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カローラ (COROLLA) は、トヨタ自動車が生産する小型の乗用車である。

1969年から2001年までの33年間連続して、派生車を作るなどし車名別国内販売台数1位を維持するなど、日本を代表する車種である。また、2002年には年間世界販売台数が初めて100万台を突破した。2006年現在世界140ヶ国以上の国で販売されており世界で最も多く販売されている乗用型の自動車でもある。その名前は同社の高級車、クラウンの「王冠」、コロナの「光冠」に対して、「花冠」を意味する。また、同社にはほかにカムリの「冠」がある。

現行モデルとしては、日本ではセダンの「カローラ」、ステーションワゴンの「カローラフィールダー(COROLLA FIELDER)」、ミニバンの「カローラスパシオ(COROLLA SPACIO)」、5ドアハッチバックの「カローラランクス(COROLLA RUNX)」がある。

型式表記の凡例


トヨタ自動車では通例として、「エンジン型式記号+車種記号+世代あるいはバリエーション別・開発順番号表記+開発順の車型番号・・・」の順に記される。

  • 例:初代カローラ KE10
    • 「Kシリーズのエンジンを搭載する(K)+カローラ(E)の+初代(1)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
  • 3代目コロナ RT40
    • 「Rシリーズのエンジンを搭載する(R)+コロナ(T)の+3代目(4)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
  • 初代コロナマークII RT60
    • 「Rシリーズのエンジンを搭載する(R)+コロナ(T)の+バリエーション(6)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
  • 2代目コロナマークII Lシリーズ MX20
    • 「Mシリーズのエンジンを搭載する(M)+マークII(X)の+2代目(2)+車体形状などの開発順(0などの数字)」

この項では、同一車種で異なるエンジンを搭載する場合の煩瑣な例を避けるため、各世代の表記についてはエンジンの型式記号を除いた「Exx系」と統一して呼称することとし、世代内の車種については、車種の特徴をあらわす意味も含め、通称としてエンジン記号も適宜付すこととする。

歴史


初代(E10系、1966年-1970年)

開発
1960年代半ば、日本では本格的なモータリゼーション時代を迎え、各自動車メーカーは車種の充実をはじめた。カローラは、エントリーモデルであり、国民車構想の流れを汲むパブリカと、量販車種であり、排気量のアップや車体の大型化により車格が上昇したコロナの中間に位置する量販車種として、1962年ごろに初めて企画された。トヨタは、パブリカが実用的に過ぎたため人気を得られなかったと分析し、実用以上の「魅力」を付加することを目標とし、開発理念として「80点主義」を掲げた。エンジンは、パブリカの空冷2気筒700cc(のちに800cc)に対して、先行して開発されていた水冷4気筒OHV式の1000ccエンジンを搭載することとした。

車両重量その他の計算から、時速100kmで巡航するために必要な最高出力を60psとし、その出力を余裕を持って発揮するという名目から、また、後述するサニーに対抗するため、発売前の最終段階にはエンジン排気量が1100cc(実際は1077cc)に決定された。エンジン形式はK型である。そのほか、フロアシフトによる4段トランスミッション、国産車として初のマクファーソン・ストラット式の前輪独立懸架(ただし、スタビライザーは横置きリーフ式)などの新機構が取り入れられた。また、トヨタはカローラ生産のために新工場(高岡工場)を建設し、年間2万台の生産と販売を目標とした。

ライバルの先行登場
ほぼ同時期、日産自動車でも、やはり大型化したブルーバード(P410型)の下位車種として、排気量1000ccの新型車が構想され、車名公募などのティーザー・キャンペーンが大々的に行われた。この車はダットサンサニーと名づけられ、1966年4月発売された。

発売前キャンペーン
サニー発売に遅れること5ヶ月、1966年9月に「カローラ」という車名と、セミファストバックスタイルのボディの一部のみを見せるティザー・キャンペーンが行われた。この時から用いられた「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーは、新開発のK型水冷4気筒OHVハイカムシャフトエンジンの排気量(1100cc)を表現したものであり、同時に「日本のハイ・コンパクトカー」を称して、パブリカや、あるいは同クラスの他社製品より上質であることを訴えた。初代カローラ(E10系)は翌10月、東京モーターショーで発表される。同年10月28日には「お茶の間発表会」と銘打ち、当時トヨタが提供していた日本テレビのゴールデンタイム(午後9時からの1時間)に特別番組「カローラビッグバラエティショウ」を放送、梓みちよ北島三郎坂本九など、当時の流行歌手が出演した。

