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サンツアー・SUNTOURは東京にあった岩井製作所が持っていた商標であったが、岩井製作所が自転車部品から撤退する際に当時(昭和33年春)業務提携をしていた前田工業株式会社(大阪府)にブランド名を引き継いだ。前田工業は1990年ごろから経営危機に陥り、1992年にモリ工業傘下の栄輪業と合併し、SR-SUNTOURブランドとなったが、数年のち台湾の自転車部品会社(現在のSR-Suntour社)に売却された。現在、SR-Suntourブランドは、日本にはサスペンションフロントフォークやSuperbeCompなどのクランクのみあるいは変速機のみが完成車に装着されて輸入されている程度である。

大正10年に前田工業の創業者はフリー造りの親方として勤めていた「日の本鉄工所」を辞めて独立し、大正11年から「前田鉄工所」の名でシングルフリーホイールの製造販売を始めた。 丁寧な仕事で信頼性の高い部品を送り出し、前田鉄工所は8.8.8.(サンパチ)フリーの製造元として認知され順調に業績を伸ばしていった。 8.8.8.の商標は、当時の輪界で数字を三つ使った商標が用いられていたことと、当時の陸軍を象徴する兵器である三八式歩兵銃の語呂に合わせたものである。

第二次世界大戦になると前田鉄工所の工場では銃弾や海軍の部品を製造した。当時の堺市は軽工業全体が軍需産業に転換していたため米軍の標的となり、昭和20年7月9日夜半、米国陸軍航空隊のB-29戦略爆撃機部隊の空襲を受ける。この空襲で前田鉄工所は工場の一棟だけが半焼で残り、焼け跡には何台かの旋盤が無事に残っていた。加えて空襲に備えてフリーの仕掛品や材料を疎開させていたため、戦後早い時期からフリーの生産を再開することができた。

1992年まではシマノ工業と雌雄を競う自転車部品の大ブランドであった。ロードレーサー向けのCyclone、Superbe、Superbe Pro、マウンテンバイク向けのXC-シリーズ(Pro,Comp,LTD,他)といった製品があった。

サンツアーというブランド自体は前田工業1社のブランド(登録商標)であったが、輸出において協力関係にあった各社が集まって、シマノのコンポーネントパーツ群に対抗するため共通するペットネームを付けたコンポーネントパーツを企画し、変速機、多段ギア(ボスフリー:自転車後輪に取り付ける歯車で大小異なる大きさの歯車が取り付けられ、変速機でチェーンを架け替えて回転比を変えられるようにしたもの)を製造する前田工業、クランク(足で回す前方のギア部分)を製造する杉野鉄工(現:スギノテクノ、奈良県)、ブレーキ、ヘッドパーツを製造する吉貝機械金属、ペダルを製造する三ヶ島製作所などがサンツアーブランドの商品を前田工業へ供給した(ペダル「MK-3」には三ヶ島の刻印の上に“Suntour”のブランドステッカーが貼られた物が存在する)。

スプリント競技世界選手権で10連覇した中野浩一はサンツアー(前田工業)の専属選手であり、10連覇で使用された機材はサンツアー製品であった。

自転車 | Suntour | SunTour

 

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