サイエンス・フィクション(Science Fiction、略語SF)は、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。またSFは、SF漫画、SFアニメ、SF映画などを総称する名前でもある。これらと区別して特に小説を指す場合にSF小説という言い方もなされる。
日本では一般にエスエフと略称されることが多いが、英語では Sci-Fi(サイファイ)と略されることも多い。以前は、「科学小説」、「空想科学小説」、「幻想科学小説」という言い方もされたが、現在はこの呼び方はあまり一般的でない。なお、中国語表記では「科幻」となる。
SFにおけるニュー・ウェーブ運動の参加者は、「SFは科学小説ばかりではない」という見解から「SFはサイエンス・フィクションの略ではなく、スペキュレーティブ・フィクション(思索的小説)の略だ」と主張した。
数学(厳密には科学ではないが)分野の空想小説(Mathematical Fiction, Mathematics Fiction等)もSFということがある。
またSFにファンタジー的要素を取り込んだ時期があったので、広義ではファンタジーもSFに分類されることがあるが狭義では通常含まない。拡大解釈では、「サイエンス・ファンタジー」「スペース・ファンタジー」というような取り方もしばしば見られる。
また、『ドラえもん』などの作者藤子・F・不二雄は、自身がSF漫画家と呼ばれることに触れ、科学について全くの無知であるからと「すこしふしぎ(Sukoshi Fushigi)な」の略としてのSF漫画家であると述べた。
最初のSF作家として普通認知されているのは、ジュール・ヴェルヌもしくはH・G・ウェルズである。しかしそれ以前にもSF的な文学は存在した。おそらく最古のSF的小説は、古代ギリシアの作家ルキアノスの書いた『イカロ・メニッパス』であろう。この小説では、主人公のメニッパスが両手に翼をつけてオリュンポス山の上からイカロスのように(イカロ)飛び立って月の世界に行き、そこで月の哲学者と会う。そしてかれに、目を千里眼にしてもらって地上を見て、世界の小ささを実感する。日本の竹取物語(平安時代)では月から人が来るし、浦島太郎(室町時代)では時間の流れの歪みが描かれている。14世紀にダンテ・アリギエーリによって書かれた『神曲』も、そこかしこに当時の科学的知見が盛り込まれ、天国篇においては、主人公ダンテが天動説宇宙に基づいて構想された天界を遍歴し、恒星天の上にまで昇っていくという内容になっている。
より時代が下ったところでは、17世紀に天文学者ヨハネス・ケプラーが天動説が主流であった当時、地動説の考えに基づいて書いた小説『夢』がある。この小説は、天文学者ティコ・ブラーエからアイスランド人ドゥラコトゥスが地球(ヴォルヴァ)と月(レヴァニア)を自由に往復する精霊に連れられて月世界へと旅行する物語である。
さらに近代に近いところでは、1816年に当時19才の少女であったメアリー・シェリーが書いた『フランケンシュタイン-あるいは現代のプロメテウス』がある。科学者ヴィクター・フランケンシュタインが死体をかき集めて人造人間を作ることに成功する。こうした造られた人造人間は、人間のこころを持ち、フランケンシュタインに対して、自分の伴侶となり得る異性を一人造るように要求する。しかし人造人間は、自己の存在に悩み人間への絶望から、殺人を重ね最後は北極の海へと消えて行く。
この小説は、メアリー・シェリーが夫(パーシー・シェリー)とともにバイロン卿の別荘に行った時に書かれたものである。ある日バイロン卿が3人でめいめい怪奇小説を書いて互いに見せ合うことを提案した。パーシーとバイロンは途中で小説を投げ出してしまった(バイロンがこの時書いた構想を借りて、後にポリドリが『ヴァンパイア』を書いた)が、メアリーはこの小説を仕上げた。ここで注目したいのは、本作がSF的テーマを扱っていながら「怪奇小説」として書かれたという事実である。メアリーの先駆的な業績は、科学小説を書こうというモチベーションによって書かれたわけではないのである。しかし現代では、メアリー・シェリーが「SF」の先駆者あるいは、創始者であると一般的には捉えられている。