このような発売前の大々的なキャンペーンを経て、カローラは翌11月に発売された。各グレードの販売価格は、スタンダード432,000円、スペシャル472,000円、デラックス495,000円であった。「100ccの余裕」は、余裕を謳う反面、税制上は不利であったが、販売台数はサニーを上回った。

車種の追加
発売当初は2ドアセダンのみのラインナップであったが、翌1967年5月、4ドアセダンとバン(KE16型)、トヨグライド式2速AT仕様車が追加された。4ドアは2ドアセダンの25,000円高、トヨグライド仕様はマニュアル仕様の38,000円高であった。ほぼ同時期、サニーにも同様の車種追加がなされている。

1968年4月にはマイナーチェンジが行われる。計器盤のソフトパッド化、メーターへの無反射ガラス採用、2スピードワイパーの標準装備化、オプションでフロントディスクブレーキが用意される(15,000円高)など、「33項目の安全対策」をアピールした。同時にクーペモデルのスプリンター(別項参照)が登場、セダンにも73psのツインキャブエンジンを搭載するSLが車種追加され、SL以外のグレードにはコラムシフト車も追加された。なお、この年から米国・欧州への輸出が開始された。

1969年9月の改良では、全車に排気量を100ccアップした3Kエンジンを搭載する(KE11型)。シングルキャブモデルは68psを発揮、新たに圧縮比を高めて出力を73psに増した3K-D型エンジンを積むハイ・デラックスが車種追加される。SLにはツインキャブの77psエンジン(3K-B型)が搭載された。また、乗り心地を向上させるため全車にフロントサスペンションのスタビライザーが横置きリーフ式からテンションロッド式に改められ、ロアアームの形状がA字型からI字型に改められた(フロントサスペンションの形状の一部改良、変更により本来の意味でのマクファーソン・ストラット式になった。この方式のフロントサスペンションはAE85型/AE86型のカローラレビン、スプリンタートレノまで踏襲される)。

ちなみに、E10系のデビュー当初のCMキャラクターは俳優の竜雷太を起用していた。

2代目(E20系、1970年-1974年)

1970年5月、初のモデルチェンジ。E20系となる。T型1400ccエンジン搭載モデル登場。クーペ発売。1972年3月には、2T-G型DOHCエンジンを搭載するレビン(TE27型)が登場。ステアリング形式は初代のウォーム・セクター方式からボール・ナット(リサーキュレーティング・ボール)方式に進化した。

CMキャラクターはマイク真木前田美波里夫妻であった。

3代目(E30系、1974年-1979年)

ひとまわり大きくなり、国際競争力も向上
1974年4月、E30系にモデルチェンジ。3代目カローラは、型式番号より「さんまる」と称されて登場した(同時にスプリンターはE40系となり、型式としては独立したシリーズになった)。

従来通り1200/1400/1600の3シリーズ構成で、グレードはセダン1200STD/DX/HI-DX/SL、1400DX/HI-DX/SL,1600HI-DX/GSL、ハードトップ1200DX/HI-DX/SL/SR、1400DX/HI-DX/SL、1600HI-DX/SR/GSL、そしてホッテストバージョンの「レビン」であった。

ボディータイプは2ドア・4ドアのほか、クーペに代わってハードトップがカローラ専用に与えられた(スプリンターはクーペが与えられた)。また、1200と1400/1600シリーズで2種類のフロント及びリアのデザインが与えられている。従来型よりひと回り以上大きくなったボディーは、走行安定性や室内居住空間の拡大といった「ゆとり」を生むとともに、来たるべき排出ガス規制にあわせ、処理デバイスを取り付ける空間の確保という意味合いもあった。

