タミル語(タミルご、தமிழ்)は、ドラヴィダ語族に属する言語で、元はインド南部のタミル人の言語である。インドのタミル・ナードゥ州の公用語であり、スリランカとシンガポールでは国の公用語の一つにもなっている。世界で18番目に多い7400万人の話者人口を持つ。
「タミール語」と呼称・表記されることもあるが、タミル語は母音の長短を区別する言語であり、かつ Tamil の i は明白な短母音である。そのため、原語の発音に忠実にという原則からすれば明らかに誤った表記といえる。タミル(Tamil)という名称は、ドラミラ Dramila(ドラヴィダ Dravida)の変化した形である。
地域
南インドのタミル・ナードゥ州で主に話されるほか、ここから移住したスリランカ北部および東部、マレーシア、シンガポール、マダガスカル等にも少なくない話者人口が存在する。これらはいずれも、かつてインド半島南部に住んでいたタミル人が自ら海を渡ったり、あるいはインドを植民地化した英国人がプランテーションの働き手として、彼らを移住させた土地である。
文字
現代タミル語は、主として独自の文字であるタミル文字で表記される。詳しくはタミル文字の項目を参照のこと。
発音
北インドの多くの言語が三母音(サンスクリット等で母音/半母音として扱われるrやlを除いて)を基礎としており、ヒンディー語等ではe、oが常に長母音として扱われる。それに対してタミル語の基本はa, i, u, e, oの五母音であり、それに長短の別と二重母音(aiとau)が加わることで計12の母音を区別することになる。
子音は有気音と無気音を区別しない他、有声音(日本語で言う濁音)と無声音(同じく清音または半濁音)の間の対立もない。ただ単語の先頭や同子音が重なった場合に無声音、単語の中途、同系の鼻音の後などに有声音で発音される傾向がある(これらの点は日本語の連濁と相似である)。
タミル語で特徴的なのは、日本語で「ラ行」にあたる音、英語を含む西洋語なら r や l の流音に相当する音に、五種の区別が存在することである。また日本語を母語とする者にとって習得が難しいとされるものに、反舌音(舌の先を硬口蓋まで反らせて発音する一連の子音)があるが、こちらは他のインド系言語にも共通する特徴である。
大野 晋の日本語クレオールタミル語説
国語学者大野晋は、日本語の祖語が何らかの点で、ドラヴィダ語の祖語と関係を持つとする説を唱え、タミル語と日本語のそれぞれの単語等を比較して、両者に共通するものが多いことを、その論拠の一つとして挙げた。後に大野はこの説を修正し、日本語はドラヴィダ語の一つであるタミル語に由来し、日本語はクレオールタミル語であるとする説を唱えた。
しかし大野のこの日本語起源説には賛否両論があり、未だに解決を見ていない。
- 日本語とタミル語との関係に着目していた大野 晋は、1981年『日本語とタミル語』(新潮社)を出版し、本格的な研究を公表した。これに対し、比較言語学者の風間喜代三は1983年、『東京大学公開講座 ことば』(東京大学出版会)の「ことばの系統」の項目で、大野 晋の研究手法に対し批判を行った。これにより比較言語学者やタミル語学者を始めとしたほとんどの言語専門家の間で、大野 晋に対する批判的な姿勢が定着した。
- 2000年に出版された大野 晋『日本語の形成』(岩波書店)により、音韻、語彙、文法の三点において、日本語はクレオールタミル語であるという説が提出された。同書は、風間喜代三の語彙対応に関する批判については、摘示の語彙を削除もしくは変更しているが、比較言語学者たちは黙殺した。(なお「批判的検証」と題する著作はあるが、これは大野説を支持する内容のものである。関連書籍参照)。
- 言語専門家の批判では、大野説の一番大きな欠点は、比較言語学の正統的方法に従っていないということである。特に、歴史性を捨象して時代の整合性にそぐわない単語比較を行っている点が問題である、とする。このため、比較言語学的見地からは、大野説は認められないことになる。とはいえ、日本語がクレオ-ルタミル語であるならば、厳密な意味での比較言語学の対象ではないといえる。なぜならクレオール語であるならば、タミル語と日本語との共通祖語を抽出する必要は無いからである。また、時代の整合性をいうならば、アルタイ語説、南島語説なども歴史性を捨象しており、時代の整合性があるのかどうかも全く不分明である。この点、大野説批判は、言語学者などによる「新説に対する排他的動機」が働いているという印象も拭えない。