19世紀前半の作家エドガー・アラン・ポーも、一般には余り知られていないがSFの開祖の一人である。彼の作品は人間心理の異常性に踏み込んだ怪奇・恐怖小説が多いが、『鋸山奇譚』・『大渦に呑まれて』・『ハンス・プファールの無類の冒険』などの、科学知識を応用した作品も見られる。特に『ハンス・プファールの無類の冒険』は、気球による月世界旅行を描いたもので、当時の最新の科学知識を用いた、まさに正統派のSFと言うべき作品であった。後述のヴェルヌやウェルズもポーの影響を受けており、現代SFの発展に功績があったと断定してよいであろう。
科学小説を書くというモチベーションのもと書かれた最初の小説は、フランスの作家ジュール・ヴェルヌによって1865年に書かれた『月世界旅行』であろう。
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それに遅れる事30年、イギリスでH・G・ウェルズが『タイム・マシン』を書いた。
『タイム・マシン』は、主人公のタイムトラベラー(名前は明かされない)が時間を移動する機械を発明し、西暦80万2701年の世界へ行く物語。人類が二種に分岐した未来の世界では、美しい体つきをしたエロイという人類が、理想郷的な世界で無為に暮らしている。地下にはモーロックというもう一種の不気味な人類がいて、エロイ達を喰らって生きている。タイムマシンをモーロック達に持ち去られた主人公は、恋人となったエロイのひとりとともにタイムマシンを探し出し、地下世界から奪い返す。そしてさらに未来へと旅立ち、人類の終焉、生物と地球の終焉を見た後に現代に帰還する。
注目したいのは、ヴェルヌが冒険小説的な科学小説を書いたのに対し、ウェルズはファンタジーをベースにしたSF小説を書いている点である。ヴェルヌは、たとえば『海底二万リーグ』などで(当時の)現代世界を描き、ともすれば単なる科学礼賛になりがちであったのに対し、ウェルズは未来世界を描き、ファンタジーの要素を取り入れる事で「現実から外挿される世界を書きながらも現実という束縛を離れる」という現代SFの特徴を最初に取り入れている。しかもユートピアにおけるファンタジーを描きながらも、アンチ・ユートピア的な側面をも描き、文明批判を描いて思想小説的な要素をも取り入れるという離れ業に成功している。ウェルズは、優生学の信奉者であったのだが、『タイム・マシン』でエロイが有閑階級の、モーロックが労働者階級の成れの果てであるのは、この彼の思想と無関係ではないだろう。また、この小説が、生物の終焉を扱っている事も見逃してはならない。世界、地球、人類等の終焉は、後にウェルズ自身の『最終戦争の夢』、ネビル・シュートの『渚にて』、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』等数多くの小説で描かれるテーマであるが、SFの最初期に書かれたこの小説が、すでに生物の終焉を扱っている事は注目に値する。
ウェルズのもう一つの業績は、SF的ギミック(ガジェット)を数多く「発明」した事にある。たとえばウェルズ以前に書かれた時間小説として知られる、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』では、「妖精の力」で時を越えるのに過ぎなかったのに、ウェルズは「タイムマシン」という時を超える道具を主人公に「発明」させる事で時間を越えている。ウェルズの「発明」はタイムマシン以外にも、蛸型火星人、透明人間、冷凍睡眠装置、最終戦争等、SFの基本的なギミックのほとんどは、かれが考え出したものである。このためウェルズを評して時に「SF作家はウェルズを読まないほうがいい。自分のやろうとしてる事をすでにウェルズがやっている事を知って愕然とするから」といわれる事がある。
