カール・ルイス(Frederick Carlton Lewis, 1961年7月1日 - )は、アメリカ合衆国の陸上競技の選手である。アラバマ州バーミンハムで生まれニュージャージー州で育つ。
オリンピックで通算10個のメダルを獲得し、そのうち9個は金メダルであった。
1984年のロサンゼルス・オリンピックで、100メートル走、200メートル走、走り幅跳び、男子4×100メートルリレーの4種目にエントリーし、全種目で金メダルを獲得した。これは1936年のジェシー・オーエンスの偉業に並ぶものであった。
1987年の世界陸上選手権・ローマ大会では、4年前のヘルシンキ大会と同じ、100メートル走、走り幅跳び、4×100メートルリレーの3種目を制する。
1988年のソウル・オリンピック では、100メートル走でのベン・ジョンソンとの対決が注目を集めた。決勝ではジョンソンの後塵を拝するものの、レース後のドーピング検査でジョンソンの金メダルが剥奪され、ルイスが金メダルを獲得する(しかし、後になってルイス自身もドーピングしていたことが発覚する)。また、走り幅跳びは制したものの、200メートル走では2位となり、生涯唯一のオリンピック銀メダルを獲得する。4×100メートルリレーは、バトン中継でミスがあり失格に終わった。
この後、ルイスは個人短距離種目で次第に苦戦するようになっていたが、走り幅跳びでは実力を誇示し続けていた。
1991年の世界陸上選手権・東京大会では、100メートル走で当時の世界記録となる9秒86をマークして優勝した。走り幅跳びではマイク・パウエルとの激闘の末、世界記録をマークしたマイク・パウエルに次ぐ2位であった。
1992年のバルセロナ・オリンピックでは、走り幅跳びと男子4×100メートルリレーで金メダルを獲得。
1996年のアトランタオリンピックでは、ルイスは36歳となっていたが、走り幅跳びで金メダルを獲得し、オリンピック個人種目4連覇の偉業を達成した。
1997年に競技を引退し、俳優に転身した。
両親は元陸上競技選手、兄はサッカ-の元アメリカ代表選手、妹のキャロルは走り幅跳び選手で1987年ローマ世界選手権で銅メダルを獲得したまさにスポ-ツ一家であった。
ルイスは1987年にはシングル「LOVE WILL DO」をリリースしており、日本の歌番組にも出演したことがある。
また、19歳のとき走り幅跳びで幻のモスクワオリンピックの代表にもなり、結局ルイスは通算5度オリンピック代表になっている。
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