- また、言語学者は、音韻の複合対応を問題にする。しかしながら、タミル語内部で、例えばa/i、a/u、k/v、v/p、v/mなどの交替がある。更には日本語においても「さびしい」と「さみしい」など唇音同士の交替、また「ほどろ」と「はだら」などの交替がある上に、原初の日本語の音韻などを保存していると見られる古代東国方言では「こころ」を「けけれ」と言うなど、活発な交替がみられる。したがって、両語間のこのような内部交替に影響され、タミル語と日本語との対応も、a/o交替が通常なところ、タミル語内部の交替に影響され、i/o対応、u/o対応が見られ、また子音においてもv/w、v/f対応が通常なところ、m/w対応、m/f対応、v/k対応などが頻繁に見られる。
- このように、タミル語と日本語との対応には複合対応が必然的に伴なうため、印欧比較言語学の手法の全てを正統的方法と見る立場を採る限りにおいては、その視点でタミル語と日本語との比較を見ると、当然、否定的見解に達せざるを得ない。このような事実から我々が学べることは、西洋流の比較言語学は、必ずしも印欧語族以外の言語においては<いわゆる>正統的とは言えない場合もある可能性も否定できないということである。例えば高津春繁も「比較言語学入門」(岩波文庫.1992刊)において、印欧語族の比較においては、既に印欧語族にもっともその条件が相似し、ほとんどそのまま印欧比較言語学の方法を取入れることを得たセム・ハム語族の研究においてすら、印欧語族の比較方法をそのまま用いることは無理であるごときことを述べている(p.9参照)。それゆえ、このような認識を受け入れない限り、あるいは日本語がクレオールタミル語であるという説は、仮にそれが正しい説であっても、永久に受け入れられないおそれもある。
- 以上のように大野説に対しては賛成・反対の様々な意見がある。比較言語学的には手法に問題があるが、他方、文化的な交流面でのドラヴィダ文化と日本の古代文化の連関を考察している大野の起源論には無視できない面もある。
- 例えば、『日本語の起源 新版』(岩波新書・1994年)で大野 晋は、タミル文化圏から日本への文化移入に、理由不明の五百年のタイムラグが伴っていることを示している(同書P.114)。のちになって放射年代測定の結果に対する解釈の混乱が見出され、日本の弥生時代が五百年遡る可能性が出てきた。つまり、大野説が主張していた、農業、宗教祭祀、金属器とそれらに伴う言語・詩歌などの文化が、両地域にほぼ同時期に(一方から他方へ、または別の場所から両者へ)伝えられていた可能性が、歴史学的に示唆されたことになる。
- 2004年、大野 晋はそれまでの研究の集成として『弥生文明と南インド』(岩波書店)を著した。言語のみならず総合的な文明の移入、朝鮮語を加えた三者の関連といった点を重点に論じた新たな著作が、今後どのように評価されるのか注目される。
タミル映画と日本での認知
日本でも、一時期のアジア映画ブームの中で、インド映画が紹介された。そうしたマサラムービーの中でも特にタミル映画の『ムトゥ 踊るマハラジャ』など一連の作品がピックアップされたことなどから、昨今ではタミル語を学ぶ日本人も増えてきている。
関連項目
関連書籍
- 大野晋 『日本語とタミル語』(新潮社・1981年11月)
- 風間喜代三 「ことばの系統」(『東京大学公開講座 ことば』(東京大学出版会)所収・1983年7月)
- 大野晋 『日本語の起源 新版』(岩波新書・1994年6月)ISBN 4004303400
- 大野晋 『日本語の形成』(岩波書店・2000年6月)ISBN 4000017586
- 田中孝顕 『日本語の起源 日本語クレオールタミル語説の批判的検証を通した日本神話の研究』(きこ書房・2004年5月)ISBN 4877716130
- 大野晋 『弥生文明と南インド』(岩波書店・2004年11月)ISBN 4000023233
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