メカニズムは従来型のキャリーオーバーである。エンジンは1200が3Kの改良型3K-H(STD,DX,HI-DX)/ツインキャブレギュラー仕様の3K-B型(SL,SR)。1400がT型(DX,HI-DX)/T-BR型(SL)、1600が2T型(HI-DX)/2T-BR型(GSL)、そして2T-GR型(レビン)及び2T-G型(同有鉛ハイオク仕様)である。トランスミッションは4速MT、5速MT、2速ATの設定のほか、1400以上はコロナ用の3速ATも準備された。シャシーはフロントストラット、リアリーフスプリングである。

安全対策も充分に配慮され、全車フロントインストゥルメントパネルはフルパッドで覆われており、自動巻取式のフロント連続3点シートベルトはトヨタ車初の採用である。DX以上は衝撃吸収ステアリングコラムが、HI-DX以上はフロントディスクブレーキが標準採用されている。

このように、車格がコロナ並にあげられた3代目は、カローラの歴代中最も生産台数が多い車種となった。

オイルショックとキャンペーン自粛
当時は第一次オイルショックや排気ガス問題がクローズアップされ、自動車メーカーに対しても新型車開発及び発売自粛を求められていた時期で、発売前には国会で問題として取り上げられる事態となった。そのため、新聞広告を減らし、キャッチフレーズに新型と明記せず、従来型の20系を「にーまる」として併売するなど、いわゆる派手な新型車キャンペーンは自粛された。

排気ガス規制とマイナーチェンジ
昭和48年、50年、51年、53年排気ガス規制の間に販売された3代目は、エンジンの改良の度に変更が繰り返され、その過程で形式が30系から50系、55系と増えていった。変更の履歴概要は次の通り。

  • 1974年4月 カローラ30登場。
    • 1200シリーズ KE30(セダン)、KE35(ハードトップ)
    • 1400シリーズ TE30(セダン)、TE35(ハードトップ)
    • 1600シリーズ TE31(セダン)、TE37(ハードトップ)
    • バン 1200/1400 KE36V、TE36V

  • 1975年1月 ハイオク仕様車廃止。

  • 1975年11月
    • 1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式名はA-TE30(セダン)、A-TE35(ハードトップ)。
    • 1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式名はA-TE31(セダン)、A-TE37(ハードトップ)。
    • バンシリーズ 昭和50年排出ガス規制適合。型式名はH-KE36V/H-TE36V。
    • 2T-GR型エンジン廃止に伴い、レビンシリーズ生産中止。同時にデザイン小変更。ボンネット熱抜きグリルがダイカスト別体型からボンネットプレス一体型に。ドアロックが丸から四角に(セダン系)。
    • スピードメーターが180キロ表示から160キロ表示に。排気温警告灯追加。リア2点式シートベルト追加。

  • 1976年1月
    • リフトバックシリーズ発表。スプリンタークーペのボデーにリヤゲートを追加したもの。
    • 1200シリーズ 3K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-KE50。
    • 新1600シリーズ 12T型エンジン(TTC-L 希薄燃焼方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE52。

  • 1976年5月
    • 1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE51。

  • 1977年1月 マイナーチェンジ。
    • 1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE50。
    • レビンシリーズ、従来の2T-G型エンジンに電子燃料噴射装置(EFI)を追加した2T-GEU型エンジンで昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE51。
    • セダン・ハードトップの外装はフロント・リアデザイン変更。フロントエプロンはスポイラー形状になる。
    • クーペシリーズ追加。レビンはハードトップからクーペに変更。(同時にスプリンターにはハードトップ追加)
    • 内装はインパネがセダン・ハードトップ・クーペとも、マイナーチェンジ前のものとは全く別デザインとなる。
    • 上級車種には対米輸出仕様と同じ5マイルバンパー(大型バンパー)が装備された。

  • 1977年8月
    • 1600シリーズ(MT車のみ)12T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式名はE-TE56。

  • 1977年10月
    • 1200シリーズ(MT車のみ)の排気量を1300ccに拡大し、4K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式名はE-KE55。

