ヨハネの黙示録(ヨハネのもくしろく)は新約聖書の最後の書であり、新約の中で唯一預言書的性格を持つ書である。「ヨハネの黙示録」は、単に「黙示録」あるいは「ヨハネによる黙示録」、「神学者聖イオアンの黙示録」ともいわれ、プロテスタント福音派の一部には(冒頭の言葉から)「イエス・キリストの黙示」と呼ばれることもある。
タイトルの「黙示」とはギリシャ語の「アポカリュプス」('Aπōκάλυψις)の訳ではあり、原義は「覆いを取る」ことから転じて「隠されていたものが明らかにされる」という意味である。黙示録はキリスト教徒の間でも、その解釈と正典への受け入れをめぐって多くの論議を呼びおこしてきたいわくつきの書物である。
文中では著者が自らをヨハネと名乗り、終末において起こるであろう出来事の幻を見たと語る。黙示録は以下のような構成となっている。
また、黙示録の著者は、自らを「しもべヨハネ」と称し、「神のことばとイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた」と記しているが、これは伝承による使徒ヨハネの晩年の境遇と一致する。しかし、聖書研究が進んだことで、黙示録(特に21章と22章)における終末理解とヨハネによる福音書の著者の終末理解には大きな隔たりがあることが指摘されており、現代の聖書学者でこの説を支持するものはほとんどいない。
4世紀には、東方で、イオアンネース・クリュゾストモスと他の主教たちの間で黙示録の聖書正典収録に関しての議論が巻き起こった。理由は黙示録が難解であるため、その表現を都合よく解釈して悪用されることを恐れたためである。シリアのキリスト教徒の間においても、黙示録は、モンタノス派が自らの正当化に利用したため排斥された。9世紀にはコンスタンティノープル総主教ニケフォロスがその著書の中で、『ヨハネの黙示録』を『ペトロの黙示録』と共に「真性に疑問のある書物」であるとしている。最終的には中世末期、東方正教会でも正典に加えられはしたものの、聖書の中で唯一奉神礼で朗読されることのない書となっている。
伝統的に、黙示録の成立はドミティアヌス帝時代の紀元96年周辺であると考えられてきたが、聖書学者の中にはネロ帝時代の69年ごろと考えるものもいる。前者の説の有力な傍証とされるのは202年に死去したエイレナイオスの著書『異端反駁』5巻30における証言である。エイレナイオスは著者ヨハネと会ったという人物から黙示録の執筆は「というのは、それが登場したのはあまり前のことではなく、ほとんど我々の時代、ドミティアヌスの治世の終わりごろのことである」という証言を直接聞いたと記す。さらに96年成立説を有力なものとするのは、黙示録に小アジアにおける迫害というテーマが含まれていることである。ネロ帝のキリスト教徒迫害はローマ周辺にとどまったため、小アジアでも迫害がおこなわれたドミティアヌス帝時代の成立のほうがつじつまがあうということになる。
他にも著者ヨハネが死に瀕した苦痛を和らげるため天然麻薬であるニガヨモギを吸い、それによって見た幻覚であるという説(麻薬幻覚説)もあるが、この説は正式な学問的確証に基づいたものでないため、聖書学者たちに受け入れられたことはない。幻覚説を除けば、三つの説はいずれも排他的なものでなく、どれか一つをとれば他の二つは間違いであるといった性質のものではない。
一般に現代の多くのキリスト教徒の間では、第二の「文学類型」的解釈が主流で「予言書」と考えるものは少ないが、アメリカ合衆国などの一部の原理主義的プロテスタントの間では依然として第一の説である「予言書」説をとるものもある。近年では、どちらかというとキリスト教徒でない人々の方が「予言書」説を支持する傾向があり、実際に一部のカルトや新興宗教によって自らの教説の正当化のために利用されたという事実もある。
「文学類型」的解釈の立場に立つ学者たちは、黙示録のイメージを歴史的事実や、歴史上の人物などにあてはめることで解釈しようとしてきた。たとえば13章にあらわれる竜に権威を与えられた「海からの獣」は、強大な力を持ってキリスト教に対抗するものということで、ローマ帝国もしくはローマ皇帝であると考えられる。その獣が持つ七つの頭は、アウグストゥス以来の七人のローマ皇帝にあてはめて解釈される。
13章18節にあらわれる第二の獣に従うものに押された「666」という数字はゲマトリア(アルファベットを数字化したもの)で「獣の数字と呼ばれ、皇帝ネロ(ネロン・ケサル)を表すとよく言われるが、これに対しては数が合わないという異論もある。実際には616であるとする説も提唱されている。
また、16章16節にあらわれる「ハルマゲドン」という言葉に関しては、本来の意味が知られずにおどろおどろしいイメージだけが独り歩きしている感があるが、本来「メギドの丘」という意味であり、黙示録の中では神との戦いに備えて汚れた霊が王たちを集める場所をさす名称である。メギドは北イスラエルの地名で戦略上の要衝であったため、古来より幾度も決戦の地となった。このことから「メギドの丘」という言葉がこの箇所で用いられたと考えられている。
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