科学が発展の限りを尽くしたが、子供が何故か生まれなくなり人間が減少し、労働力としてロボットが大量に生産される世界が舞台となる。ある時一人の人道主義者の女性が、ロボット達のこの境遇に同情してロボットに心を持たせるよう、ロボット会社R.U.Rに掛け合う。彼女の申し出は、ロボット会社の技術者達が彼女に惚れていたため、即刻叶う事になる。心を持ったロボットらは、自分たちの境遇に憤怒し、反乱を起こして人類を滅ぼしてしまう。この小説は、ただ1人生き残った人類が、男女のロボットが互いに相手をかばい合うのを見て、ロボットたちに「愛」が目覚めたのを知ったところで終わる。解釈はいくつかあるが、非人間的になった人類と人間的なロボットとの対比を用いて、科学批判を行っているという解釈が主流である。
ロボットと並ぶ人造人間の名称、「アンドロイド」は、ヴィリエ・ド・リラダンの長編小説『未来のイヴ』(1886年)によってはじめて世に出された。この作品では、エワルド卿が、完璧な肢体と美貌を持ちながら内面はどうしようもない俗物であった美女アリシャ・クラリーに恋焦がれながら、その内面に失望して、友人のエジソン博士に相談を持ちかけた。エジソンはアリシャそっくりのアンドロイド、アダリーを作るが、アダリーもまたどうしようもない俗物であった。
両作品とも、急速な科学技術の発展や普及を危惧し、警告するという意図で書かれていると言われる。
ウェルズやヴェルヌに影響を受けた作家として、コナン・ドイルがいることを忘れてはならない。かれは、シャーロック・ホームズシリーズで知られる推理小説以外にも、チャレンジャー教授を主人公とした『失われた世界』や『毒ガス帯』などのサイエンス・フィクションも手がけている。死去する前年の1929年に発表された海洋SF小説『マラコット深海』は科学的予見に満ちたドイルの傑作である。
ウェルズによって最初の完成を見たSF小説であったが、SFがアメリカに輸入されたところで、再び時代は、未来予測的で科学礼賛的な科学小説の時代に戻ってしまう。このような傾向を持ったSFの頂点に立つのが、1911年にガーンズバックによって書かれた『ラルフ124C41+』であろう。この小説は、文章もプロットも今から見れば単純なものに過ぎないが、未来予測という点では画期的なものであった。本作は近未来の生活を扱ったロマンス小説で、小説執筆当時にはまだ発明されていなかった未来の道具が100以上も描かれている。例を挙げれば、蛍光照明、飛行機による文字広告、テレビ、ラジオ、プラスチック、野球のナイター、立体映像機、ジュークボックス、液体肥料、自動販売機、睡眠学習、電波を利用した電力送信、ガラス繊維、ナイロンなどなどである。
この頃のアメリカSFのもう一つの潮流として見逃せないのは、エドガー・ライス・バローズの火星シリーズを代表とするヒロイック・ファンタジーの流行である。バローズは1912年、火星シリーズの第一作『火星の月の下で』(後の『火星のプリンセス』)を書く。
火星シリーズのストーリーは単純にして荒唐無稽である。最初の3冊のストーリーを簡単に説明する。主人公のジョン・カーターは、ある時肉体から魂が飛び出てしまい、魂だけが火星に飛ばされてしまう。火星は地球よりも科学力が何千年も進んでいるが、文化的には中世を想像させる。火星は地球よりも重力が小さいため、元々体力のあるカーターは、火星ではスーパーマンも同然である。火星の悪人どもを剣でなぎ倒し、ヘリウム大帝国の王女にして絶世の美女でもあるデジャーソリスを救い、彼女と結婚して「火星の大元帥」の地位に収まる。
御都合主義的で設定に矛盾が多く、そしてなによりB級の魅力がたっぷりなこの作品は、容易に量産できる為、近代商業主義にとてもマッチしていた。それ故「バロウズ風の」作品は一大ブームを巻き起こすことになり、後のSFとファンタジーとに絶大な影響を与える。バロウズが生きている頃には数百人の模倣者がいて、その模倣者の中でも有力な者にはさらに数百人の模倣者がいたという伝説(リチャード・ルポフ『バルスーム』)がある。
バロウズの小説のファンタスティックな側面(中世、剣、傾国の美女)からはヒロイック・ファンタジーという剣と魔法で戦うロマンチックな冒険談が生まれ、SF的な側面(火星、人造人間、異星の不気味な怪物)からは、スペースオペラ(この名前は西部劇(ホースオペラ)のもじり)と呼ばれる宇宙活劇が産まれた。 当時の代表的なスペースオペラ作家には、エドモンド・ハミルトン、E・E・スミス、マレイ・ラインスター等がいる。宇宙戦争やロボットなど、現在でもしばしばSF小説やSF映画に登場する数々のSF的モチーフのほとんどが、この頃までに現れている。
