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ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンВладимир Владимирович Путин, Vladímir Vladímirovich Pútin, 1952年10月7日 - )は、ロシア政治家で、現在同国の大統領(在任1999年 - )であり、柔道家でもある。段位は柔道五段。最終学歴は国立サンクトペテルブルク大学法学部卒業。学位法学士(国立サンクトペテルブルク大学)。称号はロシア連邦スポーツマスター

レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)に生まれ、ソビエト連邦時代はKGBに勤務し、東ドイツなどで諜報活動に従事したとされる。そのためドイツ語に非常に堪能。

ソ連崩壊後、サンクトペテルブルクの市政に携わり、注目を集める。同市市長で急進改革派の政治家、アナトリー・サプチャークにより、1994年6月サンクトペテルブルクの第一副市長に任命された。1996年に中央政界に防いだ後はKGBの後身である連邦保安庁(FSB)の長官を務めた。エフゲニー・プリマコフのエリツィン追い落としクーデターを未然に防いだ功績によりエリツィンの信頼を得、1999年に首相に任命されると第二次チェチェン紛争の制圧に辣腕をふるって国民の支持を集め、同年健康理由で引退を宣言したボリス・エリツィン大統領によって大統領代行に指名、2000年の大統領選挙でも圧倒的な人気を集めて過半数の得票を受け当選、正式に大統領となった。 エリツィンは自伝にプーチンを信頼した理由として、彼が自分に擦り寄ろうとしなかったからであると記している。

政権運営


「強いロシア」の再建を標榜するプーチンは、ソビエト連邦時代の遺産と栄光の記憶を積極的に政権運営に活用している点でエリツィンと大きな違いがある。心情に訴えず、自身の事績をもって国民の支持を集める点でもエリツィンとは大きく異なるが、圧倒的な支持を背景に、自身の強いリーダーシップをもって中央集権化を推進するプーチンの姿勢は権威主義的であると言われ、「皇帝」と呼ばれることもある。プーチン自身は「法の独裁」と言う言葉をつかって自らの立場をよく説明する。

二度目となる2004年の大統領選挙は実質上の信任選挙と言われ、70%以上の圧倒的な得票率で再選した。

近年では、地方の知事を直接選挙から大統領による任命制に改めたり、ナーシと呼ばれる青年組織を結成するなど、その強権的、独裁的な手法に欧米などから批判も寄せられている。

象徴の面では、軍旗をソビエト時代の赤地に星の旗に戻し、ソビエト連邦の国歌の曲を使った新国歌を制定した。

政権当初は強いロシアを実現するため、アメリカ合衆国欧州連合中央アジア東ヨーロッパの諸国と接近することを警戒する動きを強く打ち出したが、アメリカ同時多発テロ事件以来、テロとの戦いにおいては米国との協調姿勢を堅持している。

しかし、イラク戦争においては戦争に反対してアメリカとは距離をおき、同じく戦争慎重派のフランスドイツとの連携を強化しつつある。特に、旧東ドイツ出身でロシア語に堪能なアンゲラ・メルケルが首相になって以降、ドイツとの蜜月状態が続いている。また、自衛隊ロシア軍の合同演習も毎年行われるようになった。ところが2005年には上海協力機構に加盟し、中国人民解放軍合同演習を行うなど、中国との関係強化も図っている。ただし中国との緊密化についてはロシア軍の内部からの強い反発がある。

日本の北方領土返還要求に対しては日ソ共同宣言を根拠に二島返還の立場をとり、日本側外交筋の地政学派に足並みを揃えていた。ところが、地政学派の失脚による日本外交の硬直化とロシア国内保守派からの巻き返しにあい、2005年の来日時前のロシア国内向けテレビ番組の中で返還する意思のないことを表明した。しかし来日時には二島返還で日本側を説得しようとした。 チェチェン独立派などのテロリストとは対話をせずに、武力を持って臨んでいる。

逸話


彼は元情報部員でありその過去についても不明な点が多い。大統領就任時は謎に包まれた経歴から名前の「プーチン」を帝政ロシア末期の怪僧「ラスプーチン」に引っかけられて揶揄された事がある。

その経歴から「冷酷な性格」や「粗野」という批評を受けているが、むしろ国内での言動は 前任者のエリツィンと比較しても非常に紳士的であり国民からの人気もきわめて高い。

また、11歳の頃より柔道サンボをたしなみ、大学在学中にサンボの全ロシア大学選手権に優勝。1976年には柔道のレニングラード市大会で優勝したこともある実力者である。また、講道館において、技の型を小泉純一郎首相に演武したこともある。2000年の来日時には講道館より柔道六段の段位を贈られることになったが、「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」という言葉とともに、これを丁重に辞退した。2005年12月より欧州柔道連盟の名誉会長。

戦略的には投資誘致や天然資源の輸出先として日本を重視しているが、アメリカへの対抗上中国との提携をより重視しており、中露国境問題も中国に譲歩する形で解決した。一方で日本との北方領土問題では一貫して強硬姿勢を崩していない。またシベリアのガスパイプライン建設でも中国ルートと日本ルートの駆け引きが続いており大統領の裁量が注目されている。

プーチン大統領には娘が二人おり、ロシア大衆紙モスコフスキー・コムソモーレツ(電子版05年8月4日)にによれば、二人がそろって父の母校、国立サンクトペテルブルク大学(旧レニングラード大)に合格し、姉マリーヤは生物土壌学、妹カテリーナは日本史を専攻することになると報じた。またマリーヤは05年3月ギリシャで結婚式をあげた。結婚相手は明らかにされていない。

カメラの前では無表情を振舞っているが、実は取り留めないほどの冗談好きである。ただ、諜報員時代の時上司から「お前は冷静すぎる」といわれたことがある。

エリツィンに抜擢されたのでエリツィン派だったと思われているが、むしろ政治家としてはゴルバチョフ元ソ連大統領に敬意を表している。しかし、ゴルバチョフに師事したことはなく、サプチャークからの間接的な影響だと思われる。サンクトペテルブルク時代に仕えた市長(当時)のサプチャークは、プーチンが学生時代に指導をうけた恩師でもあり、生涯の尊敬と忠誠を捧げている。

年譜


  • 1952年、レニングラード(サンクトペテルブルク)に生まれる。
  • 1975年よりKGBに勤務。
  • 1990年、故郷レニングラードに戻り、アナトリー・サプチャーク市長補佐官となる。
  • 1994年、サンクトペテルブルク市副市長。
  • 1996年、ロシア連邦大統領府総務局次長に就任し、中央政界に転じる。
  • 1998年連邦保安庁(FSB)長官。
  • 1999年8月9日、エリツィン大統領により首相に指名される。
  • 同年10月31日、引退を宣言したエリツィンにより大統領代行に指名。
  • 2000年3月26日、過半数の得票を受け大統領に当選。
  • 2004年2月末-3月初、内閣を総辞職させミハイル・フラトコフを新首相に指名。
  • 2004年3月14日、大統領に再選。
  • 2005年12月、ヨーロッパ柔道連盟名誉会長に就任。

外部リンク


 

ロシアの政治家 | 1952年生

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