  • 1978年5月 マイナーチェンジ。
    • 1400シリーズを除き、昭和53年排出ガス規制適合。1200シリーズAT車も1300ccの4K-U、1600シリーズのAT車も12T-Uに変更。2T-GEU搭載車はE-TE55に型式変更。
    • 外装は、セダン・ハードトップが排気量により2種類あったフロントデザインを中止し、排気量問わずセダン用、ハードトップ用のみとした。CP、LB用も意匠変更。
    • STD、バンを除き大型バンパー採用。左右テールライトの間に社名入りガーニッシュ採用。セダンドアサッシをブラックアウト化。
    • ホイールキャップを中止し、KP61型スターレットと同じデザインのスチールホイールとした。
    • 内装に変更はなし(サイドデフロスタ、チャイルドロックを標準とした)
    • シリーズのグレード構成を縮小した。

4代目(E70系、1979年-1983年)

1979年3月、4代目にモデルチェンジ。主力の1400ccT-U型に代わって新開発の1500cc、3A-U型が搭載される。

ボディバリエーションはE50系と同じ(2ドアセダン、4ドアセダン、2ドアハードトップ、3ドアクーペ<レビンも存在する>、3ドアリフトバック、3ドアバン、5ドアバン<E70系バンは1987年8月まで生産された。また、日本向けにE70系5ドアバンをベースとしたワゴンが1982年に追加されている。これが日本向けとして初のカローラワゴンの誕生である。エンジンは1300ccの4K-U型でグレードは1300GLの1グレードでトランスミッションは4速MTのみ。E70系ワゴンも1987年8月頃まで生産された>)。ステアリング形式はデビュー当初は1300cc車のみラック&ピニオン形式だったが1981年のマイナーチェンジ後には1500cc車にも採用される。

1979年には、1600シリーズの代替として上級小型車に搭載されている1800cc、13T-U型搭載の1800シリーズが登場するが、車重増加によるドライバビリティやハンドリングの低下と、税制上の問題から販売不振となり、1981年にカタログ落ちとなる。 1982年には、カローラとしては初のディーゼルエンジンが搭載された(1800cc、1C型)。モデル後期にはCMに伊武雅刀を起用。

4ドアセダン・3ドアリフトバック・2ドアハードトップモデルに2T-G搭載のGTが追加(カローラセダンおよび3ドアリフトバックとしては初の1600ccのDOHCエンジンを搭載)。特にセダン1600GTはラリーフィールドで活躍した。

5代目(E80系、1983年-1987年)

1983年5月、5代目にモデルチェンジ。2/3ドアのクーペカローラレビンを除き、前輪駆動化される。後輪駆動で残されたカローラレビン(AE85/AE86)は、姉妹車であるスプリンタートレノと共に通称「ハチロク」と呼ばれ、ドリフト族等に人気を博した。現在でも漫画「頭文字D」などの影響で人気が高い。ステアリング形式は全車、ラック&ピニオンを採用。

カローラFX(ハッチバックモデル)登場。国内グループAレースで活躍。シビックと死闘を繰り広げる。

CMキャラクターは郷ひろみ(前期型、後期型共に)。最初はCMソングとして自身の「素敵に・シンデレラ・コンプレックス」(作詩・阿久悠、作曲・鈴木邦彦。CBSソニーよりEP発売、現在も郷のベストCDに収録。)が使われていた。その後「素敵に・・NEWカローラ」のキャッチコピーの下、映画「アラビアのロレンス」のテーマ曲に合わせ、郷がアラビア衣装を身に纏い砂漠で佇むシーンがあった。また別バージョンで、雨の中で郷が同車を運転中、子犬が舞い込んでくるといったほのぼのとしたCMもあった。後期型のキャッチコピーは「それ以上のNEWカローラ」。

6代目(E90系、1987年-1991年)

1987年5月、モデルチェンジ。5ドアリフトバックは消滅。同年9月にワゴンをモデルチェンジ。好景気との相乗効果で大ヒットしたが、最上級グレードである「SEリミテッド」の内外装は、当時のマークIIクラスに肉迫する高級感と高い品質感が特徴で、装備面でもそれまでひとクラス上にしかなかった装備が数多く採用された(但し、エアコンはまだオプション扱いだった)。

