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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が生産していた乗用車である。

歴史


A20系(1970年-1977年)

フォードマスタングのヒットに倣って、1970年12月にデビューした量産車としては日本初のスペシャリティカー(これまでにもスペシャリティカーとして、プリンス・スカイラインスポーツシルビアが存在したが、大変高価だった)。ヤマハ製の名機2T-G型エンジンを積んだ最上級モデルの1600GTを除いては特定のグレードを持たず、それぞれ3種のエンジントランスミッション・外装と、8種の内装をユーザーの好みによって組み合わせる"フルチョイス・システム"の導入が話題を呼んだ。キャッチコピーは「恋はセリカで」。CMソングは小林亜星の作曲である。

1973年4月にはテールゲートを備えたLB(リフトバック)が登場している。モデル末期の1977年には特別仕様車として、「ブラックセリカ」も登場した。

WRC(Group 2)には最高出力を135psまで上げたTA22型で参戦(1972年-1973年)、RACラリー9位。1976年からはRA20型をベースにした車両(エンジンは独シュニッツァー社が製作、18R-Gを1968ccにボアアップ、最高出力200ps)に変更、1978年まで戦う。

A40系(1977年-1981年)

1977年8月、2代目にフルモデルチェンジ。先代と同じくカリーナと共通のフロアユニットに2ドアクーペ、あるいは3ドアのリフトバックボディを架装するが、先代がいずれもセンターピラーのないハードトップだったのに対し、新型は双方ともピラーを備える。1978年3月には、LBにサンルーフ付きを加え、翌4月には米国市場における対フェアレディZを主眼にした上級モデルのセリカXXが登場する。

広告でのキャッチコピーである「名ばかりのGT達は道をあける」は、当時のライバルであったスカイラインSOHCエンジンで「GT」を名乗っていた事に対してのきつい回答である。

WRC(Group 4)には1978年の1000湖ラリーからRA40型(最高出力230ps)が参戦する。1981年にはアイボリーコーストラリーにて最高位の準優勝を飾る。なお、1979年のRACラリーからDOHC4バルブのエンジン使用が許可されたため、ベース車両はRA63型に移行する。

A60系(1981年-1985年)

1981年7月にモデルチェンジした3代目は、より一層スペシャルティーカーの要素を強めて登場した。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズも含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディは先代同様にLB(リフトバック)とクーペの2種類。1982年にはWRC(Group B)ホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。

1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを大排気量化した4T-GTEUをさらに2090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃える Group B 時代のサファリラリーで三連覇を飾った。

ST/AT160系(1985年-1989年)

1985年8月、4代目にモデルチェンジし前輪駆動への大変革となった。FFコロナ/カリーナのフロアパンをベースにしているため、セリカにはコロナクーペカリーナEDという姉妹車も生まれた。スタイリングは、トヨタで流面形と呼ぶラインを採用。キャッチコピーは「流面形・発見さる」で、風紋がくっきり出た砂漠にセリカが置かれ、バックにプッチーニ作曲の「蝶々夫人」が流れる。1986年にはトヨタ初のフルタイム4WDである排気量2000ccのGT-FOUR(ST165型)が満を持して登場した。

WRCではGroup Bが廃止された後、1987年トヨタチームヨーロッパ(TTE)はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。キャッチコピーは「流面形・極まる」で、テレビCMはレッドマイカ色のセリカが疾走するサイドボディーが映る内容となっている。TTEはGroup Aで勝つために5000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとし、X-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。そして1990年に、カルロス・サインツの手によって、日本車初のドライバーズタイトルを獲得することとなった。

4A-GE型エンジンを搭載した廉価版も用意されていた。

映画「私をスキーに連れてって」でスキー場をGT-FOURが走る1シーンがある。

ST180系(1989年-1993年)

1989年9月、フルタイム4WDを擁するセリカは5代目にモデルチェンジ。シャーシは先代をベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。キャッチコピーは「WANTED・NEW CELICA」。CMにはエディ・マーフィーが出演した。1990年にはラインナップの追加として先代同様、輸出仕様車のみの設定のクーペボディを米国ASC社によって改造されたコンバーチブル、GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーによりワイドボディ化されたGT-FOUR A(アドバンス)が登場した。

