琵琶 (びわ、ビバ、ピーパー) は、東アジアの有棹弦楽器の一つ。弓を使わず、もっぱら弦をはじいて音を出す撥弦楽器である。
西アジアのウード、ヨーロッパのリュートと共通の起源を持ち、形もよく似ている。すなわち卵を縦に半分に割ったような形の共鳴胴に棹を付け、弦を張った形である。
楽琵琶は雅楽に用いる琵琶である。平家琵琶は楽琵琶から派生したもので、平家物語をかたるときの伴奏に用いる(現在では薩摩琵琶、筑前琵琶も平曲の演奏に用いられる)。盲僧琵琶は仏教儀式に用いられたもので、盲人の僧侶がこの琵琶の伴奏で経文を唱えていたとされる。室町中期から江戸時代にかけてここから薩摩琵琶が派生し、また薩摩琵琶および三味線音楽の影響のもと明治20年代に筑前盲僧琵琶から筑前琵琶が派生した。
盲僧琵琶、薩摩琵琶、筑前琵琶は高いフレット(「柱」と称する)を持つ。それだけ弦を押し込むことができ、音程を調節できる範囲が広い。中国の琵琶がフレットを増やして、楽器としての機能向上によって表現力を高めたのとは逆に、日本の琵琶はフレットをむしろ減らす方向で変化し、その分演奏者の技倆をできるだけ活かして微妙な演奏を行うことを好んだ。
薩摩琵琶はこれまでの琵琶を改造し、戦記・合戦物を歌い上げる勇猛豪壮な演奏に向いた構造にしたものである。胴を硬い桑に変え、撥で叩き付ける打楽器的奏法を可能にした。撥は大型化し、杓文字型から扇子型へと形態も変化した。これにより、楽器を立てて抱え、横に払う形で撥を扱うことができるようになった。薩摩出身者が力を持っていた明治時代には富国強兵政策とも相まって全国的に流行した。
筑前琵琶は薩摩琵琶に比べ曲風がおだやかであり、楽器、撥とも小柄である。胴は桐に変わり、調絃も三味線に準ずるようになった。女性奏者に人気が出、娘琵琶として明治時代の寄席で流行した。
ちなみに日本最大の湖、琵琶湖は形が琵琶に似ていたので名づけられたという説が一般的である。