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ヒノキ)は、ヒノキ科ヒノキ属の針葉樹人工林として多く植栽されている。

ヒノキは、日本の本州中部以南、九州まで分布する針葉樹である。大きいものは30mを越えることが知られている。台湾本島にはタイワンヒノキ(台湾扁柏、 Chamaecyparis obtusa var. formosana)という変種が分布している。

葉は鱗片状で枝に密着し、枝全体としては扁平で、細かい枝も平面上に出る。雄花は枝先に1つづつつくが、小さくて目立たない。春に花粉を飛ばす。雌花は球形で枝先につき、熟すると鱗片にすき間ができる。その形はサッカーボールにちょっと似ている。樹皮は褐色で、帯状に剥がれる。

乾燥した場所を好み、天然のものは尾根すじの岩場などに見られる。植林する場合にはスギを谷側に、ヒノキを尾根側に植える。建材を目的として植林されるが、樹皮も檜皮葺の材料に使われる。

建築材としての歴史


日本では古くから建築用材として用いられる。特に寺院神社の建築には必須で古くから利用されたため、大径材は奈良時代にすでに不足をきたしていた。現在では、一般家庭でも多く使われ、特に和式の様式を持った建築物に高級材として使用される。

伊勢神宮では 20 年に 1 度、社を新しく建て替える式年遷宮と呼ばれる行事が行われ、大量のヒノキ材が必要となる。古くは伊勢国のヒノキを使用していたが、次第に不足し三河国美濃国からも調達するようになった。18世紀には木曽山御杣山と正式に定め、ここから本格的にヒノキを調達するようになった。

明治時代になって、調達の困難さが明治天皇にまで伝わるところとなり、恒久的な調達を可能にするため神宮備林においてヒノキを育成することになった。さらに大正時代に入り伊勢神宮周辺に広がる宮域林においてヒノキを育成することになり植林を行った。これらの植林計画は、樹齢 200年以上のヒノキを育成することを目標としており、長期的展望に立った計画である。

また、この時期、台湾を統治した日本は、変種のタイワンヒノキや同属異種のベニヒChamaecyparis formosensis)の大木を求めて、森林鉄道を敷設して、日本本土にも輸送を行い、一部は神社建築にも使用した。

木曽山の神宮備林は1947年に廃止され国有林に編入されてしまったため、その後はこの国有林からヒノキを購入して式年遷宮を行っている。伊勢神宮の式年遷宮後、前回の式年遷宮で使用されたヒノキ材は日本全国の神社に配布されそこで新たな式年遷宮が行われ神社の社となる。

生産地


ヒノキは、全国に生産地があり、各地に有名木材が存在する。この為、有名木材に見せかけた産地偽装が多い品目の一つである。これを防止するため、生産から流通を一貫している特定の業者に対し認証制度を制定している県もある。

その他


ヒノキの名称は、「すぐ火がつく」から「火の木」となったとの説もあるが、上代特殊仮名遣いによると、ヒノキの「ひ」は甲音であるのに対して、火の「ひ」は火は乙音なので、上代特殊仮名遣いを前提とするならば、この説は妥当ではない。もっとも、錐もみ法で火を付けるときにヒノキを用いることも多い。

樹木から採取される精油成分に「ヒノキチオール」と命名されているものがあるが、本邦産のヒノキには「ヒノキチオール」は含まれていない。これはタイワンヒノキから分離されたのが最初であったためである。これは日本ではヒバから採っている。

ヒノキ科の樹種としては、日本ではヒノキの他にサワラアスナロクロベビャクシンなどが知られている。また、中国原産のコノテガシワ地中海沿岸のイトスギ、北米のアラスカヒノキなどもヒノキ科の樹木である。なお、最近の分類では従来のスギ科(スギセコイアメタセコイアなど)もヒノキ科に統合する考え方も提示されてる。

ヒノキ科は、中生代に登場した起源の古い植物群で、現在は日本のスギの他、アメリカ大陸のセコイア、中国のメタセコイアコウヨウザンなどが遺存的に分布している。

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外部リンク


ヒノキ植物生態研究室(波田研)

| 裸子植物

Solcypres | Hinoki-Scheinzypresse | Chamaecyparis obtusa

 

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