念仏(ねんぶつ)とは、今日一般的には、浄土教系の宗派教団において、勤行として「南無阿弥陀仏」と称えることをいう。
仏教の教理史的には、およそ三つに分けられる。
仏隨念
初期の仏教で、仏を憶念することを
念仏と言う。仏教の修定とは、基本的にすべての意識活動を停止することと解されている。隨念とは、意識活動の停止が難しい場合に、何かの対象に意識を集中することによって、他のすべての意識活動を停止しようとする方法である。
仏身(色身)を憶念の対象とする「見仏」、禅定三昧の中で観察する「観想」・「観仏」も
念仏とするようになった。
念仏三昧
大乗仏教初期には、諸仏の徳を讃嘆し供養することが大切な行とされた。そこで、
三昧に入って
念仏をすることがその行とされた。
天台宗に
比叡山の常行堂(常行三昧堂・般舟三昧堂)における常行三昧がある。
観相念仏・称名念仏
中国
浄土教になると、
念仏には二つの流れができる。
- 「観相念仏」(仏の姿を思い浮かべる)。
- 「称名念仏」(仏の名を唱える、いわゆる念仏)。
- ことに、善導は憶念と称名とは同一であると主張して、称名念仏を勧めた。
- 称名念仏の流れは、平安時代末期の日本において、融通念仏の祖の良忍に受け継がれ、その後の融通念仏宗では「南無阿弥陀仏」と唱え、「大念仏」という。
- 法然が開いた浄土宗では「南無阿弥陀仏」をひたすら唱える「専修念仏」を行い、同系宗派の親鸞の浄土真宗にも受け継がれている。
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