だが、すでに1920~30年代からSF作家たちは、そのような架空の世界に楽天的な空想をはせるだけではなく、科学技術の急速な進歩とその悪用に対して倫理的な歯止めが必要であるとの認識も示していた。
死んだ人間の首から上だけを人工的に復活させるグロテスクな技術を描くアレクサンドル・ベリャーエフの『ドウエル教授の首』などがそうであり、さらに第二次大戦後には、科学技術による全体主義的管理社会を描いた「アンチ・ユートピア(ディストピア)」ものの代表作であるジョージ・オーウェルの『1984年』も書かれた。
1950年代はSFの全盛期なので、1950年代SFを「黄金時代」(ゴールデンエイジ)のSFと呼ぶ。
1950年代はSFの一大転換期である。それまで荒唐無稽なB級小説に過ぎなかったSFにリアリズムの概念が初めて導入された。 リアリスティックなSFの出現は、SF雑誌『アスタウンディング・サイエンスフィクション』(後の『アナログ』誌)の3代目編集長ジョン・W・キャンベルの影響が強い。 50年代以前のSFにありがちな荒唐無稽なSFが編集長である彼の元に送られてくると、キャンベルはそれらをこてんぱんに批判した。たとえば、宇宙人が地球人を食用の家畜として飼う話を読んだ時には、「食用にするなら地球人を育てるより牛を育てたほうがずっと効率的だ」と批判したり、宇宙人が地球人女性を性の奴隷として連れ去る話を読んだ時には「ちょっと美の感覚が違えば、人間の女でなくとも豚でもよかったはずだ」と批判した。このため、「準光速で走っている宇宙船が突然直角に曲がる」ような小説は無くなった。
一方、最新の物理学的、あるいは天文学的な知識に基づいた遠大かつ科学的な宇宙叙事詩も書かれた(映画『2001年宇宙の旅』の原型となった『前哨』など)。このように厳密な科学的知識に基づいたSFをハードSFと呼ぶ。アーサー・C・クラークやアイザック・アジモフ、より新しい作家ではジェイムズ・P・ホーガン、堀晃などがこの傾向の作品を書いている。
1950年代以降、冷戦や核戦争による人類の滅亡が現実的な問題となってくると、そのような状況を反映した「終末もの」SFが書かれた。この時期に書かれた「終末もの」の代表作としてネビル・シュートの『渚にて』がある。この作品の世界では、核戦争が起こって北半球が死の灰に覆われてしまっている。人類は南半球で、次第に南下してくる死の灰におびえながら生活している。
しかしこの時期に書かれた破滅もののSFが真にリアリスティックなものであったかどうかに関して疑問の声もある。この頃書かれたSF小説は、世界が破滅するという絶望的な状況でありながら、主人公はなぜかそれなりに幸福な生活をして哲学者のように破滅を達観している。ブライアン・オールディスはこうした特徴を皮肉ってこれらの小説群を「心地よい破滅テーマ」と呼んだ(『十億年の宴』)。
SFの模索期であった1960年代には、1950年代ほどの人気が無かったので、黄金期(ゴールデンエイジ)のSFと呼ばれる1950年代SFと比べて1960年代SFをシルバーエイジのSFと呼ぶ事がある。
1960年代には、イギリスを中心にニュー・ウェーブSFの流れが起きた。これは、対象を外宇宙から内宇宙へ、内省的・思弁的な方向に向けたもので、マイケル・ムアコックの主宰する『ニューワールズ』誌を中心に、J・G・バラード、ブライアン・オールディスなどが前衛的な作品を発表した。この流れはアメリカにも波及し、SFと他のジャンルとの中間的な作品や、SFの中で文学的実験を行おうとする作品も現れ、ニュー・ウェーブSFの登場を印象づけた。このムーブメントはフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』やハーラン・エリスン、ロバート・シルヴァーバーグなどに代表される。かれらに共通するのは、人間の社会や歴史、文明、文化に対する巨視的で批判的な視点であり、また、単なる科学の礼賛やその批判ではなく、SFを人間にかかわるあらゆる問題に対する文学的思索(スペキュレーション)の手段として利用していることである。寓話性や哲学性を持った文学的価値も高いSFが増えてきたのも、この頃からである。
