Gamebook insight.png ゲームブック (Gamebook)またはアドベンチャーゲームブック とは、読者の選択によってストーリーの展開と結末が変わるように作られた、ゲームとして遊ばれることを目的としている本である。
迷路やなぞなぞなど「遊び」の要素を含んだ書籍(主に児童書)も「ゲームブック」と呼ばれるが、本項で解説するものはこれと本質的に異なるものである。
多くの場合、読者は物語の主人公の立場となって困難に立ち向かい、ロールプレイングゲームやアドベンチャーゲームを本の形式で楽しむことができる。主人公に名前を付けられているものもあるが、二人称(「あなた」)が主人公となることも多い。複数の結末が用意されており、1つ以上のグッドエンディング(勝利)と複数のバッドエンド(敗北)がある点はコンピュータRPGやサウンドノベルなどと同じである。
また、大抵の作品では主人公が戦闘を行うが、その勝敗を決めるための手段としてはサイコロが使用されることが多い。このため、一部の作品ではサイコロの目が各ページの隅に印刷されていて、ページを適当に開けることで本自体をサイコロの代用品とすることができるようになっていた。
テーブルトークRPGのソロシナリオとしては、リック・ルーミスにより1976年に発表された、トンネルズ&トロールズの“Buffalo Castle”が最初の作品とされている。続いて1977年に発表された“Deathtrap Equalizer”は、日本では『デストラップ』の訳題で、1989年に社会思想社より刊行された。
1980年、ダンジョンズ&ドラゴンズをはじめとするテーブルトークRPGのイギリスにおける流行の担い手であったジャクソンとリビングストンは、テーブルトークRPGの入門書をペンギン・ブックスに提案した。初期の計画ではテーブルトークRPGの遊び方やファンタジー世界への導入のためのマニュアルに過ぎなかったが、作成する内にファンタジーの世界そのものを本の中に収め、1冊の本の中でTRPGを楽しむことができるものへと変わっていった。ひとりひとりの読者が冒険の主人公になること、パラグラフ選択という手法、サイコロによる戦闘など、ゲームブックの典型的要素はこのころに固まったとされる。そうして作られたのが『火吹山の魔法使い』である。
それ以前にも、パラグラフ選択だけでサイコロなどを用いない単純なゲームブックは存在した。また、テーブルトークRPGの1人プレイ用シナリオなどもあった。しかし前者はゲーム性が余りに低く、後者は物語としては稚拙なところがあった。これに対し、『火吹山の魔法使い』は、この種の書籍でゲーム性と物語性を巧みに調和させた初めてのものと言える。これこそ世界初のゲームブックと呼べるものだった。同書はベストセラーとなり数多くの国で翻訳・出版され、さらには「ファイティング・ファンタジー」シリーズや「ソーサリー」4部作へと発展した。また、いくつもの出版社がこれに追随し、「ローンウルフ」「ゴールデンドラゴンファンタジー」「グレイルクエスト(ドラゴンファンタジー)」など、何種類ものシリーズが登場した。
中でも、イギリスで1983年より刊行された「ソーサリー」4部作は、全巻合計でのパラグラフ数が約2000に及ぶ超大作であり、これまでに出た全てのゲームブックの中でも最高傑作と言われる。読者が魔法使いとなって呪文を唱えるシステムや、「今後○○のときには100を引いたパラグラフに進む」など、選択肢にないパラグラフへの移動も取り入れた最初の作品であった。
しかしその後、ゲームブックというジャンルは次第に衰退していった。ゲームブックの仕組みが一見単純なせいか多くの作品が作られたが、「ソーサリー」を超える作品が出ずマンネリ化したり、あるいは熟練者を狙った新作ではシステムが複雑すぎて新規読者に受け入れられなくなったりしたことが衰退の原因ともいわれている。また、ファンの興味がコンピュータゲームに移ったという説もある。いずれにせよ、人気を博したシリーズのほとんどが姿を消してゆき、ブームが終わったことは明らかであった。元祖とも言うべき「ファイティング・ファンタジー」シリーズは発行を続けていたが、1995年に59巻を発行した後、60巻を未刊として残したまま姿を消した。根強いファンを持つ「ローンウルフ」シリーズが最後まで残ったが、1998年の第28巻で終了した。
