ドレスデン (Dresden) は、ドイツ連邦共和国ザクセン州の州都でありエルベ川の谷間に位置している都市である。ドレスデンの人口は490,000人(2006年)である。
ドレスデンはザクセン選帝侯の宮廷都市として栄えた。代々のザクセン選帝侯は、12世紀末からドレスデン城に居住していた。この城のアウグスト通り沿いの外壁には歴代君主たちを描いたおおよそ100メートルにわたる壁画「君主たちの行列」がほぼオリジナルの状態で現存している。1732年、フリードリヒ・アウグスト1世は、城から近い場所に自らの居城として後期バロック様式によるツヴィンガー宮殿(Zwinger)を建立した。この宮殿はドレスデンを代表する建築物となっている。 第二次大戦では無防備都市宣言をしていたが、徹底した爆撃にあい市内中心部はほぼ灰燼と化した (ドレスデン大空襲)。ソ連占領地域にあったため戦後はドイツ民主共和国(東ドイツ)領となりライプツィヒなどと並ぶ工業都市として発展、一方で歴史的建築物の再建がすすめられた。近年では観光地としての発展も顕著で、東部ドイツ有数の大都市として賑わいを見せている。1989年の東西ドイツ統合後、聖母教会 (Frauenkirche) などの歴史的建築物の再建計画が一層推進されつつある。
ザクセン侯の美術コレクションは現在ツヴィンガー宮殿の一角を占めるドレスデン美術館、アルテ マイスター(Alte Meister)などで展示されている。アルテ マイスターのコレクションの中にはラファエロの「システィーナの聖母」が含まれる。そのほかレンブラント、ルーベンス、クラナハ、デューラーなどヨーロッパを代表する画家たちの膨大な数の作品が公開されている。この美術館はヨーロッパでも重要なコレクションを有する施設のひとつと言ってよいであろう。
上記の様な旧市街 (Altstadt) で主に見られる文化の他に、新市街 (Neustadt) の文化も興味深い。
名前だけから見ると若そうにとれる新市街は、実は旧市街よりも歴史は断然古い。 ザクセン選帝侯時代、今の新市街地区のほぼ全域を焼失させる大火災があった。そこから比較的早く復興したため、それを記念し、全く新しく生まれ変わって反映してほしい、という意味を込めて、選帝侯が Neustadt と名付けられたと言われている (原典不明) 。
築 100 年を超える建物が多く、世代を超えても当時の雰囲気を比較的良く保っている、数少ない街である。空襲で完全に焼け落ちたにもかかわらず、歴史的建造物を除き Altstadt 以上によく保守された地区と言ってもよい。
街の空気がやや古典的で、狭い路地が続く町並みには、レストランやバーが無数に存在し、週末は地元人達で賑う。また、美術・芸術家などの個展や、演奏会・音楽サロンが街のあちこちで毎週のように開かれ、地元人の関心も常に高い。文化・芸術が生活と密接に関わっているドレスデンならでは、と言えよう。
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