ろう文化(聾文化、英:Deaf culture)とは、ろう者集団を一つのマイノリティ(少数者)としてみたときに、生み出される文化である。このような文化を生む、ろう者の文化的集団をろう者社会、デフ・コミュニティ(英:Deaf community)という。
ろう者自身が、ろう文化という考えをはっきりと自覚したのは、1988年に起こったデフ・プレジデント・ナウがきっかけである。
ろう者が初めてデフ・コミュニティに出会い、ろう文化に触れる場所は聾学校である。ここで、彼らは仲間と出会い、やがて集団に変わる。この集団はデフ・コミュニティとなっていく。それに対して、ろう学校に通わず一般校に通った聴覚障害者(インテグレーション出身)はろう文化に触れる機会が無い。そして、インテグレーション出身者が大人になってろう文化やデフ・コミュニティを知っても、なじめずに抵抗感を持つ人もいる。
日本では木村晴美(ろう者)と市田泰弘(聴者)が発行していたミニコミ紙「D」や、彼らが雑誌『現代思想』に発表した文章「ろう文化宣言」によって、この考え方が広まった。彼らの活動は後に彼らが米内山明宏らとともに設立したグループ「Dプロ」に引き継がれて発展し、この動きの中から「全国ろう児をもつ親の会」、フリースクールの「龍の子学園」など、バイリンガル・バイカルチュラル教育に取り組むグループも生み出した。
ろう文化の中には、聴者をマジョリティとする聴者社会では非常識とみなされる部分もある。彼らを文化的少数者と認め、異文化が存在するのだと考えることが大切であるとする考え方がある一方、「ろう文化」を振りかざして聴者の文化を全く学ぼうとしないろう者も一部に存在しており、ろう者と直接関わって生活せざるをえない聴者や難聴者からは、「ろう文化」の独善性を批判する声も上がっている。また、どこから先はやりすぎという線引きは難しいが、「ろう文化」の考え方を応用してろう者が自分の権利の尊重を必要以上に振りかざしてしまい、職場で孤立する、あるいはそういった経験をした企業が以降、ろう者の採用に消極的になるという事例も少なくないと言われる。
「ろう文化」を熱烈に支持する立場から見ると、人工内耳は「聞こえないことを完全に否定する」ものであるとなり、激しい批判が展開されている。しかし、人工内耳を装用した聴覚障害児者が増えてくるに従って、人工内耳は補聴器の一種であり、ろう者集団やろう文化の存続を脅かすものではないとする考え方が広まっている。
なお、聴覚障害者の両親から生まれた聴者の子供であるコーダは、ろう文化と聴者文化の2つを身に付けている。
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