マクドナルド(英語 : McDonald's)はアメリカに本社を置くファストフードチェーン店。またはその登録商標である。
当初、マクドナルド兄弟が開いた店舗はハンバーガーショップではなかった。ハンバーガーもマクドナルド兄弟の発明品ではなく、それ以前からアメリカ全国にあった料理だった。にもかかわらず、その後の世界展開により広く認知されるようになったことから、マクドナルドはしばしばハンバーガーの代名詞ともされる。
主力製品である「ビッグマック」を国際購買力平価の指標として用いるビッグマック指数が提唱されるほどマクドナルドはよく知られている。その一方、ケンタッキー・フライドチキンと共にグローバリゼーションの代表として、欧米・アジア圏で店舗が襲撃されるという事件も起こっている。
現在は、ハンバーガーチェーンだけではなくアロマカフェ (Aroma Cafe)、ボストン市場 (Boston Market)、Chipotle Mexican Grill、ドナトスピザ (Donatos Pizza)、Pret A Manger などのチェーン店も展開している。2001年の間の売り上げは148億7000万米ドル、純利益16億4000万ドルだった。
1954年、ミルクシェイク用ミキサーのセールスマンで企業家のレイ・クロック(Ray Kroc)が、ミキサーを売りに兄弟の店にやってきたとき、マクドナルドの仕組みについて興味を持つようになった。特にクロックが興味を持ったのは、マクドナルド兄弟のレストランの回転が大変に速く、相当数の人数の客を次々とさばくことができることだった。すっかり感心したクロックは、ミキサーのメンテナンス(修理および調整)のためにレストランにやってきたとき、マクドナルドのシステムをフランチャイズ形式にして、システムそのものを売る商売を始めてはどうかと兄弟に勧めた。
クロックは、マクドナルドを売り込むために熱心に働いた。彼は、近々できるディズニーランドの中にマクドナルドのレストランを入れるように積極的に売り込んだ。この試みは失敗したが、このときにウォルト・ディズニーにも直接売り込んだ。
結局、クロックは、イリノイ州デスプレーンズに最初のフランチャイズ店を出店した。これは即刻大成功となった。クロックは新しい会社を作った。社名は"McDonald's Systems Inc."(マクドナルドシステム会社)。この会社は1955年3月2日に設立された。1960年には、社名を"McDonald's Corporation"(マクドナルドコーポレーション)に変更した。
クロックのマーケティング戦略のうちの一つは、家族向けの店舗にすること。特に子供を商売の対象とすることだった。1960年代初め、ワシントン特別市でマクドナルドのフランチャイズ権をとって営業していたオスカー・ゴールドスティン (Oscar Goldstein) という人物が、ウィラード・スコット (Willard Scott) というピエロが所属するBozo's Circus(荒くれ男のサーカス)という名の出し物のスポンサーについた。この出し物が中止されると、ゴールドスティンはマクドナルドのマスコットとしてスコットを雇った。このとき、スコットは、マクドナルドにちなんで、「ロナルド・マクドナルド」(Ronald McDonald) という役名で呼ばれることになった。なお、日本では、販売戦略上の理由(発音しづらい点でも)から「ドナルド・マクドナルド」と呼ばれている。
ロナルドは求められていた役に比べて少々太り気味であったが、このキャラクターが広告に出ることにより、マクドナルドのチェーン店はアメリカ全土に広がることになった。これに続き、ロナルド以外のマクドナルドキャラクター全員が開発されていった。
クロックのマクドナルド兄弟との契約は、兄弟が生産工程について責任を負い、会社の株式による利益を受け取る。そのかわりにクロックが販売拡張の全責任を負うことになっていた。1961年までに、クロックは拡張に失敗した。すっかり裕福になりそれ以上余分な仕事をしなくてもよいと計算したマクドナルド兄弟は、270万ドルでマクドナルドの全権利をクロックに売り渡すことで合意した。この金は、クロックが多くの投資者からかき集めたものだった。投資者の中にはプリンストン大学も含まれる。この契約では、マクドナルド兄弟は、自分たちの店を "The Big M"(ザ・ビッグM)という名前に変えてそのまま続けてもよいことになっていた。
