グティ人(Guti)は、古代メソポタミアのアッカド王朝末期にメソポタミアに侵入した集団である。
後代の伝説では神の怒りに触れたアッカドの王ナラム・シン王に対する神罰としてグティ人が差し向けられたと言う説話や、ナラム・シンとグティ人の戦いを描いたものがあるが、実際にグティ人の侵入が本格化したのはナラム・シンの次のマニシュトゥシュの治世からである。
シュメール王名表に「誰が王で、誰が王でなかったか」と記された時代、彼らはメソポタミア各地で支配権を得たと考えられている。同王名表ではその支配は125年に及んだという。ただし、実際には恐らくグティ人は単一の政治集団ではなかったし、その支配域も非常に部分的であったと考えられている。
紀元前2100年頃、ウルクの王ウトゥ・ヘガルは対グティの戦争を起こし、エンニギの戦いでグティ王ティリガンが敗れてグティ人はメソポタミアから駆逐されたという。
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