だが、ゲームブックの復活を望む声は多く、2002年にイギリスのアイコン・ブックスが新ブランド“ウィザード・ブックス”を立ち上げて『火吹山の魔法使い』を復刊した。同社はその後も「ファイティング・ファンタジー」シリーズで人気の高いものを選んで復刊している。
英米のシリーズが翻訳されただけではなく、日本で多くのゲームブックが書かれ、量的には翻訳作品を凌駕した。質の面でも、1984年のアーケードゲーム『ドルアーガの塔』を原作とする「ドルアーガの塔」3部作(鈴木直人・創元推理文庫 1986年~)やパラグラフ数1000を数える大型メルヘンファンタジー「ネバーランドのリンゴ」(林友彦・創元推理文庫 1986年)などのように、ファンより「名作」と称えられる作品も登場し人気を呼んだ。東京創元社はゲームブックコンテストを開催し、日本のゲームブック作家の育成に大きな役割を果たしている。
このようなゲームブックの発達は、日本におけるテーブルトークRPGの普及に直結した。ゲームブック・ファンに対して、より進んだ遊戯としてテーブルトークRPGが作り手側より提示されるということが行われていたし、ゲームブックのプレイはテーブルトークRPGへの橋渡しとして大変有効だったのである。前述の「ウォーロック」誌などはテーブルトークRPG雑誌へと変わっていった。
一方、当時の日本は任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)をはじめとする家庭用ゲーム機が爆発的に普及していった時期であり、そのため日本ではコンピューターゲームをベースとしたゲームブックが多数発行された。特に双葉社からはファミコンゲームを題材としたゲームブック(「ファミコン冒険ゲームブック」シリーズ)が極めて多数発行されており、日本におけるゲームブックの大半を占めたと言っても過言ではない。また、エニックス(現スクウェア・エニックス)からも「エニックスオリジナルゲームブック」として、同社が発売したコンピュータRPGの人気作ドラゴンクエストシリーズ(ゲームブックドラゴンクエストの項参照)などのゲームブック化作品が発行されている。
しかし、一連のブームは1990年代を待たずして衰退した。これについては、『ゲームブックをコンピュータRPGの代替品としていた人々が多かったので家庭用ゲーム機の急速な普及により衰退した』という見方や、『粗製濫造により客離れを起こした』という説などがある。また、1989年の消費税導入により出版社が打撃を受けたことも遠因であるとされる。1990年代初頭にはゲームブックブームの牽引役となっていた社会思想社・東京創元社も撤退し、ゲームブックのブームはほぼ完全に終焉した。そんな中で、エニックスはドラゴンクエストシリーズや『MOTHER2』『ファイアーエムブレム』などコンピュータゲーム作品のゲームブック化を続けたが、ドラゴンクエストシリーズは1996年の『VI』(全4巻)が最後、そして1997年の『スターオーシャン』で「エニックスオリジナルゲームブック」シリーズも終焉を迎えた。
とは言えゲームブックの愛好者がいなくなったわけではなく、2001年に創土社が『アドベンチャーゲームノベル』シリーズと銘打ってゲームブックの出版を開始し、人気の高かった作品の復刊やそのような作品に関連する新作の発行を行っている。「ソーサリー」シリーズ全4巻も2003年から順次復刊された。また、扶桑社も2005年に『火吹山の魔法使い』を復刊した。
プレイヤーは冒険を始める前に、技術点と体力点を決定する。技術点はサイコロを1個振って出た目に6を加えた値、体力点はサイコロを2個振って出た目の合計に12を加えた値である。戦う相手となるモンスターなどの敵も、同様に技術点と体力点を持っている。
戦闘になったら、サイコロ2個を振って出た目をプレイヤーの技術点に足す。そして、敵モンスターについても同じようにサイコロ2個を振り、モンスターの技術点に足す。この値を比べて大きいほうが相手にダメージを与えたことになり、値が小さい方の体力点を2点減らす。値が同じであれば双方共に攻撃を交わしたことになるので、再びサイコロを振り直す。これを繰り返して、どちらかの体力点が0になるまで戦闘を続ける。
あなたは今、ゴブリンと向かい合っている。
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