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バリャドリッドValladolid)はスペインの都市。カスティリャレオン州の州都。一時期、カスティリャ王国スペイン王国の王宮がおかれた。16世紀後半のスペイン王であるフェリペ2世の出生地。バリャドリードバリャドリーなどとも表記される。人口は約32万1千人(2004年)。

地勢・産業


ピスエルガ川沿いに位置する工業都市。スペイン中北部における交通の要所であり、農作物の集散地としての役割も果たしている。近隣の都市としては、約110キロ南西のサラマンカ、120キロ北西のレオン、160キロ南東のマドリードなどが挙げられる。

歴史


ケルト人が居住していたが、ローマ帝国に征服され支配下におかれた。その後、西ゴート王国の支配を経て、一時はイスラーム勢力であるウマイヤ朝の侵入を受けた。その後、キリスト教勢力によるレコンキスタ(再征服運動)が進展する中で、11世紀にレオン王国のもと都市が建設され、キリスト教勢力にとっての根拠地の一つとなった。1346年にはバリャドリッド大学も建てられ、学芸の振興も図られた。1469年、カスティーリャ王国の王女イサベラ(のちのイサベル1世)と、アラゴン王国の王子フェルナンドが、この都市で婚礼を行った。

1550年から翌年にかけて、この地でラス・カサス(『インディアスの破壊に関する簡潔な報告』でアメリカ大陸における現地民迫害を告発したドミニコ会士)は「バリャドリッド論争」を行い、ファン・ヒネス・デ・セプルベダと論戦を繰り広げた。

1860年に鉄道が敷設された。このことを契機として工業化が進展し、人口も激増していった。1936年に勃発したスペイン内戦では、早い段階でフランコ将軍の勢力下におかれた。第二次世界戦後は、外国資本の流入などもみられ、引き続き工業都市として発展をみせている。

観光


バリャドリッドはクリストファー・コロンブスの没地であり、コロンブス博物館が建てられた。サンタ・マリア号の模型や当時の史料などが展示されている。

スポーツ


レアル・バリャドリッドが、バリャドリッドを本拠地とするサッカークラブ。かつて、元日本代表FWの城彰二が所属していた。近年は1部と2部の往復が続いている。
Estadio José Zorrilla Real Valladolid.jpg

外部リンク


スペインの都市

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