クロックがそのマクドナルド兄弟の店のほんの1ブロック北に自分の店を開くまでに、あまり時間はかからなかった。もしマクドナルド兄弟が、もともとの契約(全チェーンの年間売り上げの0.5%を兄弟に支払う)を維持していたら、現在、兄弟は年に1億8000万ドルを手にすることになっていたはずである。なおマクドナルド兄弟の店はその後閉店し、今はもうない。
これ以来、マクドナルドコーポレーションは、世界の至るところに店を開いた。1990年1月31日、ソビエト連邦のモスクワで、共産圏初のマクドナルドハンバーガーショップが開店した。マクドナルドが貧民のための低級で不健康な食物とされているアメリカ合衆国と違い、ロシアや中華人民共和国など世界のいくつかの地域では、マクドナルドはステータスシンボルになっている。
また、マクドナルドは、清潔で臭くないために賞賛もされている。マクドナルドのビッグマックの価格は、ビッグマック指数と呼ばれ、通貨間の購買力平均価格の比較手段として使われた。この指標の考案者は、イギリスの経済雑誌『エコノミスト』誌(The Economist)である。マクドナルドの標準化は、同時に生活様式や経済活動のグローバリゼーションを意味した。トム・フリードマンは自著の『レクサスとオリーブの木』の中で"黄金のM型アーチ理論"として「マクドナルドのある国同士は戦争を行わないだろう」と予言した。この予言は、アメリカのセルビア爆撃によって破られた。
上記のようにMcDonald's をマクドナルドと発音しても英語では通じない(スペインでは通じる)。発音を綴れば IPA href="http://articles.gourt.com/ja/SAMPA">SAMPA [m{kdO:n@ldz (マクダーナルズ、または、マクダーノーズ (太字はアクセント))になる。しかし、日本マクドナルド初代社長の故藤田田が、「『マクダーナルズ』では日本人には発音しにくく馴染まないから、日本語的に3・3の韻になるよう」に決めたため、マクドナルドとなった。
フランチャイズ契約の条件として、ほとんどのマクドナルド店舗は、店舗の不動産をマクドナルドコーポレーションが持つ。フランチャイズ会社は、売り上げの一部を賃貸料としてマクドナルドコーポレーションに支払う。マクドナルド創立者の1人 Harry.J.Sonneborne はこう言った。「われわれの商売は不動産業である。われわれがハンバーガーを売る唯一の理由は、フランチャイズ会社がハンバーガーを売ったときの利益が、最も多くの賃貸料をわれわれにもたらすからだ」。
徹底的な省力化・効率化を行い、注文後すぐに商品が出てくるようになっているのが特徴である。たとえば、また、メニューに載せる品数も少なくし、食材の無駄を省いている。この仕組みは、その後の多くのファーストフードチェーンの見本ともなった。
焼くプレートや揚げる油の温度、時間も決められており、調味料もボタン1つでハンバーガー1個分が自動噴射されるしくみである。若干の訓練を受ければ誰が作っても同じ大きさ、同じ形、同じ味のものができる。調理工程も簡略化され、付け合せなども極力簡略化して、高速で調理できるようになっている。完成した製品はいったんレジ裏にストックされ、注文が来るとすぐに売られる。
2004年頃までは、作り置きをしていたため(7~10分)売れ残った分は捨てられる。この仕組みが批判される原因になったが、よほど特別なことがない限り客の数はある程度予測でき、捨てる分はほとんど出ないとされる。
2005年、注文を受けてから高速調理を行い、客が受け渡し口まで歩いていくまでの間に製品を完成させる「メイドフォーユー」という新システムの導入がほぼ全店舗で完了した。メイドフォーユーシステムは売れ残りや食材のストックをなくすことにより、バーガーを作るコストを下げ、ハンバーガー一個65円で提供するためのシステムであったが、すべての客に出来立てを提供できるという効果もある。メイドフォーユーのシステムでも、注文の分よりも多く作ってしまうことによる廃棄はあるが、総じて廃棄量は激減した。
そのまま車を前に動かすと、商品受け渡し口がある。ここでまず代金を支払い、それから紙袋に入った商品を受け取る。雨が多い地域では商品を濡らさないために配慮されており、日本の店舗では受け渡し口には通常屋根がある。商品を受け取った後車を動かすと、公道へ出る。このようにして車からの出入りなく購入が可能である。