キャッチコピーは前期型は「ニッポンの自動車の新しい物語が始まります」、後期型は「この国のセダン」。

エンジンは1500cc以上はすべてDOHC16バルブとされ、1300ccSOHC12バルブのキャブレター(2E型)、1500ccハイメカツインカムのキャブレター(5A-F型)とEFI(5A-FE型)、1600ccのハイメカツインカム(4A-F型)とスポーツツインカム(4A-GE型)を搭載。この他、1800ccディーゼルエンジン(1C-II型)が用意された。なお、1600ccハイメカツインカムは4WD専用とされた。

モデル後期の1989年には、1500cc及び1600ccエンジンがすべてEFI(電子制御燃料噴射)化され、1500ccには2種類のチューンの異なる仕様が設定されるとともに、2C-III型2000ccディーゼルエンジンを搭載する4WDモデルが追加された。

また、このモデルからフルタイム4輪駆動モデルが設定されているが、搭載されるエンジンやトランスミッションごとにシステムが異なり、ガソリンエンジンのMT車にはメカニカル・デフロックつきフルタイム4WD、ガソリンエンジンのAT車には電子制御油圧式ハイマチック4WD、後期に追加されたディーゼルエンジン車(MTのみ設定)にはビスカスカップリング・センターディファレンシャル式のフルタイム4WDが搭載された。

7代目(E100系、1991年-1995年)

1991年6月、7代目にモデルチェンジ(ワゴンは同年9月にモデルチェンジ)。この代は歴代で一番大きなボディサイズとなった。キャッチフレーズは「大きな 愛のような カローラ」。発売当初のCMソングは、さだまさしの「奇跡-大きな愛のように-」。

エンジンは、先代から搭載されている5A-FE型1500cc、4A-FE型1600cc(ハイメカツインカム)と4A-GE型1600cc(スポーツツインカム)、新開発の4E-FE型1300cc(前期型は100馬力、後期型は97馬力)を搭載。ディーゼル仕様は二輪駆動モデルも四輪駆動モデルも2C-III型2000ccに統一された。

1992年5月にはカローラセレスが追加された。全高の低い4ドアハードトップ。姉妹車スプリンターマリノTRDから、セリカ(ST182型)に使われたトランスミッション、ドライブシャフト、および3S-GE型2000ccエンジンを搭載した特別仕様車「TRD2000」(セダンベース)、「TRDセレス2000」(セレスベース)が販売された。生産台数は大変少なく、TRD2000は12台、TRDセレス2000は2台との情報がある。

E110系登場後もワゴン、バン、セレスはE100系のまま生産が続けられ、セレスは1998年3月頃まで(後継車なし)、ワゴンは2000年7月頃まで(後に「カローラフィールダー」となる)、バンは後継車の「プロボックス」にバトンタッチされる2002年まで生産された。なお、バンのディーゼルエンジンは、1998年4月にE110系セダンのディーゼルエンジンが3C-E型2200ccに変更された時に、同時に3C-E型に変更されている。

1993年のマイナーチェンジ時のCMキャラクターは、イッセー尾形東ちづる

時代がちょうどバブル景気の時で開発費にも余裕があり、内外装の品質感は非常に高かった。装備もこの当時(1991年当時)の大衆車としては過剰すぎるほどで、前期型の最上級グレード(1600SE-G)には運転席パワーシートが装備されていた。(通称「バブル・カローラ」)

8代目(E110系、1995年-2000年)

1995年5月15日、8代目の110系にモデルチェンジ。登場時のCMキャラクターはピーター・フォーク演じる「刑事コロンボ」。

豪華になりすぎたと批判を受けた先代とは異なり、徹底したコスト削減と軽量化を実施した。ボディデザインも当時のトヨタデザインの特徴であるシャープなものに変更した。その基本構造は先代のE100を継承しているが、その品質感は大きく落ち込んだ。その原因は硬質プラスチックで覆われた内装および一部の普及グレードにおける機械式スピードメーターの採用(但し、上位グレードはE100系とおなじ電気式スピードメーター)、黒い素地色がむき出しの二分割バンパー、更にフレームなどの溶接がE100系ではスポット溶接を用いていたがE110系ではその一部にリベット溶接を採用し製造コストを大きく下げた点などにあるとされ、販売状況は壊滅的なものだった。

