小説(しょうせつ)とは、文学の一形式である。
内容的にいえば、随想や批評、伝記、史書に対して、架空の物語もしくは現実にあった物語を虚構化したものであり、手法的にいえば、詩に対して、散文形式による叙述をとる。英語でのnovelはスペイン語でのnovelaや、フランス語の nouvelleと同語源であり、もともとラテン語で「新しい話」を意味する。
小説と物語を区分して、小説は「虚構の連続性と因果律のある話の構造」を持つことが条件であるという説は古くから行われてきたものである。つまり話の展開に、そこまでの内容から導かれる必然性があるものが小説、それまでの内容とはかかわりなく偶然のつながりによって話を進めてゆくのが物語、という考えかたである。
この場合、そこから発展して「話の展開と主人公の性格に必然的なかかわりがあるのが小説。そうでないのが物語」という説がなされることもある。さらにいえば19世紀以降、小説における主題概念がつよくなってゆくために、「小説」(近代小説)は主題、主人公の造形、話の展開の結びつきが密接でなければならないという傾向を帯びるようになった。
ただしこれは、20世紀に入ってジッドの『贋金造り』のような小説が登場するに至って次第に無意味になりつつあるという説もあり、何を以て小説とするかは一概に決めることはできない。(また、小説/物語の区分を近代小説/それ以前の小説と置きかえることもある。)
例えば日本文学の源氏物語(紫式部)や、ギリシャ文学における『ダフニスとクロエ』(ロンゴス)などは「物語」とするか「小説」(近代小説)とするかについて両説ある。
セルバンテスの書いた『ドン・キホーテ』(1505-1515年)は作者の世界観を表現しながら、登場人物たちの成長や葛藤、心理の変化など、「個」に主眼においた近代的な作品であった。よって彼をもって「近代小説の祖」とする人もいる。また同様の理由で、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719年)も「近代小説の祖」といわれる。
近代小説の起源は、フランスで18世紀に流行した書簡体小説(手紙、あるいは手紙のやりとりという体裁の文学)から始まる。近代小説の発展は、18世紀以降のイギリス、フランスなどでの中産階級の勃興と切り離すことができないとされている。すなわち、識字率の高い、比較的裕福な人たちが読者層となり、その独特のニーズに合わせて発展したと考えられている。
漢代になると、桓譚は、その著の『新論』中において、小説に対する議論を展開しているが、ここには大きな変化が見られる。つまり「かの小説家は残叢の小語を合し、近く譬喩を取り、以て短書を作り、治身理家に、観るべきの辞あり」と述べられているのである。ここで用いられている小説は、後代の小説と、似通った意味合いで用いられる。但し桓譚が用いている「短書」とは、なお軽慢の意があることは免れない。
六朝時代の小説は、内容的に神異的になり、志怪小説と呼ばれた。唐代の伝奇小説に至ると「奇」が勝ちをおさめた。魯迅が『中国小説史略』の中で指摘しているように、詩と同様に唐代で一変し、なお怪異を求める風は存したが、その文学性は格段に洗練された。つまり、唐代の「伝奇」は、従来のように怪異を叙述しながら、人事の機微までをも描き得ており、それは、前代の「志怪」の描ききれていないところであったのである。代表的なのは、『霍小玉伝』や『枕中記』である。また唐代には、通俗小説が出現し、後世の文学に多大な影響を与えた。
宋代には、庶民の社会生活を描写した「話本」が出現し、『碾玉観音』や『錯斬崔寧』などの代表作が作られた。宋代話本の特色は白話を用いて描写される点にある。よって、唐代の伝奇に比べて更に通俗的となった。
元曲が著しく発展した元代を経て、明代以後、小説の発展は成熟期を迎えた。唐代の伝奇、宋代の話本の伝統を継承し、創作の題材上においては、歴史、怪異、英雄、世情を論ずることなく、すべてを網羅するようになった。明代の通俗小説は、長編と短編の二大潮流に分かれることとなる。長編小説は「四大奇書」を代表とする。短編小説は、馮夢龍の「三言」、凌蒙初の「二拍」を代表とする。
清代の小説では、「紅楼夢」という中国長編小説の一大傑作が生まれた。
日本でも、1990年代末よりネット小説の試みが行われた。岩井俊二による映画「リリイ・シュシュのすべて」は岩井自身によるネット小説がもとになっている。村上龍の小説『共生虫』は、インターネット上から注文すると紙の本に印刷して配達されるというオンデマンド出版の形態をとっていた。2003年には、携帯サイトに連載されていたYoshi著「Deep Love」シリーズが大ヒットした。2004年、匿名掲示板2ちゃんねる上で、投稿の形を取って発表された「電車男」が新潮社から出版された。
日本において上記のような区分が具体的になってくるのは明治末年ごろの文壇からで、大正期のメディアの発達によってこれが具体化・固定化し、芥川賞・直木賞の制定によってひとつの制度としてとらえらえるようになった。戦前から戦後のある時期までは、純文学は芸術性を指向し、大衆文学は通俗性・娯楽性を指向するものであるという区分が明確で、「自分のために書く小説、読者のために書く小説」といった言いかたをされることもあった。またこの時期は純文学の主流は私小説、大衆文学のそれは時代小説であり、ともにそれを書く作家が固定していたのも特徴のひとつである。ただし当時から一人の作家について通俗的作品、芸術的作品の別がいわれることもあり、この間の事情は決して単純ではない。
現在では純文学、大衆文学の境界はきわめてあいまいであり、双方の作品を発表する作家、一方から他方へと移行する作家、自作について特段の区分を求めない作家が多くなってきている。今のところ、実態としては純文学・大衆文学の区別はその作品の掲載誌によって行うことがもっとも一般的である。
文学賞では、芥川賞は純文学の賞、直木賞は大衆文学の賞であり、受賞作家・作品をみればある程度具体的に捉えることはできる。しかし、芥川賞作家が娯楽作品を執筆することもあり(たとえば奥泉光、宇能鴻一郎)、作家名だけで判断することはできなくなっている。純文学作家の三島由紀夫でさえ大衆文学を書いている。逆に大衆文学の作家が純文学的作品を書く例もある(筒井康隆など)また、最近では芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学と単純に言えない例も出てきた。第二次世界大戦後、両者の間に中間小説という分類をおくこともあったが、現在では中間小説という言葉はほとんど死語であろう。
以上のような傾向を純文学小説の堕落と見る向きもあるが、他方で、19世紀的な芸術/娯楽という二項対立的分類が、現代文学の状況を正確に把握しきれなくなったためではないかという指摘もある。海外でもチャンドラーやグリーンのように通俗性を保ちつつ高度の芸術性を発揮する小説作品が少なくない。
内容・分野による分類を概念的に示せば、通俗恋愛小説、冒険小説、推理小説、時代小説、通俗歴史小説、サイエンス・フィクション、ファンタジー、ホラー小説、武侠小説などは大衆文学とすることが一般的であるが、これらの性格を持ちながら純文学として遇される作品は戦前から少なくない。
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