ただ購入商品が多く、調理に時間が掛かるような顧客の場合には、いったんドライブスルーの進行レーンから外れて待機する場所が設けられており、其処で待たされる場合もある。この場合は店舗スタッフが調理後の商品を自動車の窓まで運搬してくれるため、やはり車から降りる必要がない。
これらのドライブスルーは主に、普通乗用車やワゴン車を対象としているが、(商品を抱えて走行する事から安全性の面でお勧めできないが)オートバイや自転車でも利用できないことはない。ただし、店舗によっては安全上の理由(自動車による追突など)で断られる場合もある。また、トレーラーやトラックの場合は、高さ制限により利用できない店舗もある。店舗によってはこれらトレーラーやトラックの利用に配慮したドライブスルーを設けている所も、幹線道路沿線に見られる。
ノルウェーには、運河沿いにボートに乗ったままマクドナルド商品を購入できる“ボートスルー”こと「マックボート」という施設もあるとの事だ。(→*)
製品はほとんどが紙に包まれて売られる。多少のプラスチック分(ストローなど)が入ることもある。(現在、ストロー等のプラスチック梱包も紙梱包への切り替えが推進されている。)このため、片付けはトレイの上にあるものをゴミ箱に捨てるだけでよく、食器を回収して洗う必要がない。そのかわり、何を買っても必ず廃棄物が出るという批判の原因ともなった。
店内で購入して持ち帰ることも可能である(テイクアウト)。なお、マクドナルド職員のトレーニング施設はイリノイ州オークブルックにあるハンバーガー大学である。
日本の店舗の形態は通常店舗(トラディショナル店舗。「トラ」と略されることが多い)とミニマック(サテライト店舗。「サテ」と呼ばれることが多い)に分かれる。ミニマックは厨房が狭く、メニューが非常に限られる。そのかわり、低支出での出店が可能で、90年代に数多く開店した。サテライト店舗は必ず母店舗となるトラディショナル店舗をもつ。トラディショナル店舗は配下のサテライト店舗を統括する。店員や食材の不足は、この2店舗間で融通する。2店舗以上を配下に置くトラディショナル店舗もごく普通に存在する。なお、現在はミニマックの出店を凍結し、中規模以上の大型店(客席数150~)を一等地のみに出店する戦略に転換している。
マクドナルドの看板は、赤い背景色に黄色の文字だが、京都市内の一部店舗は景観保護条例による規制で背景色が茶色になっている。また、東京豊島区にある巣鴨店では高齢者が多い土地柄、メニューの表記が高齢者向けにされていることで知られる(ポテト→おいも、チキン→とりにく、ドリンクのS・M・L→小・中・大)。
具体的には、看板はそのままに店舗内外装を見直しこれまでの原色基調から中間色基調で設計。内装からドぎつい風合いをなくし、清潔感と落ち着きのある木材系、打ちっぱなしの壁などを取り入れ、テーブルや小物類もファストフードというよりダイニング的な温かいものをあつらえ、全体的に静かでシャレた雰囲気にまとめあげた。合わせて飲料のカップにも図柄を施し、五輪開催に伴ってアスリートの写真をイメージしたカットを挿入。コーヒー類のカップは他と区別できるものに意匠変更した。
このほかに、特別なテーマをもった店舗が存在する。具体的には、ロックンロールマクドナルド、1950年代風レストランなど。郊外の新しい店舗には、マクドナルドプレイランドという大きな屋内遊戯施設(屋外のこともあり)を持つものが多い。
黄色の「ゴールデンアーチ」と呼ばれるマクドナルドのマークは、マクドナルド店舗の位置を示すため、高いポールの上に設置されることが多い。日本ではこれをサインポールと呼ぶ。このマークに使われている赤と黄色は、広告を活用する多くの会社がよく使う配色でもある。
日本では90年代初期~中・後期にかけて、ドナルドがしゃべっているCMが多かったが、90年代末期からドナルドはしゃべらなくなり、「ドナルド=しゃべらないキャラクター」という印象が現代の幼稚園~中学生に残ってしまった。(90年代初期~中・後期のしゃべるドナルドを知る世代にとってはしゃべらないという印象がない)2006年には数年ぶりにドナルドがしゃべったが、この際「ドナルドってしゃべるの?」というCMが放映され、既にしゃべっていることを知る世代に違和感を与えた。
以前はビッグマックポリスというイメージキャラクターもいたが、現在は全世界で使用が中止されている。警官であるビッグマックポリスがドナルドなどを監視する印象を与えるためという説明がされている。もうひとつ「平和なドナルドランドに警察はいらない」という説もある。