1997年4月に比較的大規模なマイナーチェンジを行い、通常のカラードバンパー、ソフトパッドに覆われたインストゥルメントパネルなどを用いて、再びE100系並のクオリティーを得る事となった。この時、廃止されていたスポーツグレードのGTが6速マニュアルを装備して復活し、E110系カローラの象徴的なグレードとなった。このGTは先代とは異なりDジェトロ方式を採用し、各気筒独立のスロットルの口径も拡大され1600ccながら出力は165psに達した。また、1300cc4E-FE型エンジン車のマニュアルミッションが4MTから5MTに変更になる。4ドアセダンのボディのcd値は0.31(前期、後期共に)。

1998年4月の一部改良では、ディーゼル車がこれまでの2000ccから2200ccのEFIディーゼル(3C-E型)に換装された。

しばらく続いていた4年サイクルをこの代からやめることになり、2000年8月までの約5年間販売が続けられた。

9代目(E120系、2000年-2006年)

2000年8月、9代目にモデルチェンジ。プラットフォームやエンジンが一新され、NZ、ZZ系エンジンが採用される。 通称NCV(New Century Value)シリーズと呼ばれる。フロントグリルのエンブレムも、それまでのカローラ(花冠)マークではなく、NCVを図案化したものに変わった。また、一時はカローラの名前を廃止する計画もあったが、日本を代表する車名という事で残されることになった。

走行安定性向上のため、リヤサスが先代の独立懸架式(パラレルリンク式・ストラット)から固定車軸式トレーリングアーム(イータビーム、正確にはカップル・ド・リンク式)に変更された。尚、4輪駆動車用にはT230系セリカとほぼ共通したバイザッハ・アクスル方式のダブルウィッシュボーン式独立懸架が採用されている。スポーツモデル(セダンGT、カローラレビン)廃止と相まって、スポーツファンには少し寂しいモデルではある(スポーツモデルはフィールダーやランクスに引き継がれた)。セダンには1ZZ-FE型1800cc(前期型のFF車用は136ps、中期型以降のFF車用は132ps、4輪駆動車用は125ps)と1NZ-FE型1500cc(前期型のFF車用は110ps、中期型のFF車用は109ps、後期型はFF車の5MT車用は既存の1NZ-FE、109ps、4AT車用はローラー・ロッカーアームを採用した大幅改良版の1NZ-FE、110ps、4輪駆動車用は105ps)、セダン専用の2NZ-FE型1300cc(87ps)の3種類のエンジンが搭載され、フィールダーとランクスには前述3種類のエンジンに加え、2ZZ-GE型1800cc(190ps)が搭載される。ちなみにガソリンエンジン全車、カムシャフトはタイミングチェーンによって駆動される(全車カムシャフトのチェーン駆動を採用するという点は3代目(E30系/E50系)以来26年ぶり)。4ドアセダンのボディのcd値(空力特性)は0.29。また、フィールダー、ランクスのcd値は共に0.30。

2004年4月のマイナーチェンジまでは、セダンとフィールダーに3C-E型2200ccディーゼルエンジン(既存の3C-E型の大幅改良版で、E120形用のガソリンエンジン同様(NZ型、ZZ型共に)に前方吸気、後方排気というレイアウトを採る)も用意されていたが、日本国内の環境規制に対応できないため、日本国内仕様のラインナップからは外された。

  • CMソング
    • 久石譲「Summer」
    • 久石譲「Asian Dream Song」
    • 平井堅「想いが重なるその前に」

ボディバリエーションの再編
E120系導入の際に、ボディバリエーションが大きく再編された。
  • ワゴンモデルには「フィールダー」のサブネームがつくようになった。
  • クーペカローラレビン、商用モデルのカローラバン、および兄弟車であるスプリンターを廃止。
  • カローラバンはカルディナバンと統合され、後継モデルとして「プロボックス」、「サクシード」となる。直系モデルはプロボックスバンである。
  • E100系以来、日本国内での販売がなかったハッチバックモデルが、「ランクス」というサブネームをつけて再発売された。また、姉妹車としてネッツ店向けに「アレックス」が用意されており、実質的なスプリンターの後継車として位置づけられている。

海外仕様車

 

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