラ地帯が広がる。黒海カスピ海の間の南の国境にはヨーロッパ最高峰のエルブルス山を含むカフカス山脈があり、ヨーロッパとロシアの境界にはウラル山脈がある。

国土を囲む海域には北極海の一部であるバレンツ海白海カラ海ラプテフ海東シベリア海と、太平洋の一部であるベーリング海オホーツク海日本海、そして西のバルト海と西南の黒海があり、海岸線は37,000kmに及ぶ。これらの海に浮かぶロシア領の主要な島には、ゼムリャフランツァヨシファノヴァヤゼムリャ(米国を越える史上最大規模の核実験が行われた)、セヴェルナヤ・ゼムリャ諸島ノヴォシビルスク諸島ウランゲル島サハリン(樺太)、そして日本との領土問題を抱えるクリル諸島(千島列島)がある。 特に北極海に面した地域をはじめ、冬季は北極寒波の影響が強いため厳寒であり、氷点下を下回る日が長く続く。

ロシア領内の主要な川にはヨーロッパ部のドン川、大型で良質のチョウザメが多数生息するヴォルガ川カマ川オカ川、アジア部のオビ川エニセイ川レナ川サケ類の漁獲で有名なアムール川などの大河があげられる。これらの下流域は日本で大河とされる最上川北上川四万十川よりも川幅が広く、いずれもSaint Lawrence River川下流域に近い川幅がある。 また、ブリヤート共和国バイカル湖は世界一古く水深の深いとして有名な構造湖である。

Russia_map.png

経済


ソビエト連邦解体後、ボリス・エリツィン大統領の主導のもと市場経済化が進められたが、このためにかえって急速なインフレーションを招き、1990年代半ばには経済的に落ち込んだ。その後、成長に転じつつあったが1997年アジア経済危機の影響を受けて1998年財政危機を招き、再び落ち込んだ。

しかし、ロシアはサウジアラビア米国に次ぐ世界第3位の原油生産国であり、サウジアラビアに次ぐ世界第2の原油輸出国である。2003年以来の原油価格上昇によって貿易収支が改善し、石油産業を中心とする成長が続く。このためロシアの経済は市場経済転換後の長い経済停滞を脱し、急速な景気回復が見られた。2000年にはGDP成長率が10%を越える一方インフレーションも抑制され、好調が続いている。このためロシアはブラジル中国インドと共に「BRICs」と呼ばれる新興経済国群の1つに挙げらるまでになっている。

しかしながら自由化の恩恵に与った者とそうでない者の貧富の格差の拡大、チェチェン人によるテロのリスクなど、不安定要因が多いのもまた事実である。

国民


国民の80%以上はロシア人である。ロシア人以外の主要な民族には、チェチェン人イングーシ人オセット人カルムィク人タタール人バシキール人チュヴァシ人トゥヴァ人サハ人エヴェンキ人タイミル人マリ人モルドヴィン人カレリア人イヌイットドイツ人ユダヤ人朝鮮人など、100を越える多くの非スラブ系民族がいるが、公用語であるロシア語が民族共和国を含め全域でほぼ完全に通用し、ロシア化が進んでいる。

ロシア人を含めた多くの民族がロシア正教会の信徒であるが、カトリックプロテスタントイスラム教ユダヤ教仏教などの信徒も少なくない。

文化


世界遺産

ロシア国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が12件、自然遺産が7件ある。さらにモンゴルとにまたがって1件の自然遺産が、リトアニアとにまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、ロシアの世界遺産を参照。

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月7日 クリスマス Рождество Христово 正教会のクリスマス
1月14日 旧正月 Старый Новый год  
2月23日 祖国英雄の日 День защитника Отечества  
3月8日 国際女性デー Международный женский день  
5月1日 春と労働の日 Праздник весны и труда 旧 メーデー
5月9日 対ドイツ戦勝記念日 День Победы  
6月12日 ロシア主権宣言の日 День России ソビエト連邦から主権宣言した日
11月4日 国民団結の日 День народного единства  
12月12日 憲法記念日 День Конституции Российской Федерации 現在のロシア憲法が公布された日
12月31日 年末の休日    

関連項目


外部リンク


公式

その他


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ロシア

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