1995年ごろから、マクドナルドのフランチャイズ側は、マクドナルドコーポレーションに不満を抱くようになった。マクドナルドがあまりにもあちこちにフランチャイズ権を与えたので、フランチャイズ店舗同士が競合しあうようになったのである。マクドナルドはこの頃から、フランチャイズ権を与える前に市場への影響調査を行うようになった。ちなみにこの頃に日本の店舗では試験的にカレーライスを販売したことがあった。
2002年、第4四半期までの間、マクドナルドは毎期損失を出している。より高品質なハンバーガーや、より多面的サービスを提供している他のファーストフードレストランチェーンとの競争が激しくなっている。アメリカのレストラン専門雑誌による2002年調査によると、マクドナルドの順位はバーガーキングとホワイト・キャッスルより下で、ハンバーガーの食品品質は第15位であった。市場調査会社によればマクドナルドのシェアはここ5年で3%低下し、現在、15.2%である。サンドイッチチェーンのサブウェイが全米で第1位のシェアを持っている。
マクドナルドは、世界最大のファストフードチェーン会社として、「不健康(栄養的でない)な食物を提供している」、「過剰包装で資源の無駄遣いである」、「子供を対象にした宣伝は搾取的である」、「原材料の肉などの生産が生態系を破壊している」、「廃棄物の処理が不透明である」などという批判の対象となった。その多くは的を得たものであるが、単に自分(たち)の名を売るだけのために、マクドナルドに訴訟を起こしたような例も多い。
なかでもマクドナルドでのアルバイト勤務は典型的なものと見られ、これらの低技能・低賃金・低地位のサービス業勤務は「マックジョブ」と呼ばれるようになった。(マクドナルドはこの用語の使用に反発している)。
湾岸戦争やイラク戦争などでアメリカが他国に侵攻する期間、中東の店舗は放火されたり破壊されたりした。また、イギリスでは批判的な活動家がロンドンにある店舗を爆破し逮捕された。また、廃棄物処理や過剰舗装などの問題点が指摘されるマクドナルドはジョゼ・ボヴェ(José Bové)のような急進的な環境活動家の標的にもなった。
また、マクドナルドは、イギリスの歴史において、最も裁判期間の長い民事裁判の記録を持っている。これはしばしば「McLibel」事件と呼ばれる。ロンドン通りでマクドナルドを中傷するビラを配ったとして、マクドナルドは失業中の環境活動家の Helen SteelとDavid Morris の2名を名誉毀損で告訴した。イギリス法廷において、部分勝訴を勝ち取ったにもかかわらず、訴訟は会社にとって当惑の種となった。マクドナルド側は訴訟で勝ち取った4万ポンドを受け取ることは断ったにもかかわらず、裁判記録は欧州人権法廷の記録に残ることになった。
この事件についての詳細は、マクドナルド・コーヒー事件の項目を参照のこと。
2002年にソフトバンクと提携して一部店舗では店内で無線LANサービスが無料で受けられるようになった。2005年、同サービスを「Yahoo!BBモバイル」サービスとして、全国の店舗で(一部を除く)を開始した。
2005年に、レジの円滑化を図るために10円以下の消費税などの端数分を値下げし最大138円分の値下げを4月19日より実施すると発表した。3品目値上げする商品があるものの、全体的には数パーセントの値下げとなる。しかし、サービス向上策をより一層強化するため、2006年5月13日より、一部の単品やセットメニューの20~40円程度の値上げが実施された。
同社の学生に対する採用活動の姿勢は高く評価されており、日経社による採用活動満足度ランキングで2位となっている。なお、2005年、採用を担当する部署であるリクルート部は、店舗のスタッフィングをサポートするという決意表明を表すため、フィールドスタッフィング部に呼称を変更した。
2006年1月現在、世田谷・高知・大阪吹田・仙台の4ヶ所にドナルド・マクドナルドハウスを開設している。全国のマクドナルド店舗では「はやく元気にな~れ募金」を行っている他、顧客がハッピーセットを1つ購入する毎に同財団に1円寄付する取り組みを行っている。
詳細は日本マクドナルドの項を参照。
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