1991年8月には、コンビランプや細部の意匠および、サイド・ドア・ビームなどの安全性や、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。また、これによりGT-FOURは全車ワイドボディ(3ナンバー)となり、A(アドバンス)はラインナップより消滅した。そして同年9月には、ST18#系の最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルであるGT-Four RC(ST185H型)が発表された。RCとはラリー・コンペティションの略である。生産台数はグループA規定の5000台で、日本国内にはそのうち1800台が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。

空冷インタークーラーとセラミックタービンを搭載したST185型は、1989年に登場していたが、WRCへの参戦は、水冷インタークーラーとメタルタービンを搭載し、ワイドボディ化とブレーキサイズ拡大によりタイヤ選択と制動力を高めたST185H型GT-Four RCがベースとなる1992年からである。そして1993年には、ついに宿敵ランチアデルタ・インテグラーレを倒し、トヨタは初めてWRCのメイクスとドライバーズのダブルタイトルを掌中に収めた。

ST200系(1993年-1999年)

1993年10月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化されている。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。"WRC仕様車"という、国内限定2100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。

1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが車両の開発状況が思わしくなく、オーストラリアでのデビューとなる。また、1995年にはターボリストリクターのレギュレーション変更が行われたため大型化したボディをパワーでカバーしていたST205型は苦戦を強いられた。そして最大の災難は、カタルニアでのリストリクター違反発覚である。これが基でWRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。

ZZT230系(1999年-2006年)

1999年10月にフルモデルチェンジ。トヨタアメリカのデザインチーム「CALTY」がデザインを手がけた、つり目が特徴。新設計のZZT系エンジンは先代から200ccスケールダウンした1800ccとなるも、トップグレードSS-IIが搭載する2ZZ-GE型エンジンは連続可変バルブタイミング・リフト機構VVTL-i)を備え、190馬力を出力する。

GT-FOURのグレードが廃止され、カローラレビン/スプリンタートレノとの統合が図られたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60~90kgの軽量化を果たしている。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-IIではそれほど値が下がらず同グレードのSS-IIスーパーストラットはZZT系の方が幾分か高くなっている(消費税抜き)。SS-Iのみ大幅に10万程下がっている。(GT-FOURとSS-IIIは当モデルでは存在しないので比較対照にはしていない)

ボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらずベースプラットフォームにビスタの4WD仕様を採用することでリア・サスペンション形式がダブルウィッシュボーンとなっている。

折からのスペシャリティーカー市場の不振の煽りを受け2006年4月をもって生産終了。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。

トヨタの歴史(メイン車種)


  • 55 トヨペット CROWN
  • 57 トヨペット CORONA
  • 61 パブリカ
  • 66 COROLLA(パブリカとコロナの間)
  • 68 コロナ マークⅡ(コロナとクラウンの間)
  • 70 CARINA/CELICA(カローラとコロナの間)
  • 73 パブリカ スターレット
  • 78 CELICAxx(後のスープラ)
  • 80 CELICA CAMRY(2代目カリーナの派生車)
  • 81 ソアラ
サンライズ期
  • 84 MR2
  • 85 カリーナED/コロナ クーペ(セリカの姉妹車)
バブル期
  • 89 コロナExiv
  • 89 CERSIOR
  • 91 ウインダム(カムリの上級車)
コストダウン期(ブロンズ、グレー、ブルーからグリーンガラスへ)
  • 94 CARREN(セリカの正統な姉妹車)
ハイルーフ期
  • 99 ヴィッツ(スターレット後継車)

今の時点で、伝統的な車名はクラウン、カローラしか残っていない。 あとは、最近できたレクサスのブランドの為に、ヴィッツが残るのみである。 そして、ジンクスの頭文字Cも、同じくクラウン、カローラ、そしてカムリ、カルディナ、センチュリーのみである。

姉妹車


車名の由来


「天上の、空の、神々しい」という意味のスペイン語celicaより。

関連項目


自動車の車種

Toyota Celica | Toyota Celica | Toyota Celica | Toyota Celica | Toyota Celica | Toyota Celica | โตโยต้า เซลิก้า

 

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