カール・ヴァン・ヴェクテン (Carl Van Vechten, 1880年6月17日 -1964年12月21日) はアメリカ合衆国の作家、写真家。ハーレム・ルネッサンスにおいてはパトロンとして活躍した。ガートルード・スタインの遺著管理者でもある。
1915年から1920年にかけて出版されたヴェクテンの著作は音楽や文学の分野における様々な主題に注目した評論などであった。アルフレッド・A・クノップからは7冊の小説が出版されている。
ヴァン・ヴェクテンは黒人作家、芸術家へ関心を持っていた。1920年代に始まったハーレム・ルネッサンス期においては、ラングストン・ヒューズ、ワレス・サーマン、リチャード・ライトなど多くの才能ある人物を発掘し紹介している。1926年に出版された彼自身の小説『ニガー・ヘヴン』は大きな議論を巻き起こした。同年には黒人シンガーを取り上げたエッセイ『ニグロ・ブルース・シンガーズ』もヴァニティー・フェアから出版されている。
1930年代に入るとヴァン・ヴェクテンの興味は写真へと移っていった。この記事内に示した以外で彼が被写体とした著名人には、ホルスト・P・ホルスト、ジョージア・オキーフ、ベシー・スミス、アルフレッド・スティーグリッツ、などがいる。(ウィキメディア・コモンズを参照のこと。)
ガートルード・スタインと出会ったのは1913年のフランスパリでのことだった。彼らは生涯を通して連絡を取り合い、スタインの死に際して彼女はヴァン・ヴェクテンをに指名している。彼女が残した未発表作品の一部はヴァン・ヴァクテンの手により編集、出版された。
1930年代以後になるとヴァン・ヴェクテンはほとんど自著を発表しなくなった。彼の著した原稿や手紙類の多くは現在イェール大学のバイネッキ図書館に保管されている。
ファニア・マリノフとの結婚は彼の死まで続いていたが、彼はホモセクシャルでもあった。死後25年間の開封禁止が指示されていた関連書類を25年後に調査したところ、ホモセクシュアルに関係する書類、写真などが発見されている。
84歳のヴァン・ヴェクテンはニューヨークにおいて死去した。
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