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マイバッハMaybach)は、ドイツエンジン製造会社。1966年ダイムラー・ベンツの傘下となり、1969年にはMotoren und Turbinen Unionと改名された。2002年にはダイムラー・クライスラーの乗用車の商品名として復活している。

日本では短命に終わった悲運のディーゼル機関車とし有名なDD54形のエンジンメーカーとして知られる。また、JR貨物DF200形ディーゼル機関車の初期型もMTUのエンジンを搭載している。

歴史


Maybach 57 ornament.jpg | ゴットリープ・ダイムラーと共にエンジン研究を行っていたウィルヘルム・マイバッハ1909年に息子であるカール・マイバッハと設立したのが始まりである。ウィルヘルムは当時のダイムラー社の主任技師として、1901年に発売されたメルセデス第1号車を設計。1909年にダイムラー社を去り、ツェッペリン伯爵のために会社を設立(Maybach-Motorenbau GmbH)。V型12気筒エンジンを搭載した飛行船ツェッペリン号のエンジンを製作していたのはマイバッハであり、これにより世にその名を知らしめることとなった。第一次世界大戦後は自動車や鉄道用のエンジンを製作した。1935年以降第二次世界大戦終結までドイツ軍戦車のエンジンはほぼマイバッハ製のものが独占していた。1952年のカール・マイバッハ引退を期にダイムラー・ベンツが 50% の株式を所有するようになり、後に傘下に納められた。その後身である MTU 社も戦車用エンジンの製造を行っている。

乗用車


第二次世界大戦前

1920年から1930年にかけてマイバッハ社は超高級乗用車を製作していた。代表的な車種はマイバッハ・ツェッペリン。そのマイバッハ・ツェッペリンの価格は36000RMでグローサー・メルセデス(41000RM)に次ぐ価格である。

新・マイバッハ

ダイムラー・クライスラー社は2002年にそれに由来した名称を冠した高級車を発表した。これは世界の王族や大富豪の需要を満たすために、威信をかけて開発・生産をした高級車であり、現在考えられるであろう最高の技術と厳選した素材を使用している。オーダーメイド制で内装の化粧板をウッドパネルから大理石にする事も可能。またドイツのマイスターが手をかけて1台1台作成するため、非常に高価(日本円で最低でも4000万円、最高級のオーダーメイドプランを組んだ場合は1億円にもなると言われる。)である。グレード名はホイールベースに基づくものでSWB仕様の57とそのスポーツ仕様の57S、LWB仕様の62の2仕様が存在する。マイバッハシリーズは62を基準に作られたという。ローマ教皇ベネディクト16世の専用車両の候補にロールス・ロイス・ファントムやベントレー、BMW・X5と並んで挙がっているという噂がある。

名称の由来
当初、この車にもメルセデス・ベンツの名を用いる案があったが、「Sクラス」こそが最高のメルセデスであるという声に配慮したことと、従来のメルセデスとは異なる販売方法を採用したために、あえてマイバッハという別名を冠した。もっとも、ウィルヘルム・マイバッハは、ゴットリープ・ダイムラーと共に世界初の4輪ガソリン自動車を発明した人物で、ダイムラー、カール・ベンツと並び、ガソリン自動車の発明者の一人に数えられる人物であるとともに、その存在が無ければ後のダイムラー・ベンツ、ひいては今日のダイムラー・クライスラーは無かったとも言われる技師であり、ダイムラーの最高級車に冠される名前としてふさわしいことは言うまでもない。

外部リンク


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