その極北的な作品として、トマス・M・ディッシュの『リスの檻』がある。この作品ではSF的ギミックも疑似科学もいっさいでてこない。主人公(実はディッシュ自身)は、ドアも窓もない部屋に閉じ込められている。(理由は説明されない)。あるのはタイプライター一台だけ。毎日新聞が届けられるが、なぜか次の日には消えてしまう(これまた理由は説明されない)。この小説はその一台だけあるタイプライターに、主人公が暇潰しに書いた文章というスタイルを取っている。その為「暇だからちょっと物語を書いてみよう」といって、話を書き始めたかと思うと、「やっぱり飽きたのでやめる」といいだして突然話を中断したりする。
ディッシュはこの物語で、現代人の孤独を浮き彫りにしようとしたのだと言われているが、おそらくそれを読みとれた読者は多くなかったであろう。ディッシュのこの物語は、文学性を意識し過ぎるあまり、難しくなり過ぎているのだ。既存のSFの枠を打ち壊して文学的であろうとしたニューウェーブはその目的ゆえついには娯楽の小説であるはずの大衆小説ですらなくなってしまい、最終的に読者を失って急速にしぼんでしまう。
この時期はまたファンタジーとの融合が試みられた時期でもある。
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1980年代になると、アップルコンピュータ社のパーソナルコンピュータのポスターから啓示を受けて、ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』を書き、サイバーパンクの時代が幕を開ける。サイバーパンクではコンピュータの内部に構築されたサイバースペースが主な舞台となる。既にデビューしていたブルース・スターリングがこの分野の旗を振るようになった。この分野の作家には『重力の衰える時』のジョージ・アレック・エフィンジャーやルーディ・ラッカーが挙げられる。サイバーパンクの雰囲気を日本語に訳すために黒丸尚はルビを多用した独自の訳文を使った。
その後、主体となる技術をコンピュータから蒸気機関に移し替えたスチームパンクと呼ばれる作品も書かれるようになる。そこでは19世紀の蒸気機関車時代あるいはそれに似た世界を舞台に、極端に発達した蒸気機関による文明が描かれた。
やがてサイバーパンクは収束していき、ポスト・サイバーパンクの時代となる。ポスト・サイバーパンクではナノテクを扱ったニール・スティーヴンスンの『スノウクラッシュ』などが有名である。
『SFマガジン』で募集された早川SFコンテストから、小松左京、筒井康隆、半村良、光瀬龍、平井和正、豊田有恒などが次々とデビュー。早川書房が発行する雑誌・書籍以外でも、眉村卓、星新一、今日泊亜蘭などがSF作品を発表した。これらの作家は、海外SFの影響を受けながらも、それぞれに特徴ある作風で日本独自のSFを展開していった。また平井和正、豊田有恒、柴野拓美などは、SF漫画の原作やSFアニメの脚本やSF考証などを手がけ、小説に留まらない活躍をした。
さらに、日本SFの特徴として、矢野徹、野田昌宏、浅倉久志、伊藤典夫などの優れた翻訳家の存在が挙げられる。これらの人びとは、優れた海外SFを紹介するだけでなく、どういうSFが面白いのかという点でSFファンのオピニオン・リーダーとしての役割を果たしていた。また、『SFマガジン』初代編集長の福島正実は、雑誌編集だけでなく、海外SFの翻訳や創作も手がけ、確固たる信念に基づいて日本SFの普及に努めた。そしてSFブームが始まる。
半村良の伝奇SFや平井和正の「ウルフガイシリーズ」は、この後、菊地秀行や夢枕獏や高千穂遙の諸作品を経て、ライトノベルへと連なっていく流れの源流となった。SF雑誌も、『奇想天外』、『SFアドベンチャー』、『SF宝石』などが相次いで創刊され、それぞれ新人賞を設けるなどして新人の発掘にあたったため、『SFマガジン』とあわせて、堀晃、横田順彌、田中光二、山田正紀、かんべむさし、野阿梓、神林長平、大原まり子、火浦功、草上仁、新井素子、夢枕獏、田中芳樹、菅浩江などが続々とデビューすることになる。
1980年代になると、引き続きビジュアル面でのSFは繁栄を示し、『風の谷のナウシカ』や『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』が公開され、サンライズが『機動戦士ガンダム』以降も次々とSFアニメを制作する一方、SFイラスト集団のスタジオぬえも『超時空要塞マクロス』でSFアニメに参戦する。日本SF大会DAICON III、DAICON IVにおいて優れたオープニングアニメでファンの注目を集めた集団がGAINAXを設立し、商業アニメに進出する。日本SF作家クラブはメディアにとらわれないSFの賞である日本SF大賞を設けた。
1990年代になるとSFとライトノベルの境界はますます不確かになり、1990年代後半には森岡浩之の『星界の紋章』が日本SFの牙城、早川書房のハヤカワ文庫から出版される。その一方で笹本祐一や野尻抱介など、ライトノベル系のSFを書いていた作家が、同時に本格的なハードSFも書きはじめる。
『奇想天外』などの休刊後、SF雑誌は再び『SFマガジン』一誌のみとなったが、SFを志す者は日本ファンタジーノベル大賞や日本ホラー小説大賞からデビューし続けた。またライトノベル系の新人賞からも次々とSF作家がデビューしていた。1990年代後半には日本SF作家クラブによって日本SF新人賞が設けられ、本格的に新人の発掘が再開された。2001年には徳間書店よりビジュアル先行型の新SF雑誌「SF JAPAN」が創刊されている。
SFアニメはますます盛んで、1990年代半ばにはガイナックスの『新世紀エヴァンゲリオン』が、『宇宙戦艦ヤマト』、『機動戦士ガンダム』以来の大ヒットとなり、一般の若者に衝撃を与えるとともに共感を呼んだ。また、漫画『攻殻機動隊』を原作とするProduction I.Gの『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は映画作品として高い評価を受けた。
かつて現実味を持ちえた「火星に知的な生物がいたら」といった仮定は、天体観測技術の発展・さらには火星探査機の打ち上げなどにより科学的には否定され、ファンタジーやパロディ的作品の設定として利用するか、その仮定を成立させるためのバックグラウンドの構築をともなうことでしか成立しなくなった。
逆に、手塚治虫らがSF的設定として描いた「人間の接近を関知して自動的に開閉する扉」は、現代では自動ドアとして街角の常識的な風景となっており、未来技術を演出するSFの小道具ではなくなった。
また、コンピュータの進歩によってサイバースペースやAIを小道具に使ったり、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの最新の研究やその発想を押し進めたSFも書かれている。
その一方で、タイムマシンや超光速航法、超光速通信などの架空の技術は、考案された当初は様々な架空理論による理論づけがされたが、現在では特別な架空理論を伴わずに、あらかじめそういう技術が存在するものとして作品中で使用されることも多い。
ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』も、コンスタンチン・E・ツィオルコフスキーやロバート・H・ゴダード、ヴェルナー・フォン・ブラウンらのように少年期にこれを読んでロケット工学の研究に着手した研究者がおり、彼らの手によってついには実際に月まで人間を運ぶに至った。
携帯電話、テレビ、潜水艦なども、まずSFの世界に現われて、実現化するに至った発明物である。このように、ある意味ではSFが科学技術に影響を与えてその発展を促しているとも考えられる。
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